第47話:シルバーウィークの営業と、再検査の影
第47話:シルバーウィークの営業と、再検査の影
(投稿日2026年9月21日)
9月21日、月曜日。世間は『敬老の日』を含む連休、いわゆるシルバーウィークの真っ最中だ。
だが、我が社のカレンダーにそんな生ぬるい概念はない。みんなが休んで行楽地へ向かう中、俺は当然のようにスーツを着て出社し、汗とトナーにまみれて泥臭く営業の電話をかけ、アポを取っては取引先へと向かっていた。
「はぁー……。俺も休んで、冷房の効いた部屋で映画でも観たかったな」
愚痴をこぼしながらも、今までの既存顧客の保守を大事にしつつ、新規開拓の隙も狙っていく。それが営業2課係長としての矜持だ。
そんな俺の泥臭い働きぶりを見ていたのか、直属の上司である営業2課のゴールデンレトリバー課長が、温厚な顔で声をかけてくれた。
「山田君、連休中にすまないね。今日の午後のアポが終わったら、そのまま直帰していいぞ」
「フゴッ! ありがとうございます、課長!」
お言葉に甘えて夕方前に帰宅した俺は、休日の服に着替え、首に保冷剤を巻いた。
先日、シェパード副隊長の奥さんから教えてもらった『犬型獣人専用・特製水キムチ』を仕込むためだ。愛用の電動アシスト自転車に日傘ホルダーをセットし、日傘を広げて残暑の厳しい街へ繰り出し、スーパーで大根やリンゴ、そして大きな密閉保管容器を買い揃えた。
その帰り道、マンションのエントランスで、見慣れた男と遭遇した。
「おや、山田さん。お疲れ様です」
スポーツバッグを肩にかけた、ペキニーズの田中である。
「田中くん、今ジムの帰りか?」
「ええ。今日は胸の日でしてね。ベンチプレスで100kg上げましたわ」
涼しい顔で言い放つ小型犬の田中に、俺は思わずパグ顔を引きつらせた。俺の短い腕と大胸筋では、バーベルのシャフト(20kg)を支えるだけで気道が塞がって死にかけるというのに。相変わらず、恐るべき筋肉の狂信者だ。
部屋に戻り、さっそく水キムチの仕込みにとりかかる。
人間の指がないパグの分厚い肉球では、包丁でスマートに皮を剥くことなど不可能だ。俺は丸い手でリンゴや大根をまな板に押し付け、愛用の『マイ・キッチンバサミ』を使って、不格好にチョキチョキと乱切りにしていく。
安全な発酵液を作り、切った野菜とともに容器へ流し込んで、冷蔵庫の奥へそっと鎮座させた。数日後の完成が楽しみだ。
さて、仕込みを終えた俺の、今日の晩飯はというと——。
テーブルの上にポツンと置かれているのは、味付けを一切していない『茹でた豆腐』と『パサパサの鶏ササミ』だけである。
実は3日後の9月24日、俺は春の健康診断で叩き出した『内臓脂肪レベルE・肝機能異常』の【再検査】を控えていた。ベンチプレス100kgを上げる田中とは対極の、崖っぷちの不健康ボディなのだ。少しでも数値を良く見せようという、サラリーマン特有の浅ましい悪あがきである。
「……フゴッ、味気ない……」
パサパサのササミを飲み込みながら、俺はシワの寄った目元にうっすらと涙を浮かべた。
世間は連休、俺は仕事。そして晩飯は味気ない豆腐。
だが、冷蔵庫の中で静かに発酵していく水キムチの完成を励みに、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、再検査への恐怖と戦いながら、健気にパタパタと揺れていた。




