第45話:銀幕のバーテンダーと、突然の実家訪問
第45話:銀幕のバーテンダーと、突然の実家訪問
(投稿日2026年9月19日)
9月19日、土曜日。
昨日の給料日で現金の重みを噛み締めた翌日。今日の休みは、冷房を効かせた部屋でゆっくりと積まれたDVDを消化することにした。
今日観るのは、俺が愛してやまないトム・クルーズ主演の『カクテル』と『レインマン』だ。
特に『カクテル』のトム・クルーズは、反則的なまでにかっこいい。
彼がバーカウンターで華麗にボトルをジャグリングするパフォーマンスに魅了され、俺も昔、特注デカフェ烏龍茶のペットボトルで真似をしたことがある。
……だが、人間の指がないパグの短い腕と分厚い肉球では、ボトルを空中で掴むことなど不可能だ。投げ上げたボトルは見事に俺の平たい顔面を直撃し、深いシワの奥が腫れ上がって悶絶したという、悲惨な黒歴史しかない。
スマートな映画の主人公と、不器用な己の落差に苦笑しつつ、『レインマン』の不器用な兄弟愛にシワの寄った目元を濡らし終わった頃、スマホのLINE通知が鳴った。
画面を見ると、シェパード副隊長の長女・なつみさんからだった。
『今日、非番で暇なので……よかったら一緒にお茶でも飲みませんか?』
「……フゴッ! 行きます!!」
9月半ばとはいえ、呉の残暑はまだ厳しい。俺は慌てて身だしなみを整え、首に保冷剤を巻き、日傘をさして電動アシスト自転車に飛び乗り、命がけで待ち合わせのカフェへと向かった。
涼しい店内で、冷たいデカフェ茶を挟んで向かい合う。
私服姿のなつみさんは今日も眩しく、俺は気の利いたトークもできず、ただ反省顔で頷くばかりだった。
お茶を飲み終え、そろそろ店を出ようかというタイミングで、彼女は少し言いにくそうにモジモジと口を開いた。
「あの、山田さん。実は今日、お誘いしたのはもう一つ理由がありまして……。父が、山田さんが『最優秀営業賞』を獲ったお祝いに、今夜うちで焼肉をご馳走したいって張り切っているんです」
「……え? ふ、副隊長がですか?」
「はい。山田さんは脂身を食べると急性膵炎になるからって、朝からスーパーをハシゴして『特上の純・赤身ブロック肉(脂身ゼロ)』を大量に買い込んで待機してます」
ただのカフェデートからの、コワモテ上司の実家(しかも好意全開)への強制連行。
突然の展開に俺のパグ顔は硬直したが、娘経由で祝賀会をセッティングしてくれる副隊長の不器用な優しさと、完璧な病歴への気遣いに、断る理由などあるはずがなかった。
「……フゴッ、ぜひ行かせていただきますと、副隊長にお伝えください」
俺が深く頭を下げると、なつみさんはパッと花が咲いたように笑った。
「じゃあ、一緒に家に行きましょう!」
銀幕のスターのようなスマートな展開には程遠いが、これもまた俺の泥臭い人生だ。
残暑の厳しい夕暮れの道を、彼女と並んで歩きながら。
突然の実家訪問という緊張感と、特上赤身肉への期待で、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、制御不能なほど激しくパタパタと揺れ続けていた。




