第44話:狂乱のインセンティブと、税金の牙
第44話:狂乱のインセンティブと、税金の牙
(投稿日2026年9月18日)
9月18日、金曜日。
世間の一般的な給料日は25日だが、元自衛官の黒川会長が「防衛省の俸給日に合わせる」という謎のこだわりを持っている我が社は、今日が給料日だ。
そして今月は、あの過酷だった8月の『契約強化月間』のインセンティブが振り込まれる、俺たち営業マンにとっての運命の日でもある。
夕方の帰り道。駅のホームで電車を待ちながら、俺は震える分厚い肉球でスマホを取り出し、会社のWEB明細画面にログインした。
画面に表示された生々しい数字の羅列に、俺は思わずパグ特有のつぶれた鼻をスマホに擦り付けんばかりに顔を近づけた。
『総支給額:600,000円』
「……フ、フゴォォッ!?」
基本給に加え、内訳の欄に燦然と輝く『インセンティブ(成約・保守報酬):200,000円』の文字。
猛暑の呉を日傘と電動アシスト自転車で駆けずり回り、トナーで顔の深いシワを真っ黒にして稼いだ泥臭い青星(保守ポイント)が、ついに20万円という現金に化けたのだ。
だが、サラリーマンの天国は長くは続かない。歓喜のまま視線を下にずらすと、そこには恐るべき「社会のシステム」が牙を剥いていた。
『社会保険料(健康・厚生年金・雇用):-92,400円』
『所得税・住民税:-59,800円』
『組合費・その他:-5,000円』
『控除額合計:-157,200円』
『差し引き手取り額:442,800円』
「……カハッ! じ、15万も持っていかれるのかよ!!」
総支給額が跳ね上がったせいで、社会保険料の等級と所得税の累進課税が容赦なく上がり、俺のインセンティブの大部分を『税金』という名目で根こそぎ削り取っていったのだ。
あまりの理不尽さに、狭い気道からヒューヒューと悲鳴が漏れる。
「……はぁ。だが、手取りで44万か」
内臓脂肪レベルEの、ぽっこりと出たお腹を撫で下ろす。
引かれた額はデカいが、それでも普段よりはるかに分厚い手取りだ。
今日は金曜日。このままデパ地下へ直行し、急性膵炎のリスクがない『極上のオーストラリア産・特選純赤身ブロック肉』を1万円分買って、部屋で豪勢に焼肉パーティといこう。もちろん、食べる前にはキッチンバサミで小間切れにする手間はかかるが。
過酷な労働と、容赦のない累進課税。
それでも手元に残った現金の泥臭い重みに、俺の股の間に挟まった短い『巻き尾』は、レトリバーのように振ることこそできないものの、興奮と歓喜で小刻みにピクピクと震え続けていた。




