第43話:強化月間の決着と、名誉より現金
第43話:強化月間の決着と、名誉より現金
(投稿日2026年9月1日)
9月1日、火曜日。
過酷だった8月の『複合機(コピー機)契約強化月間』が終わり、本日は全社会議での結果発表の日だった。
フロアに全社員が整列する中、壇上に立つフレンチブルドッグの黒川会長が、元自衛官特有の腹の底から響く野太い声で号令をかけた。
「貴様ら、夏の激戦ご苦労だった! これより、強化月間の各課順位を発表する!」
社内にピリッとした緊張感が走る。
「第3位、営業3課! 第2位、営業1課! そして……堂々の第1位は、営業2課だ!!」
その瞬間、俺たち営業2課のレトリバーや中型犬たちが「ウォォォッ!」と歓声を上げた。
既存顧客のトナーまみれの保守(青星)を泥臭く積み上げた俺たちの勝利だ。
一方、猛烈な飛び込み営業(赤星)の数だけでゴリ押しした営業1課の狂犬チワワどもは、「なんで俺たちが2位なんだ! キャンキャン!」と甲高い声で威嚇するように喚き散らしている。パグの鈍い耳にも響くうるささだ。
そして、ダントツの最下位に沈んだ新設の営業3課のトラ課長は、すっかり覇気を失っていた。広島(呉)のカープファン企業に「タイガースハッピ」で突撃して大爆死した彼の背中は小さく丸まり、黄色と黒の虎柄が今日ばかりはすっかり色褪せて見えた。
「そして、個人のポイント獲得数トップの『最優秀営業賞』は……営業2課、山田!! 前へ出ろ!」
「……ッ、はい!」
呼ばれた俺は、短い足で壇上へと進み出た。
黒川会長から立派な額縁に入った賞状を渡される。だが、パグの短い腕と丸く分厚い肉球では、人間の指のようにスマートに受け取ることなどできない。俺は両手の肉球で額縁を不格好に挟み込み、ズルズルと滑り落ちそうになるのを必死で胸に抱え込んだ。
「よくやったぞ、山田。……貴様ら、色々と思うところはあるだろうが、恩賞は防衛省の俸給日と同じ、9月18日の給料日にキッチリ反映させてやる! まぁ、首を洗って待っていろ!」
会長の力強い言葉に、フロアが再び沸き立った。
定位置に戻り、俺は胸に抱えた立派な賞状を見下ろした。
「……フゴッ。こんな表彰状をもらっても、正直嬉しくはないな」
36歳の独身サラリーマンにとって、「名誉」など腹の足しにもならない。
欲しいのは、家賃を払い、高い電気代を払い、デカフェ茶を買い、そして美味い赤身肉を買うための「現金」だ。
だが、9月18日になれば、この泥臭い労働の結晶が、分厚いインセンティブとなって振り込まれる。チワワの尻拭いをし、顔のシワをトナーと汗で真っ黒にしながら駆けずり回った対価が、手取り額として可視化されるのだ。
「……早く来い、18日」
内臓脂肪レベルEのぽっこりとしたお腹を撫で下ろしながら、俺は誰にも聞こえない声で呟いた。
名誉より、何より現金。
額縁の重みよりも、まだ見ぬ給料日の重みを想像しながら、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、今日一番の生々しい期待とともに静かに揺れていた。




