第41話:夏の終わりの整いと、目覚めの夜
第41話:夏の終わりの整いと、目覚めの夜
(投稿日2026年8月20日)
8月20日、木曜日。2週間にわたった夏休みの、正真正銘の最終日。
俺は朝から、大きなスーパー銭湯へと向かっていた。
明日からの仕事復帰に備え、この2週間で溜まった汗と皮脂、そして身体の奥の疲労を完全に洗い流すためだ。
広い主浴槽の温かい湯に肩まで浸かると、思わず「……あぁ〜……」と深いため息が漏れた。
広い湯船で短い足を伸ばす快感。じんわりと血行が良くなり、首の深いシワの緊張が解けていくのが分かる。
続いて、サウナ室へ。
短頭種の俺にとって、サウナの熱気は気道を圧迫する試練でもある。濡れタオルを鼻と口元に当て、顔のシワを保護しながら、短時間で一気に汗を絞り出す。
限界を迎えてサウナ室を飛び出し、冷気浴(水風呂)へ足を突っ込んだ、その瞬間。
「……フゴッ!? 痛ッ、心臓が止まる……ッ!」
内臓脂肪レベルEの36歳に、極限の熱と冷水風呂のコンボはヒートショックという名の死神を引き寄せる。一気に脈打ち始めた心臓に命の危機を感じた俺は、惨めな悲鳴を上げて水風呂から這い出し、結局ぬるま湯のシャワーを浴びて妥協するしかなかった。
風呂から上がり、脱衣所でバスタオルを使って顔のシワの奥までしっかりと乾燥させる。そして鏡の前に立ち、ベビー用綿棒を両手の肉球で不器用に挟み込み、黒川会長直伝の抗真菌クリームをシワの奥にチマチマと塗り込んだ。これをサボれば、明日からの営業で再びポップコーンのような発酵臭を撒き散らすバイオテロリストになってしまうからだ。
館内着に着替え、喫煙所へ向かう。
俺はポケットから、こんな特別な休日のためにと奮発して買っておいたお気に入りの葉巻、『モンテ・クリスト』を取り出した。
ゆっくりと火をつけ、紫煙をゆったりと吐き出す。映画の主人公にでもなった気分でハードボイルドを気取ってみるが、鏡に映っているのはシワだらけのつぶれたパグ顔だ。
煙の向こう側に、明日から始まる泥臭い日常——1課のチワワどもの不始末、タイガースハッピで空回りするトラ課長、そして不器用なドーベルマン隊長やシェパード副隊長たちの顔が浮かんでは消えた。
「……ふぅ。明日から、また戦いだな」
高級葉巻の香りと現実の落差に苦笑しつつ、火照った体を冷ますため、俺はリクライニングチェアが並ぶ休憩ルームで横になった。
テレビの静かな音量をBGMに、バスタオルを被ると、猛烈な眠気が津波のように襲ってきた。
……ふと、目を覚ます。
周囲は静まり返り、高い窓の外を見上げると、街はすっかり深い夜の闇に包まれていた。
「……よく寝たな」
時計を見ると、すでに夜の8時を回っていた。
だが、不思議と焦りや嫌な重たさはなかった。全身の毒素が抜け、身体は驚くほど軽くなっていた。
ゆっくりと身体を起こし、着替えを済ませて銭湯を後にする。
夜風が、洗いたての首のシワと濡れた鼻先を心地よく撫でていった。
2週間の夏休みは、これで終わりだ。
海へ行き、美味しいものを食べ、なつみさんと過ごし、仲間と野球を観て、映画に泣いた。
最高の夏休みだった。
「……さて。明日からまた、泥臭く踏ん張るか」
静かな夜道を歩く俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、明日への静かな勇気とともに、力強くパタパタと揺れていた。




