第40話:夏の終わりの宴と、塩のせせり
第40話:夏の終わりの宴と、塩のせせり
(投稿日2026年8月19日)
8月19日、水曜日。夏休み13日目。
長かった2週間の休みも、いよいよカウントダウンに入っていた。
夕方、俺は風通しの良いクールビズの半袖シャツに身を包み、首の深いシワに保冷剤を忍ばせながら、街の赤提灯が灯る居酒屋へと向かっていた。
日頃からコピー機のアフターフォローでお世話になっている取引先の社長から、「山田君、今夜うちの慰労会があるから顔を出しなよ」と宴会に招待されたのだ。
正直、休日のプライベートを潰される宴会は気が進まない。
だが、これもサラリーマンの潤滑油であり、大切な仕事の延長だ。溜息を一つ吐き、俺は「付き合いも泥臭い営業のうち」と腹を括って暖簾をくぐった。
「おお、山田君! よく来てくれたね! 今日は仕事のことは忘れて楽しんでくれ!」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
案内された座敷には、香ばしい煙と肉の焼ける匂いが充満していた。
テーブルに次々と運ばれてくる、焼き立ての『焼き鳥』の盛り合わせ。
もちろん、犬型獣人としてのリスク管理は忘れない。
『ネギま』のネギや、タマネギ入りのタレ串はさりげなく避け、俺はシンプルな塩振りの『せせり(首肉)』と、脂身の少ない『ささみ』を手に取った。急性膵炎の恐怖を抱える内臓脂肪レベルEの身として、純粋な脂の塊である『皮』など言語道断だ。
大好物のせせりを手に取るが、犬種最弱クラスの平らな歯を持つパグの顎では、弾力のある身を噛み切ることはできない。俺は鞄に忍ばせていたマイ・キッチンバサミを取り出し、せせりを小間切れサイズにチョキチョキと不格好に刻んでから口へ放り込んだ。
クチャクチャと必死に噛み締めると、引き締まった身から香ばしい脂と肉汁がドッと溢れ出し、冷たいデカフェ茶で流し込むと、思わずつぶれた鼻先がピクピクと歓喜に震えた。
「……うまい。やっぱり焼き鳥は最高だな」
最初は乗り気ではなかった宴会だが、安全で美味しい肉を味わい、シワの寄った顔で相槌を打ちながら取引先の社長たちの満足そうな笑顔を見ているうちに、胸の奥の重だるさが消えていくのが分かった。
ふと、休み明けの会社のことが頭をよぎる。
強面だが不器用で優しいドーベルマン隊長、娘のなつみさんのことで世話になっているシェパード副隊長、そして空回りして猛威を振るうタイガースハッピのトラ課長……。
あと少しで、あの過酷で泥臭くも、どこか愛おしい日常が戻ってくるのだ。
宴もたけなわとなり、取引先の温かい見送りを受けて店を出る。
夜風が、火照った顔と首のシワを心地よく冷やしていった。
一人の客として、そしてプロのサラリーマンとして過ごした夏の夜。
ほろ酔いの人波の中を歩く俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、休み明けへの静かな覚悟とともに、ゆっくりと揺れていた。




