↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『サラリーマンパグ吉 ~今日も尻尾は上がらない~』  作者: 水前寺鯉太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
37/55

第37話:銀幕のスターと、冷やしそうめんの休日

第37話:銀幕のスターと、冷やしそうめんの休日

(投稿日2026年8月16日)

 8月16日、日曜日。夏休み10日目。

 朝、目を覚ますと、スマホに昨夜のデートのお礼メッセージが届いていた。

『昨日は本当に素敵な一日をありがとうございました! 焼肉、すごく美味しかったです。また絶対一緒にお出かけしてくださいね』

 画面に表示されたなつみさんの温かい言葉に、パグ顔をデレデレに緩ませながら返信を打つ。

 最高のデートの余韻を胸に、今日の休みは冷房を効かせた部屋で静かに映画鑑賞と決め込むことにした。

 山のように積み上げられたDVDラックから、午前中に観る1本を選び出す。

 世界的アクションスター、トム・クルーズの主演映画だ。

 俺は昔から、彼を誰よりもリスペクトしている。不可能を可能にするスマートな身のこなし、命がけのスタントを自らこなすプロ意識。あの熱い生き様に、俺は何度も魂を揺さぶられてきた。

(そういえば、なつみさんのあの隙のない立ち振る舞いも、トムのアクションさながらだったな……)

 などと鼻の下を伸ばしつつも、ガラスに映る「内臓脂肪レベルEの樽腹で、少し歩くだけで気道がヒューヒュー鳴る」という己の不格好なパグの姿。そのあまりに残酷なコントラストに、俺は思わず深い溜息を漏らした。

 それでも、俺は彼のようにタフに生き抜きたいのだ。

 午後からは、俺が一番好きな韓国の傑作ヒューマンドラマ『7番房の奇跡』を再生した。

 何度繰り返し観たか分からない。理不尽な極限状態の中で、娘への無償の愛を貫き通す主人公の姿。泥臭くとも、誰かを守り抜こうとするその純粋な生き様に、俺はいつも自分のサラリーマンとしての悲哀を重ね合わせ、シワの寄った目元を熱く濡らし、声を出して号泣するのだ。

 夕方、泣き腫らした顔を洗い、氷水でキリッと締めた『冷やしそうめん』を用意する。

 もちろん、犬型獣人にとって猛毒であるタマネギやネギの薬味は一切使わず、安全な生姜と無添加の出汁つゆだけで。

 短足の膝を崩し、短いマズルを器に近づける。だが、構造上、唇をすぼめることができないパグの骨格では、人間のように「つるつる」とスマートに麺をすすることは不可能だ。

 俺は出汁つゆに平たい顔面を突っ込み、短い歯でそうめんを途中で噛み切りながら、顔中を汁だらけにして強引に丸呑みしていった。

「フゴッ、ズビッ……! うまい!」

 冷たい喉越しが、火照った体と喉の奥を心地よく冷やしていく。

 だが、食い終わるや否や、俺は慌ててタオルとベビー用極細綿棒を手に洗面所へ駆け込んだ。顔の深いシワの奥に跳ね飛んだ出汁つゆを完全に拭き取らなければ、マラセチア菌(皮膚炎)が塩分を餌にして大繁殖してしまうからだ。太い肉球で綿棒を挟み、シワの奥を丁寧にぬるま湯で拭き上げていく。

 昨日の華やかなデートと、今日の静かな一人映画。

 銀幕のスターのようにスマートには生きられないし、そうめん一つ食うのにも顔面を汁だらけにしてシワのケアに追われる無様な日常だ。

 けれど、胸の中にはなつみさんの笑顔がしっかりと残っている。

 シワの奥を完全に乾燥させると、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、満足そうにパタパタと洗面所の壁を叩いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。