第35話:真夏のLINE通知と、喉を突くデカフェ茶
第35話:真夏のLINE通知と、喉を突くデカフェ茶
(投稿日2026年8月11日)
8月11日、火曜日。夏休み5日目。
昨夜、ドーベルマン隊長一家との熱狂的なナイター観戦の後、そのまま深夜の食事会(もちろん俺は脂身ゼロのササミだけだったが)にまで付き合わされたため、帰り着いたのは日付が変わった午前1時過ぎだった。
泥のように眠り、目が覚めた時には朝の10時を回っていた。
36歳の中年・内臓脂肪レベルEの身体に、深夜までの付き合いは劇薬だ。全身に残る湿気と重だるさ、そしてストレスによる強烈な胃もたれ。ぬるま湯で顔のシワの奥を丁寧に洗い、汗と皮脂を拭き取った俺は、胃薬を求めて命がけの外出を決意した。
首に保冷剤を巻き、日傘をさしてフラフラと這うように近所のコンビニへ向かい、強力な胃薬を買い求める。
ジリジリとアスファルトを焦がす8月の呉の太陽の下、日傘の陰に隠れた俺は、マイボトルに冷やしておいた『デカフェ烏龍茶』を口に含み、胃薬の錠剤を流し込もうとした。
その時だった。
ポケットの中でスマホが『ポロン』と可愛らしい通知音を鳴らした。
両手の肉球で不格好にスマホを挟み込み、画面を覗き込んだ俺は、完全に固まった。
送り主は、シェパード副隊長の長女・なつみさん。
『山田さん、先日は愚痴を聞いてくださってありがとうございました! 次の非番の日、もしよろしければどこかお出かけしませんか?』
「……ッ!? カハッ……ゲホッ! フゴォッ……ヒュー……ッ!?」
直後、喉に含んでいた胃薬とデカフェ烏龍茶がパグ特有の長すぎる軟口蓋に引っかかって完全に誤嚥し、俺は炎天下の歩道で鼻から茶を吹き出しそうになりながら盛大に咽せ返った。
鼻の奥をツンと刺す茶の激痛に涙目になり、顔のシワをぐしゃぐしゃに歪めながら、必死で呼吸を整える。
お、お出かけ……!?
頭の中が猛烈なパニックを起こした。
なつみさんはエリート警察官だ。彼女の周りには、体格も良く、立ち振る舞いも凛々しいシュッとした警察犬のシェパードやドーベルマンの同僚たちが山ほどいるはずなのだ。
なぜ、よりによって、36歳の中年・肥満・短足・つぶれ顔のパグなおじさんなのか。え? パグ? 本当に俺で合ってるのか?
(……待てよ。まさか副隊長が裏で娘に圧力を……? いや、あるいは警察の極秘囮捜査に俺が使われようとしているのか……!?)
あまりの事態に、日々の平穏を這いつくばって守り抜くサラリーマン特有の、妙な疑心暗鬼まで湧き出してくる。
だが、前回の和風カフェでの彼女の眩しい笑顔を思い出すと、胸の奥が妙に静かになった。
確かに彼女は、自分には不相応すぎるほどの美人警察官だ。
けれど、あの過酷な縦社会で気を張り詰めている彼女が、俺のような「ただ黙って反省顔で話を聞くことしかできない不器用なパグ」を指名してくれたのも、また事実なのだ。
「……ふぅ……」
マイボトルのデカフェ茶をもう一口含み、火照った喉を潤す。
『こちらこそ。俺でよければ、喜んでお付き合いします』
返信の文字を入力する俺の丸い肉球は、心なしか微かに震えていた。
夏の暴力的な日差しの中、スマホを両手で挟み込む俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、困惑とほんの少しの跳ねるような高鳴りとともに、ゆらゆらと揺れていた。




