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『サラリーマンパグ吉 ~今日も尻尾は上がらない~』  作者: 水前寺鯉太郎


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第31話:夏休みの波打ち際と、凛々しき警察官

第31話:夏休みの波打ち際と、凛々しき警察官

(投稿日2026年8月7日)

 8月7日、金曜日。今日から待ちに待った夏休みだ。

 過酷な火消しと残業に追われる我が社だが、夏休みだけはキッチリ「2週間」の長期休暇が与えられる。これだけは元自衛官である黒川会長の太っ腹なところで、社員たちの唯一の救いであった。

 休み初日の今朝、俺は相棒の田中に半ば強制連行される形で、呉から真っ赤な音戸の大橋を渡り、倉橋島の海へと来ていた。

 短頭種にとって夏の海辺は少しの油断も許されない処刑場だが、「俺の車の冷房を限界まで下げて送迎し、帰りは極上の海鮮丼を奢る」という田中の提案に、見事に釣られてしまったのだ。

 波の穏やかな瀬戸内海の沖合では、ペキニーズの田中がバキバキに引き締まった身体で、SUP(スタンドアップパドルボード)の上に立って優雅に水面を進んでいる。

 一方の俺はといえば、猛暑の砂浜でパラソルの濃い日陰から一歩も出ず、首のシワには保冷剤入りタオルを固く巻き、冷たい特注デカフェ茶のボトルを抱えて完全防備を固めていた。

「……あら、山田さん? こんなところで奇遇ですね」

 凛とした声に振り向くと、そこにはスポーティーなラッシュガード姿の女性——シェパード副隊長の長女、なつみさんが立っていた。

「な、なつみさん……! 奇遇ですね」

 第25話のバーベキューで、酔った副隊長から「うちの娘を嫁にもらってくれ」と爆弾発言を落とされて以来の再会だ。お互いに一瞬だけ赤面し、気まずい沈黙が流れたが、なつみさんは爽やかに微笑んでパラソルの横に腰を下ろした。

「父から聞きました。山田さんが会社のピンチを何度も泥臭く救っているって。……あ、私、実は『広島県警の警察官』なんです。今日は非番で、友人と海に来ていて」

「警察官……! やっぱり、お見事な血筋ですね」

 警察官——道理で背筋がピンと伸び、まるでトム・クルーズのアクション映画に出てくるエージェント顔負けの、周囲を警戒する鋭い眼光に隙がないわけだ。

 だが、なつみさんはどこか恥ずかしそうに言葉を続けた。

「父が酔って変なことを言って、すみませんでした。でも……山田さんがどれだけ真面目で、誰からも信頼されている人なのかは、父の顔を見れば分かります。今日はゆっくり休んでくださいね」

 警察官らしい鋭い観察眼と、気遣いに満ちた温かい言葉。まるで職務質問を受けているような緊張感と、掛けられた言葉の優しさに、俺はシワの寄った顔をさらに深く下げて「フゴッ」と照れを誤魔化すしかなかった。

 そこへ、ボードを抱えた田中が海から上がってきた。

「おや、なつみさん。奇遇ですね。山田さん、そろそろ海の家で冷たい山盛りのかき氷でも食べましょうか」

「……バカ言え、かき氷なんか一気に食ったら、パグの狭い気道が凍りついて過呼吸で死ぬだろうが。俺は三杯酢でむせないよう、ゆっくり食える『ところてん』にする」

 俺が鼻のシワを寄せて文句を言うと、なつみさんがおかしそうに吹き出した。

 穏やかな瀬戸内海の波の音と、香ばしい磯の香り。

 過酷な社内政治から解き放たれ、信頼できる相棒と、凛々しくも優しい警察官のなつみさんとの穏やかな会話。

 顔のシワに滲んだ汗をタオルで拭いながら、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、夏休み初日の海風の中で、ゆったりと幸せそうに揺れていた。

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