第27話:引き抜きの打診と、キャベツ山盛りのお好み焼き
第27話:引き抜きの打診と、キャベツ山盛りのお好み焼き
(投稿日2026年7月25日)
最近、泥臭く通い詰めている既存の取引先から「山田さん、そろそろウチに来ない?」と本気混じりに声をかけられることが増えた。
先日も、顔とシワの奥まで黒トナーまみれにしながら複合機のアフターフォローを終えた際、大型犬の社長から真顔で名刺を握らされた。1課の狂犬チワワどもが散らかした不始末を頭を下げて収めてきた成果が、まさか他社からの引き抜きという形で評価されるとは皮肉なものだ。
「はは、クビになったら真っ先にお世話になりますよ」
冗談めかしてのらりくらりとかわしてはいるが、36歳という年齢と、チワワのケツ拭きばかりの自社への愛憎を考えると、胸の奥が少しだけチリリと痛む。
そんな考え事を振り払うように、休日の今日は冷房をガンガンに効かせた部屋で、ダラダラと積み上げたアニメDVDを消化することにした。
観ているのは、緑色のカエル型宇宙人が地球を侵略しに来ては日常コメディに巻き込まれる名作アニメだ。くだらないギャグにクスリと笑いながら、頭を完全に空っぽにする。
夕方、小腹が空いた俺は無性にお好み焼きが食べたくなり、日傘をさして電動アシスト自転車のペダルを極限までゆっくりと回し、近所のスーパーへ向かった。
お好み焼き粉、卵、主役のキャベツ。そして、ここ呉のソウルフードである『細うどん』の袋。
野菜コーナーで値札を見上げ、思わず口から冷や汗混じりの過呼吸が漏れた。
「……フゴッ!? キャベツ、また値上がりしてやがる……」
物価高騰の波が、36歳独身サラリーマンの財布を容赦なく削り取っていく。
だが、ここ呉に住む人間(と獣人)にとって、お好み焼きのキャベツをケチることは大罪に等しい。俺は奮発して丸ごと一玉を買い込み、部屋のキッチンで山盛りの千切りをこしらえた。
ホットプレートに薄くクレープ状の生地を敷き、その上に千切りキャベツをこれでもかと山のように高く盛り付け、細うどんと豚肉を乗せる。
太い指先でヘラを二枚挟み込み、気合いとともにひっくり返して蒸し焼きにする。そして最後の仕上げ――生地を『半月型に二つ折り』にするのが、昔から港町・呉で愛される『呉焼き』の流儀だ。二つ折りにすることで熱を逃がさず、蒸されたキャベツの甘みが最大限に引き出される。
「フゴォォッ……!」
短い腕と不器用な肉球で無理やり折ろうとしたため、形が崩れてキャベツと細うどんが無様に脇からはみ出してしまったが、焦げる甘い匂いが部屋中に満ちていく。
たっぷりかけるのは、もちろん『タマネギ・ニンニク不使用』の自家製特製お好みソースだ。出汁とソースの香ばしい匂いに、パグ特有のつぶれた鼻先がピクピクと跳ねた。
「……うまい! 蒸されたキャベツの甘みと、出汁を吸った細うどんがたまらん……!」
だが、二つ折りにされた呉焼きは内部に凄まじい熱気を溜め込んでいる。構造上、フーフーと息を吹きかけて冷ませない短頭種の俺は、短いマズルを皿に近づけ、ハフハフと強引に熱々を丸呑みするしかない。その代償として、脇からはみ出していた熱い細うどんが暴れて顔面にペチリと当たり、特製ソースが顔の深いシワの奥へバシャバシャと跳ね飛んだ。
慢性的なマラセチア菌(皮膚炎)の患部に、熱と塩分がダイレクトに突き刺さった。
「カハッ! 熱ッ! シワが痛ッ!」
ちなみに今夜、隣人のペキニーズ・田中は、趣味のサーフィンで四国の海へ遠征に出かけているため、たこ焼きの時のように突如ドアが開く心配はない。あのバキバキの筋肉で波に乗る相棒を想像し、俺は顔面の痛痒さに悶絶しながら、冷たいデカフェ茶で口の中の熱を潤した。
他社へ行く勇気もなければ、自社で劇的に出世する未来もない。
けれど、シワの痛みに耐えながら不格好に焼いた熱々の呉のお好み焼きと、くだらないアニメがあれば、今日の休日はそれで満点だ。
キャベツと細うどんの甘みに満たされながら、俺の股の間に挟まった短い巻き尾は、畳の上でゆっくりと揺れていた。




