第26話:黒い複合機と、二つの営業スタイル
第26話:黒い複合機と、二つの営業スタイル
(投稿日2026年7月23日)
7月も下旬に差し掛かり、社内は月末のノルマ達成に向けた殺気で満ちていた。
そういえば、俺たちが日々何を売って飯を食っているのか、まだ話していなかったな。
我が社は総合商社を謳ってはいるが、売上の主軸を占めているのはオフィス用の『大型複合機』の販売とリース契約だ。
当然、営業マンには月ごとの過酷な販売ノルマが課される。この月末の追い詰められ方によって、営業1課と2課の「種族特性」が露骨に浮き彫りになるのだ。
新規開拓を担う営業1課の狂犬チワワどもは、月末になると目が血走り、なりふり構わぬ飛び込み営業を仕掛ける。
ターゲットのオフィスへ突撃し、甲高い声でマシンガントークを繰り出し、相手が根負けして判を押すまで、相手社員のスラックスの裾に噛みついて離れないのだ。
だが、その過剰な威嚇営業が災いし、「二度と来るな!」「押し売りだ!」と大型肉食獣の経営者を激怒させ、特大のクレームとなって大炎上する。
そして、その爆発したアフターフォローに回されるのが、我が営業2課――俺たちパグの仕事だ。
俺には、チワワどものような強引な飛び込み営業は逆立ちしても真似できない。生まれつきの短足では1日の訪問件数などたかだか知れているし、なにより威嚇しようにも、この潰れた顔立ちのせいで「この世の終わりほど拝み倒している」ようにしか見えないのだ。
だから俺のスタイルは、徹底した既存顧客の保守と火消しだ。
「コピー機が紙詰まりを起こした! 今すぐ来い!」と怒鳴られれば、呉の殺人的な猛暑の中を重い鞄を抱えて短足ダッシュで駆けつける。
パグの太い指先では、複雑な複合機の内部で詰まった紙を器用に引き抜くことなどできない。俺は短い両腕と一緒に平たい顔面ごと機械のユニット奥深くに突っ込み、ハアハアと荒い息を吐きながら、強引に紙くずを掻き出す。
「カハッ……ゲホッ! フゴォッ……!」
その代償として、舞い散った真っ黒なトナーの微粒子が狭い気道へ飛び込み、俺は盛大に咽せ返った。そればかりか、汗まみれになった顔の深いシワの奥へ粉末が入り込み、慢性的なマラセチア菌(皮膚炎)と最悪の化学反応を起こして狂いそうなほどの痛痒さが顔面を襲う。
だが、顔を真っ黒にし、トナーまみれで気管をヒューヒュー鳴らしながらも機械を直す俺を見て、激怒していた大型犬の顧客は毒気を抜かれたように息を吐くのだ。
「……山田君。君は相変わらず泥臭くて無様だが、呼べばすぐ来るから助かるよ」
そう言って、更新時期にさりげなく次期のリース契約を延長してもらう。
強引に牙を剥く1課と、泥とトナーを被って維持する2課。我が社の業績は、この歪な二輪で回っているのだ。
「……ふぅ。今月もなんとかノルマラインは越えたか」
自席に戻り、ぬるま湯で真っ黒になったシワの奥を念入りに洗って薬用クリームを塗り込んだ後、デスクで月刊の集計表を眺めながら、俺は冷めたデカフェの烏龍茶を啜った。
スマートなトップセールスマンにはなれそうもない。
だが、真っ黒なトナーの汚れを洗い流した俺の丸い肉球と、股の間に垂れ下がった短い巻き尾は、今日も泥臭く会社を支えていた。




