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『サラリーマンパグ吉 ~今日も尻尾は上がらない~』  作者: 水前寺鯉太郎


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第25話:夏の海と、副隊長の危険なお見合い特命

第25話:夏の海と、副隊長の危険なお見合い特命

(投稿日2026年7月21日)

 7月20日、海の日。

 俺は警備課のシェパード副隊長との約束を果たし、ギラギラと太陽が照りつける呉の『かるが浜』へと来ていた。

 副隊長が家族を連れて海辺でバーベキュー大会を開くにあたり、「いつも苦労している山田君も息抜きにおいで」と招待されたのだ。

 シェパード一家の家族構成は実に壮観だ。

 御年55歳とは思えぬ引き締まった体のシェパード副隊長を筆頭に、品のある50歳の奥さん。

 警察犬の血を引く凛々しい顔立ちの長女(25歳)。

 そして、食べ盛りで運動部らしき長男(16歳)と次男(15歳)。

 大型警備犬種の血筋らしい、血統書付きのサラブレッド一家である。

 一方、招待された俺はといえば、パラソルの濃い日陰から一歩も出られずにいた。

 瀬戸内海の穏やかな波音が響くかるが浜だが、体温調節が極めて苦手な短頭種パグにとって、7月の炎天下の砂浜は文字通りの処刑場。首の深いシワの間に保冷剤入りの濡れタオルを固く巻き、冷たいデカフェの烏龍茶を啜りながら、命がけで日陰を死守していた。

「山田君! 肉が焼けたぞ、遠慮せずに食え!」

 副隊長が豪快に鉄板から取り分けてくれたのは、分厚い骨付き牛ステーキだ。

 もちろん、犬型獣人にとって有毒なタマネギやニンニクのタレは使われていない。しかも、俺が「脂肪分の多い肉は急性膵炎を引き起こす」という弱点を抱えているのを知ってか、俺の分だけは徹底的に脂身を削いだ『特大の純・赤身肉』が用意されていた。

 シンプルな塩コショウで焼き上げられた肉塊から放たれる香気に、俺のつぶれた鼻先がピクピクと歓喜の声を上げる。

 だが、短頭種特有の平らですり減った臼歯では、弾力のある分厚い赤身肉を噛みちぎる術がない。

 肉を前にして固まっていると、見かねた副隊長の奥さんが「山田さん、食べやすいように切りますね」と微笑み、キッチンバサミで俺の赤身肉をサイコロ状に細かくカットして、紙皿へと入れてくれた。

 36歳にもなって、上司の奥さんに肉を小さく切ってもらうこの介護のような惨めさ。

 だが、恥も外聞も捨ててサイコロ肉を口に放り込むと、肉汁がドッと溢れ出し、砂浜の暑さも吹き飛ぶような旨味が脳を直撃した。俺は涙目で無我夢中に肉を平らげた。

 午後になり、缶ビールを何本も空けてすっかり出来上がったシェパード副隊長が、真っ赤な顔で俺の肩を抱き寄せてきた。

「なあ山田君……。うちの長女は気が強くて警察犬顔負けの警護術を持ってるせいか、なかなか彼氏ができんのだよ」

「お、お父さん! 酔っ払って何言ってるのよっ!」

 長女さんが顔を真っ赤にして叫ぶが、酔っ払った副隊長は止まらない。俺の顔を覗き込み、ニヤニヤと大声で告げた。

「どうかね? 山田君。うちの娘を嫁にもらってくれないか! お前みたいに泥臭く耐え抜く男なら安心だ!」

(……いや、警察犬の警護術持ちと結婚したら、夫婦喧嘩のたびに俺の首が物理的に折られるッ……!)

「……フゴッ!?」

 細かく切ってもらったはずの赤身肉を飲み込もうとしていた俺は、突如降ってきた特大の無茶振りと命の危険に喉を詰まらせ、惨めな過呼吸の悲鳴を上げた。

 55歳の頼れる上司からの、あまりに危険すぎるお見合い打診。

 赤面して父親を小突き回す美人長女さんと、爆笑する息子たち。

 パラソルの日陰の下で、俺の短い巻き尾は、困惑と冷や汗とともに固まったまま動かなくなっていた。

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