第24話:生命維持費の悲鳴と、ご馳走せせり焼肉
第24話:生命維持費の悲鳴と、ご馳走せせり焼肉
(投稿日2026年7月18日)
給料明細を確認し、手取り37万円の重みを噛み締めた土曜の夕方。
俺はまず、生きるための固定費を支払うべく街へ繰り出した。
今住んでいる部屋は、築古の狭い1DK。だが、家賃は毎月キッチリ10万円もむしり取られる。ここ呉の相場からすれば異常なぼったくり価格だが、「犬型獣人の遠吠えやパンティング音が一切漏れない、獣人専用・完全防音仕様」という弱みに付け込まれたプレミアム価格なのだ。
ATMで家賃を振り込み、その足でコンビニへと向かう。
レジで叩きつけられた公共料金の用紙。
ガス代が10,000円。そして、今月の電気代は——12,000円。
「……ッ、高え……!」
思わず口から惨めな鼻鳴りが漏れた。
だが、パグをはじめとする短頭種にとって、7月の猛暑の中でエアコンを18度設定で24時間フル稼働させることは、決して贅沢などではない。体温調節機能が極めて低い俺たちにとって、冷房を切ることは気道閉塞と熱中症による「死」を直結して意味するのだ。12,000円は、まさに俺の生命維持装置の稼働費であった。
固定費の支払いを終え、俺は財布に残った現金を確かめてからスーパーへと向かった。
今夜は給料日だ。隣の部屋に住む相棒の田中を呼んで、豪勢に自宅焼肉と決め込む。
精肉コーナーで、美しいサシの入った牛肉……には目もくれず、急性膵炎の恐怖に怯える俺は、真っ赤な「オーストラリア産・超赤身ブロック」をカゴへ投入する。
そして、俺が最も熱い視線を送ったのは、パックに盛られた『鶏せせり(首肉)』だ。これこそが、俺の隠れた大好物である。
もちろん、リスク管理も怠らない。焼き肉の定番であるタマネギやニンニクなどの有毒な球根類は一切買わない。野菜不足を補い、油分を抑えるために買い求めたのは、キャベツ、エリンギ、そして大きなピーマンだ。
帰宅し、部屋にやってきた田中とともに卓上ホットプレートに火を入れる。
田中が筋肉のために持参した味気ない『鶏むね肉』の横で、ジュウジュウと俺の肉が焼ける香ばしい匂いが部屋中に満ち、パグ特有のつぶれた鼻先がピクピクと跳ねた。
真っ先に焼き上がった「せせり」を塩コショウで引き上げる。
だが、短頭種の平らですり減った臼歯と弱い顎では、せせりのプリプリとした強靭な弾力を噛み切ることはできない。俺は用意しておいたキッチンバサミで、せせりを小間切れサイズにチョキチョキと細かく刻み、キッチンペーパーで余分な脂を吸い取ってから、ようやく口の中へ放り込んだ。
押し潰すように必死に噛み締めると、引き締まった身から、濃厚な旨味がドッと溢れ出した。
「……うまい、やっぱりせせりは最高だ……!」
キャベツとピーマンを合間に挟み、硬い赤身肉を米とともに胃袋へ流し込む。
田中とグラスを合わせ、冷たいデカフェの烏龍茶で口の中の油分を洗い流せば、過酷な残業も、ぼったくり家賃も、高額な電気代のショックも、すべてが綺麗な思い出へと変わっていった。
家賃も払った。光熱費も払った。美味い肉も食った。
ホットプレートの熱気が残る部屋で、俺のお腹はぽっこりと満たされ、短い巻き尾は静かに、幸せそうにパタパタと畳を叩いていた。




