第20話:罪深きチョコの誘惑と、真っ赤なかき氷
第20話:罪深きチョコの誘惑と、真っ赤なかき氷
(投稿日2026年7月12日)
ふと、誰にも内緒でやっている匿名の裏日記アカウントのアクセス解析を開いて驚いた。
日々の鬱憤や愚痴を吐き出すために書き始めてから、徐々にフォロワーが増えている気がする。
書いていることと言えば、営業1課の狂犬チワワどもの不始末と、自分で作った泥臭い料理の写真ばかりなのだが、「いいね」が結構つくようになった。こんな冴えない36歳パグのささやかな日常を、どこかの誰かが見てくれていると思うと、柄にもなく少しだけ照れくさい。
今日も呉の街は、日中から殺人的な猛暑だった。
こう暑いと無性にかき氷が食べたくなる。だが、我が家には氷を削るマシーンなど存在しない。
俺は首に保冷剤を固く巻き付け、日傘をさし、電動アシスト自転車のペダルを心拍数が上がらないようゆっくりと回して、近くのファミリーレストランへと向かった。
冷房の効いた店内でメニューを開く。
メニューの隅には濃厚なチョコレート風味のかき氷が載っていて、一瞬心が揺れた。だが、俺は即座に視線を逸らした。
カカオに含まれるテオブロミンは、肝臓での分解速度が遅い俺たち犬型獣人にとって、致死的な不整脈や痙攣を引き起こす危険物質だ。「腹を壊す」どころか、一発で救急車を呼ぶ羽目になる。命がけの食生活において、油断は禁物である。
「お待たせしました。『特製純生いちごかき氷』です」
運ばれてきたのは、山盛りの削り氷の上に、果肉たっぷりの真っ赤ないちごシロップがこれでもかと回しかけられた一品だ。
店員が「練乳はおかけしますか?」と尋ねてきたが、俺は静かに首を振った。
練乳など邪道だ。甘ったるいミルクで誤魔化さず、いちご本来の甘酸っぱさと、氷の潔い冷たさだけを味わう――それが俺のハードボイルドな譲れない美学である。
だが、現実は映画のようにはいかない。
パグの不器用な前足と太い指先では、添えられたスプーンをまともに握ることすらできないのだ。
俺は両方の肉球でスプーンを不格好に挟み込み、短いマズルを皿に近づけて、強引に山盛りの赤と白を口の中へ放り込んだ。必然的に、顔面から氷の山へ突っ込む形になる。
「……ッ!? カハッ……ヒュー……ッ!」
直後、猛烈な衝撃が襲った。
頭がキーンと痛むアイスクリーム頭痛だけではない。過剰な冷気がパグ特有の狭い気道へと直撃し、気管が急激に収縮して過呼吸の悲鳴を上げた。さらに、崩れた氷から真っ赤なシロップが飛び散り、昨日のトマトソースのダメージが残る顔の深いシワの奥へと容赦なく流れ込む。
「ブヒューッ! 冷たッ、シワが痛ッ!」
口を肉球で押さえ、顔を真っ赤に汚しながら、涙目でハアハアと激しいパンティングを繰り返す。
……だが、その苦悶の後にやってくる、じわっと広がる果肉の甘酸っぱさと爽快感。
「……ふぅ……うまい……」
周りの家族連れやカップルの奇異な視線を気にすることもなく、俺はシワの奥に冷や汗といちごシロップを溜めながら、真っ赤なかき氷を黙々と平らげた。
毒のあるチョコを避け、練乳の甘やかしを拒み、不格好に顔を汚し、冷気に喉を詰まらせながら氷を食う。
なんだか、泥をすすりながら意地を張る、俺のサラリーマン生活そのもののようなかき氷だった。
ファミレスを出ると、夕暮れの呉の潮風が火照った鼻先を冷たく撫でていった。
明日からもまた、チワワの火消しと理不尽な日常が待っている。
けれど、真っ赤なかき氷で冷やされた俺の胃袋と心は、ほんの少しだけ軽くなっていた。
俺の短い巻き尾は、夕空の下で、静かに揺れていた。




