第18話:一人たこ焼き特命と、隣人の乱入
第18話:一人たこ焼き特命と、隣人の乱入
(投稿日2026年7月10日)
連日の火消しと社内調査の功績(というか、あまりの疲弊ぶり)を見かねたのか、黒川会長から「たまには休め」と有給休暇を言い渡された。
7月、金曜の昼下がり。呉のうだるような湿気を遮断するため冷房を18度に設定し、せっかくの平日休みを満喫すべく、俺は一人で『たこ焼きパーティー』を執り行うことにした。
業務スーパーで手に入れた大ぶりのタコを、ゴロゴロとした大きさにカットしていく。タコは大きければ大きいほど美味い。これは鉄則だ。ただし、生タコに含まれる酵素や繊維は、俺たち犬型獣人の消化器官にとってすこぶる負担が大きい。あらかじめ出汁でじっくり煮込み、チアミナーゼを失活させて柔らかくしておくのが、胃腸をいたわる36歳パグの知恵である。
もちろん、生地やトッピングにネギやタマネギなどの有毒な球根類は一切入れない。市販ソースに潜むタマネギエキスを徹底的に排除した『自家製・減塩出汁ソース』を用意し、出汁を利かせた生地に刻んだキャベツと柔らかい煮タコを放り込む。
卓上プレートがジューッと香ばしい音を立て、ソースの甘い香りが部屋中に満ちていく。
太い指先でピックを器用に扱い、くるりとひっくり返して綺麗な球体に仕上げていく。パグ特有のつぶれた鼻先が、香気に誘われてピクピクと跳ねた。
まさに完成し、一口目を口へ運ぼうとした、その時だった。
――ピンポーン。
インターホンが鳴り、ドアを開けると、そこには有給を消化して早く帰宅した隣人――私服姿の田中が立っていた。
「……やはり。廊下に香ばしい出汁とソースの匂いが充満していたので、もしやと思いましたが」
田中は顔色一つ変えずに、手に持った缶のデカフェ烏龍茶をスッと提示した。
「一人でたこ焼きですか、山田さん。ちょうど僕もお腹が空いていました。ご安心ください、飲み物は持参しましたので」
「……お前、匂いを嗅ぎつけて狙って帰ってきただろ」
断る隙すら与えない、相棒の完璧で静かな図々しさ。
結局、俺の「贅沢な一人たこ焼き」は、突如として「隣人ペキニーズとの二人たこ焼き」へと変更された。
「……ハフッ、ハフッ……アツッ! カハッ!」
熱々のたこ焼きを強引に丸呑みしようとした俺は、短頭種特有の狭い口腔と気道で暴力的な熱さに悶絶し、ハアハアと激しいパンティングで口の中の熱を必死に逃がした。
対する田中は、構造上、人間のように唇をすぼめて「フーフー」と冷ませないことを熟知している。彼はバッグから小型のハンディ扇風機を取り出し、ウィーンと風を当ててたこ焼きを適温まで冷ましてから、優雅に味わっていた。
「……美味いですね。出汁煮のタコが実に柔らかい」
「フゴォ……俺が苦労して煮込んで焼いたんだから当たり前だ……」
一人で静かに過ごすはずだった休日の午後。
限界まで下げたはずの冷房も、たこ焼き器が発する熱気と、短頭種2匹の吐き出す熱い呼気で完全に相殺され、部屋の中はうだるような暑さになっていた。
目の前でハンディ扇風機を回しながら黙々とたこ焼きを平らげていく相棒を眺めながら、俺はすっかり冷めた二つ目を口に放り込んだ。
静かすぎる一人飯よりは、まあ、悪くないか。
熱気立つ部屋の中で、俺の短い巻き尾は、小さくパタパタと畳を叩いていた。




