第16話:七夕の夜と、脱カフェインの極上茶
第16話:七夕の夜と、脱カフェインの極上茶
(投稿日2026年7月7日)
7月7日、七夕。
奇跡的に残業がなく、定時で会社を脱出した俺は、駅前のスーパーで白玉粉と、砂糖控えめのずんだ餡のパックを買い込んで帰宅した。
今夜は一人、贅沢な和菓子作りの時間だ。
ボウルに白玉粉をあけ、少しずつ水を加えながら手のひらで練っていく。肉球に伝わる、しっとりとした耳たぶほどの柔らかさ。パグ特有の短くて丸い指先で丁寧に小さく丸め、沸騰した鍋へと次々に投入する。
湯気とともに立ち上るもち米の甘い香りに、つぶれた鼻先がピクピクと反応した。
白玉がぷかぷかと湯面に浮かんできた瞬間をすくい上げ、冷水で締めてから、鮮やかな深緑色のずんだ餡を惜しげもなく盛り付ける。植物性タンパク質が豊富で低脂質な枝豆の餡は、ダイエット中の中年パグにとっても最高の栄養食だ。
そして、この甘味に合わせるのは、俺の一番の趣味である「お茶」だ。
俺が所属している『社内お茶同好会』で今月取り寄せたのは、台湾烏龍茶の名品『四季春』。
もちろん、俺たち犬型獣人にとって茶葉に含まれるカフェインやメチルキサンチン類は、激しい心悸亢進や中毒を引き起こす危険物質だ。そのため、俺が愛用しているのは、茶葉の繊細な風味を一切損なわずに超臨界二酸化炭素抽出でカフェインだけを完璧に除去した、特注のデカフェ茶葉である。
宝瓶から茶碗へ注ぐと、蘭の花のような華やかで透き通った香りが部屋中に広がった。
手元には、中国の緑茶『龍井茶』のデカフェ茶葉もあるが、今夜のずんだ餅の青々とした香ばしさには、この四季春のフレッシュな香気が完璧に噛み合う。
「……ふぅ……うまい……」
ずんだの粒々とした食感とモチモチとした白玉の弾力、そして口腔を爽やかに駆ける四季春の華やかな余韻。
過酷なチワワたちの火消しや、警備隊長の視線に怯える殺伐とした日常が、一瞬で遠い世界の出来事に思えてくる。
窓を開けると、梅雨の晴れ間の湿った港風とともに、雲の切れ間からうっすらと天の川が覗いていた。
「……明日からもまた、なんとか無事に生き残れますように」
短冊に願いを書く代わりに、俺は温かいお茶をもう一口啜った。
七夕の静かな夜。
俺の短い巻き尾は、穏やかな満足感とともに、小さくゆっくりと揺れていた。




