第14話:社食の嫌がらせと、シワに沁みる熱々うどん
第14話:社食の嫌がらせと、シワに沁みる伸びたうどん
(投稿日2026年7月6日)
正午のチャイムが鳴り、俺はいつもの泥臭い足取りで社員食堂へと向かった。
注文したのは、一番安く、そして提供スピードが異常に早い労働者の味方『細うどん』だ。呉の港湾労働者が短時間で腹を満たせるよう発達した柔らかい細麺は、社食でも大人気である。もちろん、犬型獣人の致死毒である青ネギは徹底的に排除された『ネギ抜き』仕様である。
トレイを両手で持ち、空いている座敷の席を探していると、前方を嫌な気配に塞がれた。
「おやぁ? 営業2課の山田さんじゃないですか〜。今日も相変わらず潰れた顔をさらに歪めて、冴えないお顔をしてますねぇ!」
甲高い声で嫌味を投げてきたのは、営業1課のチワワ・安藤とその仲間たちだった。
チワワ特有の過剰な警戒心とプライドの高さが、自分たちより大人しく見えるパグに向かって攻撃性として吐き出されているのだ。
「安藤くん……頼むから静かにうどんを食べさせてくれ」
「ハッ! 2課のトロい仕事のせいで、俺たち1課がどれだけ苦労してると思ってんスか! 今日の俺たちのカルビ丼代、アンタが奢ってくれてもバチは当たらないんじゃないスかねぇ!?」
キャンキャンと威嚇しながら、安藤は俺のパーソナルスペースへ無遠慮に踏み込んでくる。そして、小型犬特有の恐るべき手癖の悪さで、俺のトレイに乗っていた小鉢の食券を器用に奪い取ろうと手を伸ばしてきた。
普通の社員なら気圧される場面だ。だが、俺は食券を太い指でサッと覆い隠し、シワの寄った顔をさらに深く下げた。
「安藤くん。奢るのも構わないが……そういえば、君たちの1課の課長、今朝から経理部と監査室に呼ばれたまま戻ってこないらしいな」
「……えッ!?」
一瞬で安藤たちの顔色が引きつった。
俺と田中が暴いた、1課の『高額オプション水増し契約書』の件だ。監査の手が伸びていることを悟った安藤の耳が、ぴんと後ろに倒れる。
「あ、あの件は……俺たちは関係ないッス……!」
「ならいいんだ。ただ、今ここで大声で騒ぐと、警備課のドーベルマン隊長が『業務妨害』で飛んでくるぞ。ほら、あそこでチキンカツを食べている」
俺が顎で指し示した先には、鋭い眼光で黙々と肉を引きちぎる警備課長の巨体があった。
安藤たちは「く、くそっ……! 覚えてろよ!」と負け犬の捨て台詞を残し、一目散に逃げ出していった。
「……ふぅ」
空いた席に腰を下ろし、俺は箸を取った。
パグをはじめとする短頭種は極度の猫舌であり、熱いものをフーフーと冷まして食べるような器用な真似はできない。だから俺はいつも、食券を出してからあえて15分ほど放置し、出汁を吸い尽くして完全に伸びきった「ぬるい細うどん」をすすることにしている。
コシの欠片もないふにゃふにゃの麺を啜り上げるたび、跳ねた塩気のある出汁が、今朝からマラセチア菌で荒れている顔面のシワの奥へとダイレクトに飛び込む。
「……っくぅ~! 痒い、塩気が染みる……!」
ただでさえボロボロの皮膚に塩分が突き刺さり、俺は一人で顔を真っ赤にして悶絶した。
他人に助けられるスマートなヒーローなど、この会社には存在しない。自分で泥をかぶり、伸びたうどんで腹を膨らませ、自分の顔と知識で泥臭く生き残るしかないのだ。
シワに沁みる出汁の痛みに耐えながら、俺は午後からの火消し業務に思いを馳せた。
俺の短い巻き尾は、今日も上がらないまま、股の間に重く垂れ下がっていた。




