至福の時間(アフター)
「お母さんって呼んでくれるなんて……!!」
シンシアは感極まったように目に涙を浮かべて、ステラに抱きついてきた。
(『お母さん』っていうより、むしろ『お姉さん』って感じなんだけど――)
「い、いつ目を覚ましたんですか!? ずっと目を覚まさないって聞いていたのに……」
「ついさっきよ。ランドルから話を聞いて、いてもたってもいられなくなって飛んできてしまったの」
シンシアは抱きしめる力を緩めると、今度は涙に濡れた目でステラの顔を覗き込むようにじいっと見つめてきた。
ステラの方は初めて言葉を交わす母親に対して、何を口にしていいのか分からない。心の準備もなく突然目の前に現れてしまって、戸惑いを隠せなかった。
「その……わたしがステラだってよく分かりましたね」
「当り前よ。小さな頃からあなたの姿をランドルの記憶を通して見せてもらっていたんだもの」
「そういえばそうでした……」
「十三歳の時が最後だったけれど、あれからまたこんなに大きくなったのね。すっかり大人っぽくなって」
「わたしの身体はお母さんが産んでくれたものではなくなってしまったんですけど……」
「それを言うのなら、わたしもあなたを産んだ身体ではなくなってしまったわ」
ふふっと笑うシンシアにつられて、ステラも口元が緩んでいた。
今や、どちらも精神移行魔法で複製体に精神を移し替えた身体になっていた。そういう意味では、クレイグに造られた複製体同士、改めて『親子』と言ってもいいのかもしれない。
「お母さん、あなたがわたしの核を封印してくれたおかげで、わたしは普通の人間としてここまで生きてこられました。生まれてきてよかったと思っています。わたしを産んでくれてありがとうございました」
この感謝だけは伝えないと、とステラがぺこりと頭を下げると、シンシアは慌てたように両手を振った。
「そんな、感謝なんて……。わたしたちの我がままで、あなたに苦労をかけてしまって、申し訳ないと思っているのよ。でも、トーマス先生のためにも、どうしても産みたいと思ってしまったの」
「トーマス先生?」
「そういえば、今はクレイグ先生だったわね。公には前学園長ということになるのかしら」
「今年から変えたようです……て、そんなことより先生のためだったというのは?」
クレイグのことは何でも知りたいステラは、ぐいっと身を乗り出していた。
「先生が人間に戻りたがっていることを、ランドルから聞いて知っていたの。わたしが魔法使いとしてもっと強くなれればよかったんだけれど、わたしにもわたしの幸せがあって……。
だから、無理して人間にならなくても、魔族としても幸せになれると、ランドルと一緒に証明したかったのよ。先生もその気になれば、そういう相手が見つかると。結果は……あなたももう知っていると思うけれど」
シンシアは申し訳なさそうに顔を曇らせて、目を伏せた。
魔素を消滅させるという自然のことわりに反した存在――ステラをこの世に生み出してしまった。
危うく世界が滅ぶところだったことを考えれば、シンシアも思うところはあるのだろう。彼女自身の命も費えるところだった。
(でも、良かれと思ってやったことを、責めることなんてできないでしょ?)
「わたしの危険な核は消えましたし、お母さんも元気に復活しました。ここは『終わりよければすべてよし』、でいいと思います」
ステラはにっこりと笑った。
「ステラ……」と、シンシアはつぶやいて、強張った頬を緩めた。
「お母さんたちの望んだ形とは違うかもしれないですけど、先生は人間に戻れて幸せそうです。もっともっと幸せを感じてもらうために、わたしも頑張ります。だから、お母さんたちも気にしないで、幸せに暮らしてください」
両の拳を掲げてみせるステラに、シンシアはまぶしそうに目を細めてきれいな微笑みを見せた。
「あなたにはもう、ちゃんと居場所があるのね。ちょっと淋しいけれど、うれしいわ。ここまであなたを育ててくれたローザのところにも、お礼に行かないとね」
「はい。本当に大事に大事に育ててもらいました。ローザお母さんも心配していたと思います。ぜひ顔を見せてあげてください……あ、でもその姿で現れたら、びっくりするかな」
「大丈夫。わたしがわりとすごい魔法使いだということは、ローザも知っているから。時間を止めていたと聞いても驚いたりしないわ」
シンシアは茶目っ気たっぷりに、ふふふっと手を口に当てて笑った。
「そういえばお母さん、魔導師の称号を持っていましたね……」と、ステラの口から感嘆の息がもれる。
ダンジョン八十階層を突破するレベルは、ステラもこの学園に入ったからこそ、そのすごさが分かる。
魔導師の称号を得られるのは、毎年卒業する学生の中でも、多くて一人がいいところ。つまり、エリート魔法使いが集まるこの学園においても、さらにトップクラスということだ。
(『わりとすごい』なんてものじゃないって)
「……あ、仕事中に邪魔してごめんなさいね。今日はひと目、あなたを見たかっただけなの。改めてゆっくり話をさせてもらえるとうれしいんだけれど……」
おずおずと聞いてくるシンシアに、ステラは笑顔で返した。
「もちろんです。ぜひ近いうちに」
シンシアも目を潤ませて、鮮やかな笑顔でうなずいた。その足元には再び白い魔法陣が浮かび上がっていた。
「――あ、そうそう。クレイグ先生のところにもごあいさつに行かないとね。娘を頼みますってお願いしなければ」
輝く光の中、シンシアは思い出したように言ってその姿を消した。
「そ、そんな……わたしたち、お付き合いを始めたばかりで。お嫁に出すようなあいさつは、まだ早いんじゃ――!?」
シンシアの言う『あいさつ』は、仕事の上司へのものだったのかもしれないが、ステラの頭は勝手に暴走してしまう。
(この関係なら、先生と結婚とか考えちゃってもいいの……!?)
ステラはそんなことを夢見ながら、ふわふわした足取りで学園長室に戻っていった。
「ただいま戻りましたー」
扉を開けた途端にむわっと漂うオズワルドの加齢臭――もとい魔族臭。
ステラは反射的に防御結界を張った。
「おかえり」と、真っ先に反応してくれるのは、奥のデスクに座っているクレイグだ。
何度見てもその気品のある麗しさにほれぼれしてしまう。
(あぁ、先生は人間になっても素敵です……!!)
「ちょうど昼休みだから、食事に行こうか?」
クレイグに誘われて、ステラは顔をほころばせてうなずいた。
「はい、ぜひご一緒させていただきます!」
クレイグの差し出してくる大きくて温かい手を握って、一階の中庭にあるカフェテリアまでの短いお散歩。
一日一回やってくる大好きな彼と過ごせる至福の時間――プチデートの始まりだった。
〈了〉
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ポンコツから最強魔法使いになったステラの今後の活躍は……!?
いろいろ諸々一応ハッピーエンドということで、
ここで物語はいったん完結とさせていただきます。
楽しんでいただけたら、作者としてこの上ない喜びです。
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また別の物語でお会いできることを祈って……
改めてありがとうございました<(_ _)>




