第8話:百戦錬磨のパパ活ギャル
初めての思念ダンジョンを踏破した日の俺は、帰宅するとすぐに寝入ってしまった。
思念ダンジョンに漂う空気が、心身に想定外の負荷をかけていたようだ。
翌日、目を覚ました俺は、すぐに成長した自分のステータスを確認した。
名前:佐伯 豊
レベル:9
HP:98 / 98
MP:388 / 388
力:7
防御:28
魔力:58
魔法防御:34
素早さ:22
ユニークスキル≪ロイヤリティ契約≫
成長補正・追加効果
ロイヤリティ契約(物)
最大同時契約数:5
※現契約数:1
還元率:2%
状態:普通
所持金:0ゼビー
次のレベルまでに必要な経験値:109
レベル5から9まで上がったが、スキルに変化はない。
当初の目標だった契約解除もまだ取得できていない。
とはいえ、あとちょっとでレベルが上がる。
スロウスタートルの駆除でもすればすぐだろう。
「今日はコアを換金するのか?」
「もう換金したよ」
「はやっ!」
……寝ている間に売却を済ませていたのか。
「150万ゼビーも確保できたし、今日はゆっくりしようかな」
「ひゃ、150万ゼビーってまじか……」
そんなに高値で取引されるものだったのか。
周囲に思念ダンジョンの存在を悟られないよう警戒していたのも納得だ。
「うん。あれってマジックオーブの素材になるからね」
「そうなのか」
マジックオーブが何かはよく分からないが、すごい価値があるものなのだろう。
「俺はあと少しでレベルが上がるから、スロウスタートルを軽く駆除してくる」
「いってらっしゃーい!」
「すぐ帰ると思う」
俺はスロウスタートルのいる街の南へと向かった。
すると、そこには意外な先客がいた。
俺と同日に追放された湊 愛華だ。
「あー、もうこいつら全然倒せないじゃん! すぐ潜るから、鞭も当たらないし!」
ここでスロウスタートルの駆除をしているということは、彼女もここが良い狩場と誰かに教えてもらったのだろう。
「武器の相性が悪いと、結構大変みたいだな」
「あ、佐伯じゃん。あんたもこの亀どもでレベルを上げに来たん?」
「ああ、そろそろレベル10になるから調整がてらにな」
「はぁ!? あんたもうそんなに手慣れてんの?」
この様子だと、湊はまだレベル1なんだろうな。
「言うほどじゃない」
俺は湊の隣に立って、スロウスタートルを10匹ほど駆除した。
スクールカースト上位にいるこいつの前でマウントを取るのは気持ちいい。
「嫌味かよ!」
「はははっ」
実際に嫌味のようなものだ。
特に否定する理由もない。
「つーか、佐伯って全然力がなかったよね?」
「それがどうしたんだ?」
「あんたがサクサク狩れるのって、どうせその槍のおかげでしょ?」
……それは間違いない。
「ちょっとその槍、貸してくんない?」
「いや、これは借り物だから……」
この槍はエスネアの所有物だ。
勝手に貸すわけにはいかない。
万が一借りパクでもされたら、エスネアに合わせる顔がないからな。
「ケチ!」
「所有者の許可なしに貸すのはまずいだろ!」
「じゃあ許可を貰ってきてほしいなー」
湊はチャンスが巡って来た瞬間、俺に甘い声を上げやがった。
打算で色目を使っているのは明らかだ。
「許可が欲しけりゃ、一緒に来いよ」
「いくいくー!」
俺はエスネアの家まで向かう途中、彼女と知り合った経緯を説明した。
「へぇ、そのスキルの価値をどうやってアピールしたん?」
「別に伝えてはいない」
「は? じゃあどうやって、将来性を伝えたんだよ」
俺のユニークスキルがエスネアと関わるきっかけを作った。
自分のスキルを伝えることは一切していない。
この二つは普通に考えたら、矛盾している。
湊がおかしいと感じるのは当然だ。
「会話をする前から≪鑑定≫で見抜かれてたんだよ。転移者であることも含めてな」
「こわっ、プライバシー筒抜けじゃん」
実際初めは怖かったよ。
さすがにもう慣れたけどな。
そんな話をしているうちに、俺たちはエスネアの家まで辿り着いた。
「おっじゃましまーす!」
玄関で挨拶をした湊は、相手の反応も待たずに家の中へと駆け上がった。
「え、えええーーーっ!」
湊と顔を合わせたエスネアは、驚きの声を上げた。
「さ、佐伯くんって彼女がいたの……?」
「いや、違うから!」
「顔面偏差値の差が20もある相手と付き合えるわけないだろ」
そもそも付き合っているなら、エスネアの家に連れてくるはずがない。
「20じゃなくて30でしょ?」
湊は笑いながら訂正を加えるな!
「≪メイクアップ≫のスキルがあるなら、当然貴族に色目を使ったんでしょ? でも男尊女卑のメンツ主義の貴族とか嫌だったよね? だから今は同じ転移者の佐伯くんを狙ってるってことはない?」
「この子、何なの?」
物凄い勢いで言葉を発するエスネアに湊はドン引きしていた。
さすがにこれは無理もない。
「佐伯ってこの子とデキてんの?」
「エスネアさんとだって、顔面偏差値の差が20はあるだろ!」
まず俺はエスネアの世話になっている身だ。
当然自立できていない。
自分のユニークスキルも未だ使いこなせていない。
性格は陰キャのひねくれ者だ。
お手本のような弱者男性である俺が、何を理由に求愛されると思っているんだよ。
そもそも湊なら、俺がモテないのは知ってるだろ!
「はーい!」
エスネアは俺の腕に抱きつき、湊を牽制するように視線を向けた。
まるで自分が俺の恋人であると主張するように……
「エスネアさん?」
俺がエスネアに好かれる理由なんてあったか?
「はーい。私は毎晩佐伯くんにたーっぷり愛して貰ってます」
毎日セックスしているみたいな言い回しするなよ!
一度もしていないだろ!
「あっはは、やっぱそういうことだよね」
湊はエスネアが俺を好く理由に心当たりがあるのか?
「で、佐伯は自分が好かれるわけないって思ってるんだよね?」
「そりゃそうだ」
「佐伯はこの世界のパワーバランス知らないもんね」
「何の関連性があるんだよ!」
何が言いたいのかさっぱり分からない。
「この世界の倫理観がゴミなのはもう分かってるっしょ?」
「ああ、王宮の連中がアレだからな」
「あんなのが跋扈する社会だと、女の立場が弱くなるのも想像できる?」
「なんとなくは」
「だから、日本の倫理観が抜けきっていない転移者の男って割とモテるんだよ」
「マジで……?」
というか、湊は転移してからこの数日で、そこまで男女のヒエラルキーを学んだのかよ。
それだけすぐ学べるのに、何で定期試験はいつもワースト5に入っていたんだ?
「で、あんたは常識を知らない佐伯に、恩を売っておいたんでしょ?」
「う、うん……」
ユニークスキルに価値を見出して、先行投資するってのは真っ赤な嘘か。
「俺に近づいてきた時、先行投資と言っていたのはなんか理由があるのか?」
「転移者だってみんな優しいわけじゃないもん」
「地雷が相手なら縁を切りやすいようにと、先行投資の建前を口にしたのか」
「うん。ごめんね」
「本音が聞けて良かったよ」
リスク管理ができているって証だ。
否定的なことを言う理由がない。
「ところで男女関係のヒエラルキーがそんな有様なら、パパ活で生計を立てることは無理だったか?」
「無理じゃないけど、不快過ぎたからやめた」
どうせ娼婦扱いでもされたんだろな。
「それで今はやっぱり佐伯くんを狙ってるの?」
「そういうことにしちゃおっかな~?」
湊は俺の背中に胸を押し付け、エスネアの顔を覗き込んだ。
からかいたいがために、俺を巻き込むのはやめてくれ。
「ね、ねぇ佐伯くんは私を選んでくれるよね? ねっ?」
エスネアは必死にアピールする。
「あ、ああ……」
非モテの俺がこんな風に言い寄られて、断れるわけがないだろ!
「佐伯は一人に限定しなくていいなら、アタシともヤリたいって思ってるでしょ?」
それは否定しないけど、お前はエスネアをからかいたいだけだろ?
ここは返事をしないのが得策だ。
「ほら、否定しないじゃん!」
沈黙を肯定扱いにするな!
ここはレスバの世界じゃないんだぞ!
「むぅ!」
俺を誘惑する湊に対して、エスネアは頬を膨れさせた。
「エスネアさん、ちょっといいか?」
「えっ?」
「あいつは単にからかってるだけだから、あまり熱くならないでくれ」
仲良く俺に好意をぶつけてくれるなら最高だったが、今の状況は嬉しさよりも怖さが勝る。
だから俺はこれ以上からかわれないよう、エスネアに釘を刺した。
「う、うん。分かった」
どうやら理解してくれたようだ。
「湊さんも仲良くしておいたほうが利点あるだろ」
「それもそうだね」
湊も納得してくれたようだ。
「一つ真面目なこと言っていい?」
「な、何?」
「そんだけ必死に佐伯を求めるなら、まずは他人行儀な呼び方をやめさせたら?」
急に真面目なアドバイスを始めたな。
「それはそのうち距離感を縮めてくれるでしょ?」
「こいつはあんたが自分から許可しなきゃ、ずっとこうだから!」
……はい。
否定できません。
「あとそれからさ──」
湊は俺を差し置いて、エスネアと雑談を続けた。
それなのに当初の目的だった槍の貸し出しを未だに切り出さない。
いつになったら、本題に入るつもりだ?
「じゃあっ、これからよろしくね」
数時間に及ぶ雑談の末、湊はエスネアの家に滞在する許可を得た。
寝床を得るつもりで、ずっと雑談を続けていたのか。
やはり百戦錬磨のパパ活ギャル恐るべし……




