第7話:思念ダンジョンの主
「何もできねぇ癖に、わがまま言ってるんじゃねぇよ」
「何で自分の主張が通ると思ってるんだ?」
教室に入ると、日之影を責めるような声が聞こえてきた。
一年生の時に体験した記憶だろうか?
「どうせ何をやっても否定する癖に、何で役割を与えようとするんだよ」
日之影の独り言が聞こえた。
否定されたくない。
だから何もやらされたくない。
これが日之影の主張なのだろう。
「いいからやれよ」
「返事はどうした?」
「……はい」
空間に響き渡る幻影の声は、何らかの役割を日之影に押し付けていた。
日之影は何も言い返せず、受け入れるしかなかった。
彼はこういった経験を繰り返した結果、何も押し付けられないと望んだのだろう。
その願いが≪論破≫のスキルを発現させたのは、想像に難くない。
日之影は求められたことをできるようになりたいとは願わなかった。
それがこの世界でさえ、上手く立ち回るチャンスを逃してしまった原因だ。
「変に感情移入すると、取り込まれるから注意してね」
「それは問題ない」
「まっ、佐伯くんなら大丈夫だよね。スロウスタートルの駆除もためらわなかったんだし」
評価してくれるのは分かる。
でも、遠回しにサイコパス扱いされてないか?
「佐伯くんは、知り合いが相手でもトドメを刺せそう?」
「ああ、相手が日之影だしな」
ダンジョン化した時点で死んでいるんだ。
何も気にする必要はない。
ましてや相手は、あの救いようがない男だ。
尚更、ためらう理由がない。
「日之影、また何もせず帰るつもりか?」
「お前は社会人になったらどうするつもりだ?」
幻影の声はまた日之影を責め立て始めた。
「さっきから聞こえてくる声は、ダンジョン攻略のために記憶しておいたほうがいいのか?」
「しなくていいよ」
「なら、さっさと出てきてくれないかな」
「早く誘き出す方法ならあるよ」
「どうやるんだ?」
俺がエスネアに聞いたその時だった。
歪な魔力を纏った日之影が、教室の一番後ろの席に姿を現した。
外見も今まで見たことのある日之影とは異なる。
全身紫色に染まっており、まさに思念が実体化したような姿だった。
「無神経なクズが死ねよー!」
日之影は俺を罵倒する。
実体化させるには、怒らせるのが最適だったようだ。
「なんだよお前! 俺と同じ陰キャの癖に、何で何も感じねぇんだよ!」
「お前と一緒にするな」
俺は確かに陰キャだよ。
ただ、お前とはその程度が違うんだ。
「死ね、死ね、死ねぇ!」
日之影は腕の先端を鎌のように変形させ、俺の身体を引き裂こうとしてきた。
俺は必死に槍で攻撃を防ぐが、日之影の一撃のほうが重い。
このままではジリ貧だ。
「くっ……」
日之影の攻撃が俺の右手を掠める。
「ねぇ、キミは私が見えてないの?」
俺だけを狙う日之影は、エスネアのことをまるで見ていなかった。
彼女の視点なら、隙だらけだったのは間違いない。
「ぐあぁっ、がぁ、がぁがぁぁぁぁ!」
エスネアは自らの槍で日之影の片腕を切り落とした。
さらに両肩を突き刺し、いとも簡単に動きを封じた。
さすがの実力だ。
「ほら、佐伯くん。この経験値はもらっちゃって」
エスネアは日之影をただの経験値としか認識していない。
手慣れている証拠だ。
「ああ、ありがたく貰っておくよ!」
「ま、待てよ!」
日之影は命乞いをする態度を取ったが、俺は意に介さない。
どうせ要求に従っても、同じことを繰り返すやつだからだ。
何より日之影はすでに死んでいる。
ダンジョンマスターというカテゴリの魔物だ。
そんな魔物に温情を与えても、何の意味もない。
「あがっ……」
俺は日之影の目を狙って槍を突き刺す。
「外したか。なら次は心臓だ!」
「や、やめ……」
「はぁっ!」
「あああああぁぁぁ!」
二度目の攻撃を入れると、日之影は幻獣と同じようにその身体が分解されていった。
「ダンジョン化した人間は、変異体じゃないんだな」
「思念体だからね」
「つまりダンジョンは変異体で、ダンジョンマスターは幻獣ってことか?」
「ダンジョンはダンジョンだよ」
「そうなのか」
どうやら思念ダンジョンは、魔物のカテゴリから外されているらしい。
「ところでコアはどこにあるんだ?」
「ダンジョンマスターが守っているはずだから、この近くにあるはずだよ」
「探すか」
俺は日之影が現れた席を調べた。
机の奥に入っていた赤い宝珠、これがコアなのだろう。
「エスネアさん、これで合ってるか?」
「うん、それがコアだよ」
「なら、早く脱出しよう」
このまま崩壊すれば、俺たちもダンジョンと共に消失しかねない。
急いで脱出すべきだ。
「何を慌ててるの?」
「ダンジョンが崩壊するなら、急がないと危ないだろ!」
「どこが?」
「えっ、具体的にどうやって崩壊するんだ?」
「ダンジョンが消えて、元の世界に戻されるだけだよ」
「なるほど」
要はこのまま待っていれば、元の位置に戻れるようだ。
俺は安心して、このままダンジョン崩壊を待つことにした。




