第6話:思念ダンジョンと幻獣
自分が所有者である。
もしくは所有者の許可を得た。
これが道具と≪ロイヤリティ契約≫を結ぶ条件として導き出された仮説だ。
そして、この仮説は検証の末、ほぼ間違いないという結論に至った。
問題はどうやって利益を得るかだ。
経験値であれば、魔物と戦う者に。
お金であれば、大金を稼ぐ人間に。
そうしたスペシャリストに、自分の道具を選んでもらう。
この目標が達成できたならば、それはもう職人として大成した後だ。
≪ロイヤリティ契約≫を活かしたいだけで、据える目標ではない。
許可を得ることも難しい。
相手の所有物なのに、俺に対価として支払えと要求するのだ。
こんな要求を呑むのは、先行投資と称して近づいてきたエスネアだけだろう。
俺の≪ロイヤリティ契約≫は間違いなく優秀なスキルだ。
しかし、有効活用するにはハードルが高すぎた。
「せめて契約解除ができたらいいんだけどね」
「契約解除できればなんとかなるのか?」
「うん。だって経験値なら、お金で買えばいいじゃん」
「どういうことだ?」
「ゼビーを払えば、経験値を吸わせてくれる冒険者はいっぱいいると思うよ」
Sランク冒険者の武器に≪ロイヤリティ契約≫を結ぶ。
その武器でたくさん魔物を倒してもらう。
対価として俺たちはゼビーを支払う。
これがエスネアの提示したスキルの活用方法だった。
「……対価で支払うゼビーはどこから出てくるんだ?」
「そこは先行投資してあげるからさ」
……また、頼りきりになってしまうのか。
「とりあえずは契約解除を覚えるため、レベルを上げろってことだな?」
「うん。後は何か覚えられそうな体験だね」
スキルの取得には、レベルを上げるだけじゃダメなのか。
ややこしいな。
「ならば、またスロウスタートルの駆除に向かおう」
スロウスタートルの経験値は1匹あたり15しか得られない。
それでもまだ俺のレベルなら、悪くない狩場だろう。
「途中まで一緒にいこうか」
「途中まで?」
「うん。だってスロウスタートルなら、佐伯くん一人で十分じゃん」
「それはそうだが、変異種にはどう対応すればいい?」
「同じように倒せばいいよ」
「えっ……」
「スロウデスタートルも陸には上がってこないもん」
……変異しても根本は同じか。
あいつらの防衛本能はどうなっているんだ?
生物としての欠陥があるとしか思えない。
「はははっ、なら安心だな」
「じゃあ、行こう」
「ああ」
俺たちはそれぞれの目的地へ向かう。
「あっ!」
その途中、エスネアは何かに気づいたようだ。
「どうした?」
「思念ダンジョンを見つけたよ」
エスネアは俺にこっそり耳打ちした。
「思念ダンジョン?」
「恨みつらみが実体化したダンジョンだよ」
「……それってめちゃくちゃ危険じゃないか?」
当然魔物はいるし、人を襲うこともあるだろう。
魔物が外へ溢れ出す危険性もある。
それなのにどうしてエスネアは嬉しそうなのか?
「大丈夫だよ。ダンジョンマスター以外は、佐伯くんでも対処できそうだもん」
「もう≪鑑定≫済みかよ!」
「うん。場所はあの建物だよ」
エスネアは再び耳打ちする。
「……何で普通に話さないんだ?」
「決まってるじゃん。先を越されないためだよ!」
「いや、先を越されるってなんだよ!」
「まずは中に入ろっ!」
エスネアは俺の手を引っ張り、近くの一軒家に駆けこんだ。
とりあえず今日の予定は、変更となったようだ。
「はっ?」
引っ張られながら入ったダンジョンには、俺のよく知る光景が広がっていた。
高校近くの最寄り駅だ。
まさか地球に転移したのだろうか?
「どうしたの?」
エスネアは不思議そうに訊ねた。
「俺はここを知っている」
「えっ?」
「どうせなら、俺の通っていた高校まで案内しよう」
今度は俺がエスネアを引っ張るように先頭を歩いた。
信号のある横断歩道、そこで俺は信号が青になるのを待っていた。
車は一台も通っていない。
人も全く歩いていない。
いるのは電線に止まっているカラスだけだ。
そのカラスたちは、なぜか全員で俺に視線を注いでいた。
あまりに不気味な光景だ。
「佐伯くん、注意して!」
注意を促すエスネアの声を聞いて、俺は気づいた。
ここは俺の知っている地球ではない。
「ああ、分かった」
エスネアに返事をすると、電線に止まっていたカラスたちが次々と俺のほうへ向かってきた。
こいつら、魔物に違いない!
俺は槍を握って、カラスたちに応戦した。
カラスたちはクチバシで突いてくるが、不思議と痛みは感じなかった。
これが低レベルの魔物と戦う感覚か。
俺が襲い掛かって来たカラスたちを殲滅すると、その肉体は煙が上がるように分解されていった。
ゲームで魔物を倒したときのような演出だ。
「同じ魔物でもスロウデスタートルとは、根底から違う存在みたいだな」
変異体のスロウデスタートルは、死んでもその場に肉体が残り続けた。
正直、同じ魔物とは思えない。
「思念ダンジョンの魔物は幻獣だからね」
「幻獣?」
「魔物って三種類いてさ──」
エスネアは魔物の分類について説明してくれた。
元々は普通の動植物だった存在が、魔素によって変異した変異体。
思念ダンジョンによって生み出された幻獣。
人工的に作られた物体や魔力で生み出された無機生命体。
この三種類に分類されるらしい。
幻獣は死亡するとそのまま消えるため、皮や爪を剥ぐことはできない。
一方で全く違うアイテムを落とすこともあるらしい。
その特徴はゲームに出てくる魔物そのものだ。
元々が普通の動植物だった変異体と違って、血が飛び散ることや、臓器が破裂することもない。
純粋な生命ですらない。
まるで好き放題殺していいと、認められたかのような存在だった。
「ところでさ、佐伯くんはここを知ってるんだよね?」
「この光景はな」
「じゃあ、ダンジョンマスターが誰か分かる?」
「恐らくは日之影だ」
昨日出会った片浜の話では、追放されなかったクラスメイトは全員生きていた。
もちろんダンジョン化の話もなかった。
この時点でダンジョン化したのは、湊か日之影の二択に絞られる。
湊なら思念でパパ活現場、もしくはコスメやファッションを映すだろう。
消去法で考えたら、ダンジョンマスターは日之影以外にあり得ない。
「その人のスキルや性格って分かるかな?」
「ああ……」
俺は日之影の人柄をエスネアに説明した。
≪鑑定≫で見てきた人々の傾向をもとに、日之影のイメージを固めておくらしい。
「それじゃ高校ってところまで案内をお願いね」
エスネアは日之影が高校にいると睨んだのだろう。
その判断は恐らく間違っていない。
この付近で彼が恨みつらみを募らせる場所は高校しかないからだ。
「分かった」
思念ダンジョンの高校へ向かう途中、俺はエスネアが言っていた「先を越される」の意図を確認した。
どうやら思念ダンジョンの最奥にあるコアが競争の原因らしい。
高値で取引されるからだ。
コアはダンジョンの核であり、機能を停止させると崩壊が始まる。
だから当然、コアを手に入れられるのは一人だけだ。
「なんか気持ち悪い魔物ばっかりだね」
「同感だ」
蜘蛛やミミズ。
この思念ダンジョンには、気持ち悪い、不吉といった悪印象を与える幻獣ばかりだった。
日之影の内面が影響しているのだろう。
俺は出来る限り、自分の手で幻獣を始末していた。
自分の経験値にするためだ。
「ここが俺たちの通っていた高校だ」
とはいえ、この一帯は明らかに現実のものとは違う。
まるで魔界を彷彿とさせる紫色の空が、辺りを覆っていたからだ。
「ビンゴだね」
エスネアは≪鑑定≫で、内部の状況を把握したのだろう。
ここから先は彼女に案内してもらったほうがいい。
「日之影がどこにいるか分かるか?」
「入り口のすぐ近くにいるよ」
エスネアが指を差した方角は一年次の教室だ。
日之影の思念体──ダンジョンマスターはそこにいるのだろう。
俺たちは昇降口前に立ちはだかる幻獣を打ち倒しながら、日之影の思念が籠った教室へと進んだ。




