第4話:1の経験値を巡る計算
エスネアの自宅で食事を済ませた俺は、彼女の方針で魔物退治へ向かうことになった。
「魔物退治の際はこれを使ってね」
「分かった」
エスネアに渡された武器は、それなりに殺傷力がありそうな槍だった。
この槍で突けば一方的にターゲットを倒せるため、防具は必要ないらしい。
俺はエスネアと共に街の外へと向かう──と思っていた。
「今日もいっぱいいるね」
しかし、エスネアが足を止めたのは、街の南にある橋の近くだった。
「何がだ?」
「スロウスタートル」
「えっ?」
エスネアは橋の下を流れる川に視線を向けていた。
その視線の先にはたくさんの亀がいた。
襲ってくる様子はない。
「本当に魔物か?」
俺はエスネアに確認した。
「実質魔物みたいなもんだよ」
「実質?」
「放っておくと異常繁殖するから、駆除が推奨されてるってこと」
やっぱり、ただの亀じゃねーか!
だが、ためらう理由はない。
生活環境を害する生物なら、駆除することこそ正義だ。
しっかり経験値になってもらおう。
俺は橋の上に立ち、スロウスタートルを次々と突き刺した。
スロウスタートルたちは川の中で暴れるが、橋の上に上がってくることはない。
それどころか陸に上がることもない。
これでレベルが上がるなら、もはやゲームよりも簡単だ。
「おー、すごいじゃん」
近くで見ていたエスネアは俺に拍手を送った。
「さすがにこれなら、誰でもできるだろ」
この槍は力が4しかない俺でもそれなりに扱える。
それにスロウスタートルは暴れても、土の中に潜ることがない。
もはや経験値になるべく、生まれてきたかのような存在だ。
「普通は初めての魔物退治って、もっとためらうよ」
「まあ、そうかもな」
嫌悪感、罪悪感、倫理観。
普通はそういった感情が邪魔して、レベルアップを遠ざけてしまうらしい。
一緒に転移したクラスメイトも、何人かはこの過程で躓くだろう。
「もうレベル5まで上がったみたいだね」
エスネアは当たり前のように俺のステータスを覗き見たようだ。
彼女にはプライバシーという感覚がまるでない。
「そうなのか」
俺自身はどの程度強くなったかは分からなかった。
なんとなく強くなった感覚があるだけだ。
よくあるラノベのように、自分でステータスを開ければいいのだがな……
「もしかしてステータスをセルフチェックしたことがない?」
「それができるのは≪鑑定≫所有者の特権だろ?」
「自分のステータスなら確認できるよ」
「マジか……」
俺はアニメ化された作品で見た光景に倣い、タッチパネルを操作するように何もない空間で指を動かした。
しかし、ステータス画面が表示されることはない。
「目を瞑って、成長状態を想像してみて」
「……」
何でラノベでよく見たことがそのままできる世界なのに、対応が微妙に違うんだよ!
この世界の神様って、絶対独自規格でプログラマーを困らせるタイプだろ?
俺は独自規格に苛立ちを覚えつつも、エスネアのアドバイスに従った。
すると、確かに成長した俺のステータスが表示された。
名前:佐伯 豊
レベル:5
HP:75 / 75
MP:303 / 303
力:6
防御:22
魔力:47
魔法防御:28
素早さ:19
ユニークスキル≪ロイヤリティ契約≫
成長補正・追加効果
ロイヤリティ契約(物体)
最大同時契約数:5
還元率:2%
状態:普通
所持金:0ゼビー
次のレベルまでに必要な経験値:274
4レベルも上がったのに、力は2しか増えないのか。
いや、まだそれはいい。
ありえないのは≪ロイヤリティ契約≫に追加された効果だ。
契約対象、最大同時契約数、還元率。
今まではこれらが表示されてなかったはずだ。
それは事実上スキルが使えなかったことになる。
しかも使えるように見えただけ、余計にタチが悪い。
ステータスの開き方といい、どうしてこうも紛らわしいのか……
もう少しユーザビリティを考えてくれ!
「スキルが追加されたみたいだけど、この槍で検証してもいいか?」
この槍はエスネアの所持品だが、彼女は俺に先行投資すると言ったはずだ。
スキルの検証に協力することも、投資の一環と見なしてくれないだろうか?
「うーん……」
エスネアは困った表情で俺を見る。
さすがに許可してくれないか。
「やるなら、こっちの槍にして!」
「えっ?」
エスネアは自分の運用していた槍を俺に手渡した。
俺が使っていたものより明らかに重い。
「ああ、分かった」
俺は早速エスネアの槍に≪ロイヤリティ契約≫を試みた。
手のひらから何か抜けていく感覚はあったが、実際に契約できたかは分からない。
光ることがなければ、槍に何かが刻まれたわけでもない。
そもそも五感で分かる情報が一切ない。
「エスネアさん、≪鑑定≫で付与できたか確認できる?」
「うん、きちんと付与できてるよ。ほらっ!」
エスネアは光の球体を生み出すと、鑑定結果を俺に共有した。
名前:クレセントスピア
分類:武器
属性:斬20% 突100%
殺傷力:109
使用制限レベル:35
所有者:エスネア・ティルミット
耐久度:75
特攻対象:なし
改造効果:なし
付与効果:≪ロイヤリティ契約(2%)≫
備考:なし
あれで本当に契約できたのか。
あまりにも過程が地味過ぎる。
とはいえ、第三者に付与過程が伝わらないのはメリットしかない。
これなら他人の目を気にせず、≪ロイヤリティ契約≫できるはずだ。
※ただし、≪鑑定≫を持つエスネアは除く。
「早速使わせてもらうね」
「ああ、是非とも使ってほしい」
エスネアは≪ロイヤリティ契約≫されたクレセントスピアを手に取り、次々とスロウスタートルを始末した。
さすがに手慣れている。
「う~ん、経験値は入ってないね」
エスネアは俺のステータスを覗いて確認した。
どうやら経験値が還元されていないらしい。
「スロウスタートルの経験値って50未満じゃないのか?」
≪ロイヤリティ契約≫の還元率は現状2%だ。
経験値が50未満だったら、0になる可能性が高い。
「うん。それがどうかしたの?」
「経験値が1未満なら、切り捨てられると思ったんだよ」
「スロウスタートルの経験値は一匹あたり15だよ」
「スロウスタートルの経験値じゃなくて、還元される経験値の話な」
「う~ん……」
エスネアは頭を抱える。
「もしかして、計算できてない?」
「うん。15の2%って幾つ?」
「0.3だ」
「計算はっや!」
……エスネアは計算が苦手なんだな。
50の2%が1なんだから、そもそも50未満なら計算する必要がない。
愚直に15の2%を計算しようとするのが、もうできない人間の典型的な思考方法だ。
「あっ、ちょうどいいのがいるじゃん!」
エスネアの指差した方向にいたのは、同じ亀だがスロウスタートルとは明らかに違った。
皮膚は赤みがかっており、大きな角が生えている。
さらにサイズもスロウスタートルより一回り大きい。
「スロウスタートルの上位個体か?」
「いや、あれは変異体だよ」
「どう違うんだ?」
「魔物に定義されるよ」
そう答えた瞬間、エスネアは迷わず手に持っていた槍を投げつけた。
彼女の槍は甲羅を貫き、変異体は一瞬で絶命した。
本当の魔物といえど、エスネアの敵ではなかった。
「おっ、経験値が1獲得できたじゃん」
「みたいだな」
還元率が切り捨て仕様なのは間違いないようだ。
「ところでエスネアさんが獲得した経験値は減ってない?」
「え、どういうこと?」
「俺が獲得した1の経験値は、本来エスネアさんに入るものだったはずだ。だから、その確認をしたい」
「……」
「どうした?」
「普通のスロウスタートルもいっぱい倒しちゃったし、もう確認できないよ」
「それなら一旦、エスネアさんのステータスを見せてくれ」
「いいよ」
名前:エスネア・ティルミット
レベル:38
HP:460 /460
MP:725 / 725
力:110
防御:63
魔力:128
魔法防御:51
素早さ:84
スキル≪鑑定≫
成長補正・追加効果
・鑑定(全対象)
・データ共有
・オート鑑定(簡易)
特殊技能:錬金術
技能レベル:8
解放レシピ:金属加工(初級) 糸の加工(初級) 皮の加工(初級) 薬品の加工(初級)
状態:普通
所持金:約200万ゼビー
その他:なし
次のレベルまでに必要な経験値:320,336
「変異体の経験値は幾つだ?」
「スロウデスタートルは60だね」
あの変異体はそんな名前だったのか。
「ならば、やはり俺が経験値を1吸ったみたいだな」
「私が倒したスロウスタートルの数を見て、一瞬で計算したの?」
「いや、1の位の数値だけ見て判断した」
以前エスネアのステータスを見たときは、次のレベルまでに必要な経験値が320,950だったはずだ。
スロウスタートルは経験値15。
スロウデスタートルの経験値が60。
ならば、1の位の数字は0か5でなければおかしい。
それなのにエスネアが次のレベルまでに必要な経験値は320,336だ。
これは本来獲得できていた経験値を俺が1吸っていた以外に考えられない。
「へっ?」
エスネアは首を傾げる。
どうやら説明不足だったようだ。
「あの2匹の経験値だとな──」
俺はエスネアにどうやって判断したのかを説明した。
「佐伯くん、頭の回転が早すぎるって!」
「たまにそう言われない」
褒められることに慣れていない俺は、思わずふざけた回答をしてしまった。
誇らしげにすることではない。
かと言って、下手に謙遜すればエスネアをバカにしたことになる。
その結果、出てきた言葉がこれだ。
俺はもうちょっと会話で頭が回るようになりたい……




