第29話:村を蝕む毒牙
ミスラを訪れた数日後。
俺はロイゼンの街外れで、ミスラへ仕入れに向かった九葉が帰ってくるのを待っていた。
「さ、佐伯。すまん」
九葉は俺の前に現れると、なぜかいきなり謝罪を始めた。
こいつ、また何かやらかしたのか?
「化け物に殺されるのが怖かったんだよ」
あの辺りの魔物なら、九葉一人でも対処できるだろ。
それに魔物が怖かったから、何だというのだ?
まずは結論から話せ。
「それで少しでも身軽になろうと……」
「要は魔物から逃げ出すため、俺の金で買った鉱石をその場に捨ててきたのか」
「す、すまん」
図星か。
まあ、俺から逃げなかっただけ良しとしよう。
「葉っぱはこれで人生三度目の大失態じゃん」
湊の知らない範囲では、もっと失態を重ねていそうだけどな。
「で、どんな魔物に襲われたんだ?」
「めっちゃでっかい黒い蛇だよ」
「まさかロックイーターか!?」
全長2メートルはあるだろう黒い巨大な蛇──ロックイーターには、俺たちもミスラから帰る途中で遭遇していた。
エスネアによれば、ロックイーターは本来なら砂漠地帯にいる生物だ。
だから俺が返り討ちにした時点で、もういないと思っていた。
「さ、佐伯も見たのか!?」
「まあな。返り討ちにしてやったけど」
ロックイーターのレベルは60。
九葉はもちろんのこと、エスネアでも一人で倒せる相手ではない。
ロックイーターはその名の通り、鉱物を捕食するのが大好きな蛇だ。
つまり九葉が鉱石を置いて逃げたのは正しい判断だったわけだ。
「う、嘘だろ? 貧弱ステータスだったお前が、あの化け物を倒したのかよ」
やはりマウントを取るのは気持ちいいな。
「とりあえずロックイーターが相手なら、仕入れ代の件は不問にしておくよ」
あのまま鉱石を持ち帰ろうとしたら、九葉は死んでいただろうしな。
使い勝手のいい人間と、仕入れ代の約15万ゼビー。
天秤にかけるなら、前者を取るに決まっている。
「ま、まじか。助かるぜ」
「報酬はなしだけどな」
「そりゃそうだよな」
「それとしばらく俺からは仕事を与えられそうにない。またFランク冒険者の仕事に戻ってくれ」
「あ、ああ……」
報告を終えた九葉は、落ち込んだ様子で俺たちの元から去っていった。
また低賃金重労働のFランク冒険者生活に逆戻りするんだ。
嫌になるのは仕方ない。
「一度家に帰って話をしたい」
「ロックイーターのことだよね?」
エスネアも気になっているようだな。
「ああ、偶然とは思えないからな」
「もしかして、佐伯くんはあの行商人の関与を疑ってるの?」
「そういうことだ。だから安全な場所で話したいんだ」
「分かった。じゃあ一度帰ろう」
三人で帰宅。
その後、すぐさまリビングで話の続きを再開した。
「ハイランドだっけ? どうして佐伯くんはあの人がロックイーターをけしかけたと思ったの?」
「一匹じゃなかったからだよ」
九葉がロックイーターに襲われたのは、俺が倒した後だ。
つまりあのあたりには少なくとも二匹以上のロックイーターが潜んでいたことになる。
「二匹以上いると何か違うの?」
「複数いたことで、偶然紛れ込んだはぐれ者の線が極めて薄くなるんだ」
複数の個体が確認された以上、群れで移動してきた、もしくは飼い主がいると考えるのが妥当だ。
その上で俺が後者と判断したのは、ミスラが狙われていないことにある。
「それに鉱石を捕食するロックイーターなら、ミスラの採掘現場を襲わないのは不自然じゃないか?」
「だから誰かの指示で動いてたってこと?」
「そういうことだ」
採掘現場を襲えば鉱夫たちはいなくなり、ロックイーターも食べやすい鉱石を確保しづらくなる。
しかし、あの蛇にそこまで考える知能があるとは思えない。
「湊さんも何かあるか?」
「うん。佐伯の言いたいことは分かったけどさ、それだけじゃハイランドの仕業って決めつけるのは無理でしょ?」
「それは否定しない。ただ、最悪の可能性は考えておいたほうがいい」
俺はハイランドを警戒するよう伝えたいだけだ。
推理を重ねて捕まえたいわけではない。
ちなみにハイランドを疑う理由は他にもある。
ミスラへと続く道は交通の便が悪いし、魔物もそれなりに多い。
それでも往復にかかる時間は、仕入れも含めて半日未満だ。
中間業者に買い取ってもらっても、純利益は約40万ゼビー。
最低限の生活でいいなら、それだけで二ヶ月は過ごせる。
当然、自分で露店を開けばもっと稼げる。
それにもかかわらず、ミスラで仕入れる商人が他にいないのは明らかに不自然だ。
「で、佐伯はどうしたいの?」
「当然、暴利を貪るハイランドには還元してもらうつもりだ」
「やっぱ佐伯ならそう考えるよね」
湊は俺のことをよく分かっているな。
「ねぇ佐伯くん、さすがに今回はやめておこうよ。下手したら私たち全員殺されちゃうよ」
エスネアの危惧していることは、俺だって当然理解している。
だから俺はこれまでとは違う契約の仕方を考えていた。
「安心しろ、ハイランドと契約するつもりはない。だから、顔を合わせる必要もない」
「でもたった今ハイランドには還元してもらうつもりだって言ったじゃん」
「ミスラと契約すれば、直接ハイランドと契約しなくてもいいんだよ」
「ハイランドから村を守る代わりに、ミスラの村長と契約を結ぶってこと?」
「いや、全く違うよ」
エスネアの解釈はミスラ側に「俺たちが勇者です」と売り込んだ上で、村に下請けの傭兵を派遣するようなものだ。
俺が考えていたこととは1ミリも噛み合っていない。
……というか、それではハイランドの得た利益は俺に還元されないし、ただの傭兵事業を展開するだけだよ。
≪ロイヤリティ契約≫を活かすこともできない。
何より契約対象は村長ではなく、ミスラの土地そのものだ。
「まず≪ロイヤリティ契約≫で土地の資源を抑えるんだ。抑えた資源は原則ミスラ内のみで取引するものとして、外部に持ち出す場合は利益の一部を還元させるようにする。こうすることで外部の商人、つまりハイランドのみをピンポイントに狙うことができる」
これは事実上の関税だ。
もっとも支払う先が違うけどな。
「何言ってるの?」
湊はよく分かっていないみたいだな。
「えぇっ、佐伯くん、さらっと地主になろうとしてるじゃん!」
エスネアは理解したのか?
「とりあえず懸念すべき点はあるか?」
計画のことはあまり伝わっていない気がするけど、協力してもらうのに支障はない。
あとは不安な点だけ解消すればいいだろう。
「私はハイランドと接しなければ大丈夫だと思う」
エスネアは納得してくれたみたいだな。
「佐伯は土地と契約するって言ってたけどさ、あんたのスキルって土地を対象にできなかったよね?」
「それなら大丈夫だ。この案が閃いたときに土地と契約することも可能になった」
……そもそも湊はよくそんなことを覚えていたな。
「あ、そうなんだ。じゃあ、村人が佐伯を売る可能性は?」
「えっ?」
なんとなく言いたいことは分かるが、情報の共有過程をすっとばしすぎだ。
「地主になるならまず村人の信頼を得なきゃじゃん。当然佐伯は自分のことを売り込むことになるっしょ?」
それはその通りだ。
「売り込んだ情報がハイランドに漏れる危険性があるって言いたいのか?」
「そうそう、売り込むならスキルの情報だって伝えなきゃだしさ」
……さすがに湊は警戒心が高いな。
めんどくさいおっさんどもを相手してきただけある。
「売られても大丈夫な情報しか与えないつもりだよ」
スキルのことは最低限しか話さないし、ミスラへの干渉は九葉を通じて行う。
こうしておけば、ミスラで顔を合わせることがない。
営業妨害をした容疑者にすら浮上しないわけだ。
たとえ村人を脅して黒幕の情報を聞き出そうとしても、見ず知らずの人間を特定できまい。
「村人を信じすぎないなら大丈夫かな」
湊も納得してくれたなら、これで決まりだ。
明日、再びミスラへ向かい、新たな契約を結ぶ。
俺はハイランドを恨む理由がない。
ミスラを助ける義理もない。
正義感があるわけでもない。
強いて言うなら、九葉に渡した仕入れ代を無駄にされただけだ。
それでも逃がすつもりはない。
鉱石の価値を下げる印象操作。
脅迫紛いの買い叩き。
大金を稼いでいることも間違いない。
しかも自分で考えた策がハマって思い通りとは、さぞかし楽しい気分に浸っていることだろう。
絶対俺よりも人生楽しんでいやがる。
そう、ただの妬みと嫌悪感だよ。
あんなクズが人生楽しんでそうなことに対してな。




