第30話:お互いに危ない橋を渡るのも悪くない
ミスラの宿。
エスネアはその一室で、窓からハイランドの様子を窺っていた。
「もう帰ったみたいだよ」
「分かった」
ミスラを離れた直後なら、取引の最中に鉢合わせる可能性は極めて低い。
取引を持ち掛けるなら、今がちょうどいいタイミングだ!
「二人は宿で待っていてくれ」
俺たち三人で取引を持ち掛ければ、当然怪しい三人組の男女と覚えられてしまう。
その情報がハイランドに漏れたなら、絞り込むことも容易くなる。
ただでさえエスネアは、その派手な服装から視線を集めやすい。
証言を基に特定されないよう、ここは地味な俺が一人で対応したほうがいい。
「佐伯一人で契約交わせんの?」
「佐伯くんって口は回るけど、心を掴むのは苦手だから心配だよ」
二人とも、俺の交渉センスに信頼がなさすぎだろ……
「契約を結べるかどうかは二の次でいい。最優先すべきは俺たちを特定できる情報が、ハイランドに流れないよう注意を払うことだ」
今回の取引は失敗しても、俺の収入が増えないだけで終わる。
だから破談すること自体はさほど気にしなくてもいい。
「まぁ、そっか。相手はあのヨボヨボ爺だもんね」
村長があの老人だとは、まだ決まっていないんだけどな。
「そうだね。佐伯くん、頑張って!」
「ああ、行ってくる」
せっかくだから思念ダンジョンで拾った仮面をつけておくか。
「仮面を付けた男」と認識してもらえば、普段の俺からイメージを遠ざけられる。
「失礼しまーす」
俺は村長の家まで赴き、ドアをノックした。
「は、はい?」
建物の中から出てきたのは、やはりこの前ハイランドと揉めていた老人だ。
「内密なお話がしたいので、中に案内してもらってもよろしいですか?」
「まずは何をお話したいのか、先に聞かせてもらってもよろしいですかな?」
数日前に顔を合わせたんだから、察しがつくだろ。
結構な年齢とはいえ、会ったばかりの俺を忘れたわけではあるまい。
それともまさか、仮面のせいで同一人物だと気づかないのか?
そんな展開、今時は物語の中でも総ツッコミされるだろ。
でも本当に気づいていないのなら、その方が好都合だ。
このまま初対面の人間として振る舞っておこう。
「ハイランドの件ですよ。あなたとて、彼の耳に余計な情報を入れたくないでしょう?」
「……分かりました。中へどうぞ」
小さな声で返事をした村長は、室内に俺を招き入れると、すぐに扉の鍵を閉めた。
よほどハイランドが怖いのだろう。
「こちらへお座りください」
「分かりました」
俺は用意された椅子に座った。
座り心地は悪くない。
「それで具体的には、どのようなお話なのでしょうか?」
「ハイランドの営業を妨害する代わりに、この村の所有権を押さえたいのです」
「そ、それは……」
いきなりこう言われたら驚いてしまうか。
情報を伝えるには一番手っ取り早いんだけどな。
「村の政治体制には干渉しませんし、ハイランドのように資源を搾取するわけでもありません」
「では何のために村の所有権を?」
「俺のスキルは使い勝手が悪くてですね、所有権がなければ制約がかかるんですよ」
契約を成立させるだけなら、これまでのように所有者の許可を取る選択肢だってある。
ただ、今回はハイランドに情報が漏れないよう、「契約」「許可」といったスキルの発動条件に絡む言葉を極力使いたくない。
それに俺は制約がかかると言っただけだ。
少なくとも嘘はついていない。
「そんなスキルは聞いたこともありませぬ」
「ユニークスキルですからね。知らないのは当然です」
スキルのことは極力伏せたいが、このくらいは話さなければ会話が前に進まない。
「詳細はお伝えできませんが、誤魔化さないことを誠意と受け取ってください」
「うーむ、そう言われましても……」
やはり具体的に説明しなければ、納得してくれないか。
……スキル以外の話に逸らしておくか。
「このままハイランドに搾取され続けるよりは、俺に賭けるほうがマシじゃないですか?」
「それはそうかもしれません。しかし……」
「老い先短いあなたは、現状維持しているだけでいいかもしれません。けれど、村の若者たちはどうでしょうか?」
問題を先送りにして逃げ切ろうとする政治家の話は、SNSで散々問題視されてきた。
そのツケを尻ぬぐいするのは、いつだって若者だ。
「少し時間を下され……」
「構いませんが、必ずあなた一人で決めてください。人々に俺のことを話せば、期待が誇張された情報として広がり、最終的にはハイランドの耳に入ります。そうなれば、疑心暗鬼に陥ったハイランドはこの村を滅ぼすでしょう」
さすがのハイランドもそんなことはしないだろうけどな。
「民意に委ねることも許されぬのですか?」
「当然です。情報が拡散されれば、俺の命に危険が及びますので」
「はぁ……」
自分の責任で意思決定しなければならないのが、辛いのは分かっている。
けれどもその責任を負うのが、村の長というものだ。
どれだけ精神的な負担になろうと、一切の配慮をするつもりはない。
「意思決定の参考になるよう、俺の知り得たハイランドの情報もお伝えしましょう」
ミスラの外には鉱石を主食とする黒い巨大な蛇ロックイーターが潜んでいる。
俺はその飼い主がハイランドかもしれないと示唆した。
「ろ、ロックイーターですと?」
やはり村長はロックイーターが近くに潜んでいたことを知らなかったんだな。
ハイランドはミスラで採掘できる鉱石が供給超過の状態にあると偽っていた。
ロックイーターは鉱石を主食とするのに、なぜかミスラの採掘現場は襲われない。
ロイゼンとミスラの往復は半日で済むのに、同業者が現れない。
俺はこれらの事実を基に、ハイランドが意図的にミスラを陥れている可能性が高いと伝えた。
「ハイランド殿はまさかそこまで……」
「俺の仲間もロックイーターに襲われました。さらにその際、ミスラで買った鉱石を奪われてしまいました。共闘を願う理由が分かりませんか?」
実際の動機は妬みと嫌悪感が9割だけどな。
「そうですな。では、この村のことをお頼みします」
「ええ、期待してもらって結構です」
よしっ、これでミスラの所有権は確保した。
早速契約だ!
≪ロイヤリティ契約≫
スキルが失敗したときの弾かれる感覚はない。
これでミスラと契約を結べたはずだ。
「それでは失礼します」
俺は村長に別れを告げて、宿で待機するエスネアたちと合流した。
「ただいま」
「おかえり、どうだった?」
「結果は土地を≪鑑定≫してもらえば分かる」
契約が結べたことを確認するなら、エスネアの≪鑑定≫を頼るのが一番手っ取り早い。
「すっごい。佐伯くん、ほんとに地主になったんだ」
「契約上はな」
ミスラの人々からお金を徴収するわけじゃないんだ。
本当の地主とは言えないだろう。
「そういや、この前から気になってたんだけどさ」
「どうした?」
湊の質問には、昨日十分答えた気がするんだけどな。
「佐伯の≪ロイヤリティ契約≫ってさ、ミスラとハイランドの間で契約を交わさなくてもいいの?」
契約の概念を考えたら、当然の疑問だな。
「事実上は必要ない」
「事実上?」
「一応契約を交わす必要はあるんだよ」
「結局どっちなの?」
「契約で結ばれていなくても、勝手に他者の所有物を運用した罰則金を受け取ることはできるんだ」
「じゃあ、ハイランドからは罰則金として徴収するの?」
「そういうことだ」
その罰則金は契約を結んだときと同じ分だけ得られる。
これが契約していない相手からも、利益が還元されるロジックだ。
「でもハイランドってさ、鉱石をきちんと買ってるじゃん。そういう場合って、所有権が移るんじゃないの?」
売買や譲渡といった取引過程が挟まると所有権が相手に移り、俺の≪ロイヤリティ契約≫は通常無効化される。
ただし、今回はこの点もこれまでとは異なる。
品種改良された農作物を買っても、その種を海外へ持ち出してはいけないように、全ての権利を行使できないよう契約を結んだのだ。
だからきちんと金を出して買った鉱石でも、ミスラの外で販売した利益は俺に還元されることになる。
とはいえ、種苗法の例えで湊に伝わるとは思えない。
どうやって説明すべきか……
「鉱石の所有権が移ることは間違いない」
「じゃあ、搾取するのは無理じゃない?」
「でも土地資源の運用権利までは買ってないんだよ」
「よく分かんないんだけど」
「パパ活でお金を貰っても、お持ち帰りは別料金と言えば伝わるか?」
湊にはこう伝えるのが一番しっくりくるだろう!
「あぁっ、すっごい分かりやすい!」
よし、上手く伝わったな。
「それで今回の契約は、お持ち帰りを別料金と定めるようにしたんだ」
「知らない間に書き加えられた利用規約みたいじゃん」
……そればかりは全く否定できない。
「とりあえず理解はできたみたいだし、今日はもう休もう」
「うん」
「そうだね」
宿屋に泊まった翌朝。
俺たちはすぐにミスラを離れた。
「今回は随分と大胆なことをしたよね」
ロイゼンに帰る道中、エスネアは楽しそうに聞いてきた。
当初の不安はもう吹き飛んだみたいだ。
「そうだな、エスネアはそれが何か楽しいのか?」
「うん。だってドキドキしたもん!」
不安がスリルに変わったのか。
まるで理性に欠けた悪ガキの遊びを覚えたみたいだ。
でも楽しめたほうがいいに越したことはない。
「今回は俺らしくない判断だったと思うよ」
危ない橋を渡っただけじゃない。
ミスラと契約したことで、土地を守る責任も負ってしまったのだ。
わざわざ自分から面倒事を増やしたとも言える。
全くもって俺らしくもない。
そんなことはせず、惰眠を貪る日々を過ごすほうが絶対に楽な人生だった。
でも後悔はしていない。
何もしないでいるより、ずっと楽しいからな。
「俺はこれからも危ない橋を渡るかもしれない。それでも付き合ってくれるか?」
「うん。佐伯くんなら、絶対上手くやってくれるって信じてるもん」
エスネアの期待だって、ある意味では負担と言える。
それでも心地良い負担だ。
「じゃあ私も佐伯くんにお願いするね」
「何をだ?」
「思念ダンジョンの探索、これからも付き合って欲しいなって!」
「ああ、分かったよ」
思い返してみれば、思念ダンジョンの探索だって危険が伴う。
つまり俺たちはお互いに危ない橋を渡らせていたんだ。
そう思うと、エスネアを巻き込む罪悪感が薄れるよ。
それに湊だって、危ない橋を渡ろうと自分から口にするような人間だ。
あまり気にしなくてもいい。
「じゃあっ、近くで思念ダンジョンを感知したから早速行こうよ!」
「そうだな」
俺たちはエスネアの感知した思念ダンジョンへと向かう。
お金のためだけではなく、その瞬間を精一杯楽しむために──
ここまでご愛読ありがとうございました。
3章はここまでとなります。




