第26話:今度は俺が先行投資する
「そういや今のアタシたちって、色々体験しながらこの世界を学んでる最中じゃん?」
この日はそんな湊の言葉から始まった。
「なのにエスっちから錬金術を学ばないのはあり得なくない?」
「それはそうだな」
エスネアは全然錬金術の話をしないものだから、すっかり忘れてたよ。
「ってことで今日はエスネア大先生の錬金術講座をよろしくー!」
ただ、湊は体験学習じゃないと、すぐに飽きるんじゃないか?
途中であくびをした後、眠りにつく未来が見える。
俺としては全く構わないんだけどな。
「錬金術ってスキルみたいに発現しないと使えないよ?」
「俺は作り方を学びたいわけじゃない。錬金術に絡む金の流れを知りたいだけだ」
錬金術のことを知れば、稼ぎ口は当然広がっていく。
人を動かす機会も増やせるはずだ。
「アタシはエスっちが何か作ってるところを見てみたい!」
湊は珍しいものを見てみたいってだけか。
「じゃあ、まずは錬金術の基本的なことだけ説明するね」
エスネアの説明によると、錬金術の基本的な工程は素材を投入してかき混ぜるだけだ。
これはゲームで散々見てきただけに、すんなりと頭に入ってきた。
もっとも全部がゲームのような話ではない。
例えば錬金釜より大きなものは作れない。
釜の中でかき混ぜて作るのだから当たり前だが、ゲームの仕様では見たことのない制限だ。
作れるものもやや限定されている。
主に混ぜ合わせるのがメインで、成形作業はあまり向かないらしい。
※時間をかければ作ること自体は可能。
あとはそこまで何でもできるわけではないようだ。
「なるほど」
エスネアの話は意外とすぐに終わった。
おかげで湊も普通に起きている。
「ところでエスネアは消毒液を作れるか?」
「何で消毒液なの?」
「解体作業に使う包丁は水洗いするだけじゃなくて、消毒したほうがいいと思ったんだよ」
「えぇぇ、佐伯くんはいくらなんでも潔癖が過ぎるよ!」
21世紀の地球は科学技術の発展によって、様々な証明がなされているんだ。
対してこの異世界の文明水準は中世程度だ。
衛生管理の問題なら、俺の理屈のほうが正しいに決まっている。
さすがに異世界を下に見るノンデリ発言はやめておくが、折れることはできそうにない。
「愛華さんも気にするの?」
そこで湊に意見を求めるのか。
「長く使うなら一応気にするよ」
「えぇぇ……」
湊だって日本人だからな。
気にするに決まっている。
「そもそもさ、エスっちの価値観だと消毒液を作ろうとしても失敗するんじゃない?」
「本人の価値観が影響するのか?」
「知らなーい。でも、なんとなく不安にならない?」
適当に言っただけかよ!
とはいえ、湊が言いたいことは分かる。
そもそも需要への理解がないんだ。
俺の求めている消毒液を作れるとは思えない。
「そ、そうだね。作るなら他のものにしよっ?」
エスネア自身も消毒液を作るのは避けたいんだな。
「そうしよう」
今後エスネアの前で衛生管理の話をするのは控えておくか。
どうしても価値観が違い過ぎて、追い詰める構図になってしまう。
「他に気になっているものは、天然ダンジョンの探索に使う道具だな」
「ランタンのこと?」
「ランタンもそうだが、ロープ、つるはしも必要だと思っている」
「じゃあロープを作ってみるね」
「今すぐ作れるか?」
「実用性を気にしなくてもいいなら、近くにあるものだけで作れるよ」
「ああ、それで構わない」
今は技術確認だけできれば十分だ。
「それじゃちょっと待っててね」
エスネアはなぜか家の外に出ていった。
どこに向かうつもりなのか?
そんなことを考えていると、彼女はすぐに戻ってきた。
両手には細い木の枝が握られている。
どうやらこの枝を素材にするみたいだ。
錬金釜に枝を投げ込んだエスネアは、普段戦闘で使っているクレセントスピアで素材をかき混ぜ始めた。
戦闘用の槍をこうやって使うところに、雑な性格が表れていると思うよ。
「これでいいかな、と」
エスネアは調合を始めてから3分もしないうちに作業を終えて、錬金釜の中に手を突っ込んだ。
出来上がったロープは、あまりにも酷い。
絶対すぐに千切れるだろ。
「これは作れたと言えるのか?」
「一応それっぽい形にはなったじゃん」
実用性は気にしないと言ったが、きちんと作ったものを見たかったよ。
「ところでエスネアは作成レシピのメモはどうやって管理してるんだ?」
「特に管理してないよ」
「は?」
さすがにあり得ないだろ。
「自分で使う目的で作るなら、そんな丁寧にレシピ管理する必要ないじゃん」
自分で食べる料理を作るだけなら、適当になっていくようなものか。
その気持ちは分からないでもないが、錬金術には専用のレベルが存在するんだ。
そのレベルを上げるため、正しく作るべきじゃないのか?
「錬金術のレベルを上げる気はないのか?」
「うん。だって真面目にやったら、お金がいくらあっても足らないもん」
思念ダンジョンを≪鑑定≫で探し出せるエスネアは、Eランク冒険者とは思えないほど効率的にゼビーを稼いでいる。
そんなエスネアでさえ上達を諦めてしまうほどお金がかかるなら、錬金術はもはや金持ちの道楽としか言いようがない。
「だってよ。佐伯は男としての見せどころじゃん?」
「は?」
「スキルで人の金を巻き上げられるんだからさ、エスっちに尽くしてあげなよ」
漢気を見せるチャンスっていう湊の主張は正しいと思うけどさ、ATMになれって言われているみたいでちょっと嫌なんだよな。
「それは佐伯くんに負担がかかっちゃうよ」
でもエスネアは俺の負担を理解できるまともな感性があるんだ。
湊の案に乗っかるのも悪くない。
「もっと稼げるようになったら、今度は俺がエスネアに出資しよう」
「えっ、佐伯くん?」
「参入障壁の高い分野ほど、成功した時の利点は大きいだろ?」
それに一定の収入を上回るようになったら、適切な使い道を見出せずに死に金を増やすだけだ。
だったら、エスネアに技術投資したほうがいいに決まっている。
エスネアの才能が開花したら、その技術は俺たちだけで独占する。
その独占した技術をチラつかせれば、他者との交渉だって上手くいくようになる。
こう考えたら、投資しない理由がない。
「大丈夫なの?」
「使い切れない分を回すだけだ」
俺自身の金銭管理能力はエスネアよりもしっかりしているつもりだ。
収入さえ安定すれば、使い方の心配はしなくていい。
「ありがとう、佐伯くん」
エスネアはそっと俺に身体を寄せた。
「期待してるよ」
俺はそんなエスネアと抱き寄せた。
湊の視線が痛いけど、このままもう少しバカップル気分を満喫させてもらおうか。
俺にもっと人生を楽しめと言い出したのは湊なんだ。
文句は言えまい。




