第2話:冒険者生活なんて甘い幻想でしかない
「寒っ!」
王宮の外に出た瞬間、室内との温度差に俺は思わず声を上げてしまった。
耐え難いほどの寒さではないが、夏服で過ごす気温ではない。
現在は晴れているが、道の端には溶け切っていない雪も見える。
寒さに耐えるためにも早急に衣服を整えたい。
とはいえ、まずはお金を得ることだ。
世界が異なる以上、「日本円」は使えないだろう。
そもそも財布の入っていたカバンは地球に残されたままだ。
「日本円」が使えたとしても意味がない。
異世界といえば、冒険者ギルドに登録して魔物退治するのがセオリーだ。
俺はその基本に則り、冒険者ギルドのある方角へと歩き出した。
その途中、俺は食材を販売している露店で足を止めた。
食材に貼られている値札を確認して、異世界の物価を把握するためだ。
「おや、何を買ってくれるんだい?」
商品を眺めていると、露店のおばさんは何かを買う前提で声をかけてきた。
……正直やめてほしい。
ウィンドウショッピングがしづらくなる。
「ああ、すみません。無一文なんで見てるだけです」
「見てるだけじゃお腹は膨れないよ! さっさと仕事をしてきな」
ごもっともな正論だ。
ただ、俺は他の食材も価格を確認しておきたかった。
「いやぁすみません。この世界に転移してきたばっかなんで、食材の物価を確認しておきたいんですよ」
俺たちを召喚したのは国王の意思だ。
転移者であることを後ろめたく思う必要はない。
「ああ、そういうことかい」
露店のおばさんはあっさり状況を飲み込んだ。
転移者の存在は周知されているようだ。
「ハズレスキル判定された挙句、支援金も与えられずに追放されちゃったもんで……」
同情を誘えば食材を恵んで貰えるかもしれない。
その可能性に期待して、俺は自分が追放されたことを明かした。
「そりゃ運が悪かったね」
あっさりとしすぎだろ……
ロイゼン全体の経済環境が良くないことは把握済みだ。
だから元より施しには期待していなかった。
期待していたのは、王宮の無能どもに対する怒りだ。
同情して欲しいわけじゃない。
愚かな国の上層部に対する不満を共有したかっただけだ。
しかし、おばさんの感情は一切動かなかった。
「それじゃ失礼しましたー!」
俺は迷惑にならないよう、露店から少し離れてから振り返った。
「日之影、お前はどうして付いてくるんだ?」
俺は尾行を続ける日之影に問いかけた。
「いや、だって……」
日之影は何も言えずに固まっていた。
なんとなく人に付いて行けば道標を得られる。
そんな認識で動いていたのだろう。
「一緒にいたところでお互い何の利益もないだろう」
「パーティとか……」
「組む気はない」
「はぁ、何でだよ!」
日之影は急に声を強めた。
消極的でありながら、すぐ不快感を露わにするいつもの日之影だ。
「最初に言っただろ。お互いに何の利益もない」
「……」
「全員のスキルを見て、それらが願望の顕れだってのはお前も気づいたろ?」
「まあ、なんとなくは……」
「俺はできるだけ働きたくない。お前は口喧嘩を制して、我を通したい。そんな俺たちが仲良くやれると思うか?」
「思わないけど……」
「なら、それぞれ単独で行動したほうがいいだろ」
「でも……」
日之影は口籠る。
一人じゃ何もできないから、俺に面倒事を押し付けたい魂胆が丸見えだ。
「はっきり言おう。お前とは行動したくない」
「もういい! さっさと死ねよっ!!」
そう吐き捨てて、日之影はその場を去っていった。
やはり、こいつは救いようがない。
反面教師にさせてもらおう。
日之影と別れた俺はようやく冒険者ギルドを見つけた。
これで仕事にありつけるだろう。
「だっはっはっ、今日は依頼のついでに見つけた循環水晶のおかげで大儲けよ!」
「おお、よく見つけたな」
冒険者ギルドに入ると、強そうな冒険者たちは仕事の話で盛り上がっていた。
一方で装備もままならない冒険者の多くは、椅子に座ってまずそうに酒を飲んでいた。
酒に溺れているというべきかもしれない。
なんというか格差を意識させられる空間だ。
「冒険者としての登録をしたいのですが……」
俺は受付嬢に、冒険者の登録申請をした。
「では書類の記入をお願いします」
「分かりました」
俺は指示通りに書類の記入を行う。
住所など書けない部分もあったが、記入必須ではない。
それどころか名前でさえ、なければペンネームで構わないという注釈があった。
貧しい以前に、名前を与えられない者さえ多くいるのだろう。
日本の常識では考えられない配慮だ。
「終わりました」
記入を終えた俺は、受付嬢に書類を提出した。
「はい。ちょっと待ってくださいねー」
「分かりました」
受付嬢が奥の部屋で作業する間、俺は椅子に座って寛いでいた。
……硬くて座り心地が悪い。
「佐伯 豊さん。登録が終わりましたので、こちらへ来てください」
数分後、作業を終えた受付嬢から呼び出しが入った。
「こちらがGランクの冒険者資格証になります」
「ありがとうございます」
冒険者の登録申請はあっさりと終わった。
これで仕事にありつけるだろう。
「早速ですが、紹介してもらえる仕事はありますか?」
「はい。こちらになります」
Gランク冒険者向けの仕事として、見せられた依頼内容は全部で7件あった。
その依頼はこの世界を知らない俺でもできそうな仕事ばかりだ。
だが、俺は引き受けようとは思えなかった。
選り好みをしているわけではない。
食にありつける報酬が提示されていなかったからだ。
もはやタダ働きに近い。
「これ、仕事って言えるんですか?」
俺は思ったことをそのまま口にした。
報酬額が露店で見た肉や野菜一つ分にも満たないからだ。
「定義上は仕事ですよ」
「定義上は」などと前置きを加えた時点で、仕事と思っていないのだろう。
「あの失礼ですが、冒険者の常識はご存じですか?」
「いえ、常識は全くありません」
開き直った返事をすると、近くにいた冒険者が笑い出した。
「はははっ」
「あいつ、おもしれーな」
「案外大物になるんじゃね?」
「なれるといいですよねー」
俺は笑う彼らの方を向き、道化を演じた。
とはいえ、おひねりをくれる様子はない。
これ以上、気を引いても無駄だろう。
「えーっと……」
ガヤに反応していると、受付嬢は困惑していた。
「あ、すみません。説明お願いします」
「分かりました」
俺は軽く謝罪して、常識を教えてもらうことにした。
「まずGランク冒険者には、信頼が全くないのです」
書類を書くだけで得られる資格に価値がないのは当然か。
俺だって雇用者側の立場で考えたら、Gランク冒険者は雇いたくない気がする。
「書類を書くだけで得られる資格だもんな」
「はい」
受付嬢はその後もしばらく冒険者の実態を説明してくれた。
説明された内容をまとめると以下のようになる。
Gランク冒険者に対する世間の評価は、夢追い人のろくでなしだ。
夢を抱いて登録しておきながら、何もできない人が多すぎるからだ。
そうした傾向から全世界で、Gランク冒険者にはまともな仕事がない。
たまに届く依頼は、社会復帰を促すようなものばかりだ。
異世界の職業訓練所と言っても過言ではない。
Fランクになれば一応仕事は得られるようだが、冒険者としての仕事ではない。
単なる日雇い労働だ。
そのため、冒険者を仕事にするなら最低でもEランクの資格が必要だった。
Eランク冒険者の資格を取得するには、技能試験が求められる。
その試験を合格するには、最低でもレベル30は必要らしい。
俺にはだいぶ先の話になるだろう。
何せまだレベル1だ。
「そうですか」
俺はGランク冒険者の現実にがっかりしながら、冒険者ギルドを後にした。
外に出た後、大通りをさらに歩くと、屋台が立ち並ぶエリアに行き着いた。
無一文のままこのエリアを歩くのは、もはや自傷行為でしかない。
そう思ってこのエリアを走り抜けると、ベンチに座って美味しそうに肉を頬張る日之影の姿があった。
「日之影、お前はもう収入を得られたのか?」
俺は日之影に問いかけた。
「……」
けれども日之影は何も答えない。
組みたくないと言われたことに腹を立て、会話に取り合わないつもりだろう。
俺はどのような経緯で日之影が食事にありつけたのか確認すべく、屋台の立ち並ぶエリアへ戻った。
すると、ボア肉の炭火焼を売っている屋台で、店主らしき男が辺りをきょろきょろと見回していた。
何かあったのだろうか?
「どうしたんですか?」
俺は屋台の店主に声をかけた。
「ああいや、ちょっと離れた隙に商品が明らかに減っちまったんだ」
この店のボア肉は、どう見てもさっき日之影の食べていたものだ。
あいつ、盗み食いしたんだな……
俺は屋台の店主に盗み食いした犯人の特徴を教えてから、その場を去ることにした。
盗み食いが生き抜くための最適解だと認めたくないからな……




