第1話:どいつもこいつもバカばっか!
「地震だっ!」
3時間目の授業を終えて、担当教師が廊下に出た直後だった。
突如大きな地震が俺たちを襲った。
「えっ、何か光ってない?」
「えーっ、なにこれ?」
「もしかして、ただの地震じゃない?」
激しい揺れは収まらない。
それどころか、あちらこちらから眩い光が放たれていた。
その光はやがて教室中を覆い、俺は眩しさのあまり目を瞑るしかなかった。
目を瞑っていた間に何が起きたのかは分からない。
気づけば俺たちは全く別の場所にいた。
「はっ……」
「どこ?」
「まさかこれ異世界ってやつ?」
周囲の光景を見たクラスメイトの一人は、異世界に飛ばされたのではないかと口にする。
俺も彼に同意だ。
足元には大きな魔法陣が描かれており、近くには装飾用の剣や鎧が立てかけてあった。
歴代の王様らしき肖像画も並べられていた。
まるでファンタジー世界における王宮の一室だ。
地震が起きたときの光と現在置かれた状況を照らし合わせれば、きっと俺たちはクラス転移をしたのだろう。
「やったじゃねーか」
「もしかして俺にもハーレム人生が!」
クラスのオタク連中は雑な妄想を口にする。
たとえナーロッパ小説の世界だろうと、上手くいくのは主人公だけだよ。
おめでたい頭をした奴らだ。
「最悪! 推しの卒業配信が見れないじゃん!」
「やっべ、まだイベント周回が終わってねぇ!」
何人かのクラスメイトはVtuberの配信や、ソシャゲイベントの心配をする。
まずは自分の心配をしろよ。
皆が好き勝手に騒ぎ立てる中、扉の向こうから金属製の鎧を身に付けた男が入ってきた。
どうやらここは異世界と見て間違いないようだ。
「おー、異世界の兵士さんか」
「て、敵じゃないですよね?」
「距離を取りなさい」
勝手に盛り上がったり、恐れたりするクラスメイトがいる中、鋭い口調で言い放ったのは生徒会長の音無 心菜だ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
音無の威圧感に圧倒された兵士は慌てた様子だ。
「用件を言いなさい」
「お、王様がお呼びです。皆さん、付いてきてください」
「分かりました」
音無は俺たちの中心に立って、異世界の兵士と言葉を交わす。
その堂々たる態度にクラスメイトたちが感心していた。
「やっぱ会長すげーな……」
「異世界でも全く物怖じしないんだね」
もっとも普段の音無は好かれているとは言えない。
むしろ嫌われていた。
自他共に厳しくあるべきだと考える彼女は、他人の甘えを許さないからだ。
「あ~あ、なんかイラつく」
俺の隣を歩いていたギャルの湊 愛華は不満を口にする。
音無が称賛されている空気感が不快なのだろう。
その気持ちは俺も同じだった。
「陛下、異世界人(※地球人)をお連れしました」
王様のもとまで辿り着くと、案内役の兵士が報告を行う。
玉座に座っている王様はまだ20代前半だろうか?
だいぶ若く見える。
「おー、そうかそうか! これでこのロイゼンが好転するに違いない」
王様は上機嫌に笑う。
どうやら何らかの目的があって、召喚したようだ。
「何が好転するよ!」
自分たちを利用しようとする王様に、一人のクラスメイトが怒りを爆発させた。
「勝手に召喚しやがって!」
「何で俺らが協力する前提でいるんだ?」
「そうよ! あんたのせいで推しの卒業配信を見逃しちゃうじゃない!」
「えっ……」
責め立てられた王様は困惑していた。
こうなることを全く想像できていなかったらしい。
「大臣、どうすればいい?」
王様は俺たちに謝罪すらせず、大臣に判断を仰いだ。
その態度がクラスメイトの怒りをさらにヒートアップさせた。
「慰謝料出せよ!」
「陛下の御前で無礼が過ぎると思わぬか!」
憤るクラスメイトに声を荒げたのは、近衛兵の男だった。
「異世界(※地球)の常識で主張を押し付けようものなら死刑だぞ!」
別の近衛兵も騒ぎ立てるクラスメイトを牽制した。
「うわっ、最悪……」
「こいつら野蛮人じゃん」
「なんだと! おい新人! こいつを牢に連れていけ!」
「は、はい……」
野蛮人と言われて腹を立てた近衛兵は、先程案内してくれた兵士に投獄するよう命令を下した。
「えっ、和子はどうなるの?」
「おい、俺たちはどうなっちまうんだ?」
「まじで逆らわねぇほうがいいんじゃね?」
暴言を吐いた小川 和子が連行されると、一気に緊迫したムードが漂った。
「お、落ち着いたか」
そんな緊迫したムードを落ち着いたと解釈したのがこの国王だ。
あまりにも無神経だ。
人を怒らせる天才としか言いようがない。
しかも優柔不断で頼りない。
家臣たちは各々が好き勝手な判断をしているように見える。
どうせ右も左も分からないうちに即位させられて、周囲の操り人形になっているのだろう。
「転移者のみんなはこれからスキル検査を受けてほしい。君たちの扱いはその結果で決めよう」
俺たちは不満を抱きながらも王様の言葉に頷いた。
その一方でどこか期待しているクラスメイトがいた。
特にオタク連中は分かりやすい。
自分だけのスキルで無双できるかもしれない。
手に入れたスキルでハーレムを築けるかもしれない。
そんな妄想を膨らませているのだろう。
スキル検査には王様自らが俺たちを案内してくれた。
どんなスキルを所持しているのか、直接確かめたいらしい。
「スキル検査はこの装置で行う」
王様が見せてくれた検査装置は、人間がギリギリ二人入れそうなポッドだった。
一見すると高度な機械にも見える。
それなりの文明水準に達した世界なのだろうか?
もっともスキルなんてものがある世界だ。
文明水準に釣り合わないものがあっても不思議ではない。
あまり真剣に考えないほうがいいだろう。
クラスメイトは一人ずつスキル検査を受けた。
スキル検査ではステータスも同時に表示された。
そうした中で注目を浴びていたのが音無だ。
彼女はユニークスキルと呼ばれる珍しいスキルを保持していた。
しかもそのスキル名は≪万能成長≫だ。
その詳細は分からないが、要は何でもできるということだろう。
文武両道の天才に相応しいスキルだ。
「次は君の番だよ」
「はい」
順番が回ってきた俺も検査を行うべく、装置の中へと入った。
そうして明らかになったのが、以下のステータスとスキルだ。
名前:佐伯 豊
レベル:1
HP:35 / 35
MP:180 / 180
力:4
防御:10
魔力:25
魔法防御:13
素早さ:7
ユニークスキル≪ロイヤリティ契約≫
次のレベルまでに必要な経験値:5
「佐伯もユニークスキル持ちじゃん」
「でもロイヤリティ契約って何だ?」
「さあ?」
「珍しいんだろうけど、生徒会長と比べるとぱっとしないよね」
「つーかMPにステータスが偏りすぎだろ!」
「頭でっかちなのがステータスに表れたんじゃね」
「かもな」
クラスメイトたちは俺を笑う。
みんなロイヤリティって言葉を知らないらしい。
権利使用料に関する契約──そういう意味だと分かれば、羨ましがるのだろうか?
とはいえ、こいつらに理解させるメリットを感じない。
笑わせておけばいいだろう。
ステータスの低さは自分で見ても悲しくなる。
MPだけは異常に高いが、現状使い道がない。
それは比較的数値の高い魔力も同じだ。
音無は同じレベル1でもHPは300を超えており、それ以外の各ステータスも全て50を上回る。
俺とのスペック差は歴然だ。
他のクラスメイトと比較しても、俺のステータスは明らかに低い。
特に力に至っては下から数えて2番目だ。
……クラスメイトの半分は女子だぞ。
それなのに力がワースト2って、不名誉にも程があるだろう。
「なあ、大臣。ロイヤリティ契約って何だ?」
「分からぬが、どうせろくでもないものだ。こやつは追放すべきだろう」
「はっ?」
追放判断をしようとする大臣に思わず暴言を吐きそうになった。
分からないから役に立たないとするその判断は愚の骨頂だ。
しかも王様はそんな大臣の言葉を鵜呑みにしている。
この様子じゃ、この国は音無だって救えないだろう。
あまりにも頭が悪い。
まるでラノベでよく見るヘイト役のテンプレだ。
……そう考えると、追放が決まったのはむしろ幸運かもしれない。
全員のスキル検査が終わると、それぞれの待遇が決まった。
追放と判断されたのは、俺を含めて三人いた。
そのスキルと理由は以下の通りだ。
佐伯 豊(俺)
ユニークスキル:≪ロイヤリティ契約≫
理由:前例のない意味不明なスキル。
湊 愛華
スキル:≪メイクアップ≫
理由:見た目を変えるだけの無意味なスキル。
日之影 葛葉(陰キャ)
スキル:≪論破≫
理由:論破など何の役にも立たない。
論破が役に立たないのは同意だ。
むしろ論破する快感に酔って、周囲を不快にさせる未来が見える。
日之影が追放されるのは妥当だ。
俺の追放は愚かとしか言いようがない。
湊のスキルだっていくらでも使い道が想像できる。
特権階級に居座ってるせいで、容姿の価値を感じられないほど感覚が麻痺しているのだろうか?
「じゃっ、おっ先~♪」
追放を言い渡された湊は喜んで王宮を飛び出していった。
パパ活慣れした湊なら、この先の生活も困らないだろう。
性欲に飢えたおっさんどもを手玉に取ればいいだけだ。
しかも彼女の得た≪メイクアップ≫があれば、ある程度の年齢が過ぎても女を武器にできると考えられる。
クラスメイトの中で、一番上手く立ち回れそうなのは彼女だ。
「ほら、お前たちもさっさと行かんか」
大臣は俺と日之影にもさっさと出ていくよう促す。
「住居や仕事を得るまでの支援は?」
俺はそんな大臣に対し、支援を求めた。
追放対象だろうと、このくらいは要求する権利があるだろう。
「はっ、役立たずを支援する意味などない」
勝手に召喚しておいて、役立たず扱いか。
さらには社会保障どころか、仕事に就くまでの支援さえも与えない。
どうせ殺さずに追放するのも、後片付けする手間がかかるからだろう。
あまりにも終わっている。
「ふざけんな!」
大臣の横暴に声を荒げたのは日之影だ。
「勝手に呼び出しておいて、何が役立たずだよ! お前の頭こそ役立たずだよ!」
日之影は高校でも普段ほとんど喋らない。
そんな彼が権力に臆せず強い言葉を浴びせたことに皆が驚いていた。
これが彼のスキル≪論破≫なのだろうか?
もっとも論破はしていないが……
「指導する価値すらないやつが吠えるな。さもなくばこの場で処刑だぞ!」
「死ね!」
日之影は大臣の警告も聞かず、感情任せに暴言を吐いた。
その時、雷を帯びた鞭が日之影を襲った。
「ぎゃああああ」
彼を襲ったのは生徒会長の音無だ。
どうやら彼女はもう会得したスキルを使いこなせるようだ。
しかもきっちりと痛みを与えておきながら、命を奪わないよう調整できている。
順応するのがあまりにも早すぎる。
「日之影さん。あなたの悪態が私たち全員の立場を悪くするかもしれないと理解していますか?」
「無一文で追放されそうだってときに、他人の心配なんかするわけねーだろ!」
「要は自分本位ってことですね。それでいてよく彼らを責められますね」
「召喚した時点でこいつらに責任があるんだ! 当たり前だろ!」
「無責任なのはあなたも同じだと言っているのです!」
音無は追放を免れた生徒の立場を優先するべく、日之影を切り捨てようとしていた。
その判断が間違っているとは思えない。
だが、立場の弱い人間に追い打ちをかけるこの女はやはり不快だ。
「はははははっ!」
「がははははっ!」
二人の口論を見ていた近衛兵たちは、日之影を蔑むように笑う。
「ハズレスキル持ちのうち二人は乞食かよ」
「追放を決めた大臣の目利きはさすがっすわ」
どうやら嘲笑の対象には俺も含まれていたようだ。
彼らが笑いだすと、クラスメイトの数名も笑い出した。
「いつも下を向いてる根暗な日之影には、妥当な判断だと思うわ」
「分かるわ!」
「転移しないまま暮らせてたとしても、将来は絶対ナマポニートだもんな」
「だよなー」
散々な言われようだが、日之影に対する評価は俺も同意見だった。
彼は根暗で成績も悪い。
その割に自己主張が強く、些細なことでトラブルを起こす。
典型的な社会不適合者だ。
その片鱗は彼が会得したスキル≪論破≫にも表れていた。
クラスメイトたちが会得したスキルは、各々の願望に基づいている節がある。
完璧でありたい音無、魅力的でありたい湊、不労所得で暮らしたい俺。
実に分かりやすい。
日之影の≪論破≫も口喧嘩に勝ちたい彼の願望だろう。
しょうもない願望だ。
口喧嘩に勝てたところで、暴力で解決されたらどうしようもない。
大学生になれば単位を不可に、社会人ならば解雇されてもおかしくない。
そんなことも分からずに舌戦無双の願望を抱いていたとしか思えない。
「佐伯さん、あなたも同じです」
音無は俺も日之影と同様に主張する権利がないと言い切った。
「成長を放棄して不労所得の夢に甘えた結果です。反省して一から努力したらどうですか?」
「黙れ、お前に説教される筋合いはない」
上から目線の冷酷な努力崇拝者。
独善的かつ自分の価値基準で善悪を決めてしまう自己責任論者。
弱者どころか普通の人々でさえ、まるで見えていない。
それが天才と称えられながらも、多数のクラスメイトに嫌われる音無 心菜という女だ。
「佐伯のスキルって不労所得に関するものなのか?」
「初めて知ったわ」
「コスパ、タイパばっか気にする佐伯らしいっちゃらしいよな」
「あー、俺もそう思うわ。佐伯って人付き合い悪いしな」
「ははははっ!」
何人かのクラスメイトは俺も嘲笑し出した。
影響力のある人間に便乗する醜いモブのようだ。
そもそも追放を免れたことを勝利と確信するバカどもの言動は理解に苦しむ。
捨て駒にされる可能性を考えていないのだろうか?
家臣をまともにコントロールできないノンデリ国王。
前例がないだけでハズレスキルと決めつけた大臣。
これから手を結ぶ相手に傲慢な態度を取る近衛兵たち。
自分の基準でしか価値判断できない音無。
論破で人生逆転が狙えると勘違いしていた日之影。
自分たちが安全な立場にいると勘違いしているクラスメイトたち。
どいつもこいつもバカばっかだ。
追放されたことを喜んでいた湊が一番賢く思えるよ。
……あいつの定期試験はいつもワースト5位以内だったけどな。




