第18話:win-winの関係(笑)
イグナシオの店を出た俺は人通りの多い広間へ向かう途中、頭の中にある不安がよぎっていた。
「商売に≪鑑定≫を使えば、目を付けられるかもしれない。エスネアはそのことをどう思う?」
普通なら使用素材やその組み合わせによって、強度や性質のロジックを説明できる。
しかし、思念ダンジョン経由のアイテムはその常識が通用しない。
結果として、その価値は売り手の信頼度に大きく依存する。
≪鑑定≫は、その大事な信頼を簡単に獲得できる。
目を付けられるには、十分過ぎる理由だ。
「個人的な取引なら大丈夫だよ」
「どうしてだ?」
「相場に影響しないもん」
競合商品の市場価値を下げなければ目を付けられにくい。
その理屈は理解できるが、何で断言できるんだ?
「スキルそのものへの妬みで、目を付けられることは?」
「それは滅多にないよ。みんなそれぞれ得意不得意はあるんだし、一々気にしてたらキリがないもん」
この世界の人々は、スキルの認識が努力で身に付けた技能と同じ扱いなんだな。
それならば心配はいらないか。
「あっ!」
広間に足を踏み入れた時、エスネアは何かに気づいたようだ。
「どうした?」
「噴水の前に仮面を付けてる人がいるよ」
「それがどうかしたのか?」
「あの人なら買ってくれるんじゃない?」
「ああ、なるほど。話しかけてみるか」
すでに仮面を付けている人間なら、仮面だからいらないと判断することはない。
しかも市場に流通している仮面の大半は、俺の手元にあるものより低品質だ。
それならば、買ってくれる可能性は高い。
「すみません。少しよろしいでしょうか?」
「ん、何だい?」
俺は噴水の前にいた小柄な男に話しかけた。
「この仮面に興味ありませんか?」
「初めて見る仮面だな」
「思念ダンジョンで手に入れたものなんで……」
「ああ、だからこんなところで営業してるのか」
「まあ、そういうことです」
初めての路上営業だ。
慣れないことだけにどうしても緊張する。
「≪鑑定≫できる商人の保証書とか持ってる?」
あっ、これは購入希望のサインだ。
逃すわけにはいかない。
「保証書はありませんが、こちらの彼女が≪鑑定≫できます」
……というか、≪鑑定≫結果の担保ビジネスなんてものまであるんだな。
「おお、それなら早速見せてくれ」
「はーい」
俺に代わって返事をしたエスネアは、仮面の≪鑑定≫結果を小柄な男に情報共有した。
「おお、これは良い品じゃないか。いくらで売ってくれるんだい?」
よし、食いつきはバッチリだ。
「18万ゼビーでお売りしようと思っているのですが、どうでしょうか?」
「もちろん買わせてもらうよ」
「ありがとうございます」
まさか最初の1回で取引が成立するとはな。
幸先の良いスタートだ。
これで俺の価格設定がぼったくりではないと確信できた。
この調子でもう一つの仮面を売り捌いてしまおう。
そう意気込んだものの、取引がスムーズに成立したのは最初だけだった。
「仮面はいらないかなー」
「高すぎる」
「思念ダンジョンのアイテムは気持ち悪いからパス」
「キャッチセールスはお断り」
「彼女がいなければ、付き合おうと思ったのに」
「おじさんはもう怪盗ごっこする歳じゃないんだよ」
イグナシオから聞いた通り、やはり仮面の需要は少ない。
思念ダンジョン経由のアイテムであることが、さらにその需要を減らしていた。
隙間市場なら簡単に稼げると思ったが、現実はそう甘くはないようだ。
「あっはっはっは」
俺が営業を続けていると、聞き覚えのある笑い声が耳に入ってきた。
転移した初日に俺の追放を笑っていた近衛兵の男だ。
「生き延びていたのは立派なことだが、未だにスキルを使いこなせないんだな」
「ははは……」
俺は近衛兵の態度に合わせて、卑屈な笑みを浮かべた。
≪ロイヤリティ契約≫が何なのかも分からないこの近衛兵は、当然俺のスキルのことだって見当も付かないはずだ。
楽して暮らしたい怠惰な願望の顕れ。
音無の言い放ったその言葉だけで判断し、営業に勤しむ俺を笑ったのだろう。
「何この人!」
「あまり気にするな」
「佐伯くん……」
エスネアは俺のことをバカにする近衛兵に腹を立てていた。
気持ちは嬉しいが、今は抑えてほしい。
俺としてはこうした態度でいてくれたほうが助かるんだ。
「俺としては早くスキルを使いこなしたいんで、契約の許可をしてくれませんか?」
……変な言い回しだと思う。
ただ、俺の≪ロイヤリティ契約≫を発動させるためには、契約の許可を得る必要があるんだ。
俺の稚拙な語彙力では、この表現が精一杯だ。
「俺様にそんな暇はねぇよ! そっちの生意気なガキに頼めばいいだろ?」
「強い人が相手じゃないと、発動しないっぽいんです」
頭の悪い相手だ。
適当に煽てておけば、心を揺さぶれるだろう。
「ほう!」
近衛兵の男は満足そうに笑う。
実に分かりやすい。
とはいえ、まだ許可を出す雰囲気ではなさそうだ。
「許可をしてくれたら、5万ゼビーは払いますよ」
「あっはっはっ、面白ぇ! まずは金を寄こしな!」
金を受け取ることは、許可することと同義だ。
受け取った瞬間に契約を結んでやろう。
「はい、これでいいですか?」
「おう受け取ったぜ! んじゃ酒でも飲んでくるわ」
金を受け取った瞬間、対価を一切払うことなく立ち去るつもりか。
それに悪びれる様子もない。
あまりにもクズ過ぎて清々しいよ。
でもそのおかげで、俺は罪悪感ゼロでお前から搾取できるよ!
≪ロイヤリティ契約≫発動!
弾かれた感覚はない。
これで契約は結ばれたはずだ。
とはいえ、このまま何も反応しないのはさすがに怪しまれる。
金だけ盗られた可哀想な少年を演じておくか。
「あぁっ、ちょっと待ってください」
「あっはっはっは、許可を出せばいいんだろ? ほら、出してやったぞ。じゃあな!」
近衛兵は笑いながら、俺の傍から離れていく。
正式な許可を出してくれるとは、全く都合の良いバカだ。
これならばさっき発動した≪ロイヤリティ契約≫が仮に失敗していたとしても、再度近づけば確実に結べる。
全く笑えてくるよ。
お互い気持ちよく笑えるなんて、win-winの関係(笑)だな。
「エスネア、契約はできてるか?」
「うん。バッチリだよ!」
エスネアに確認してから気づいたよ。
自分のステータスを覗けば、現在の契約数が確認できるんだ。
わざわざ彼女に頼る必要はなかった。
……というか、最近は自分のステータスを全然確認してなかったな。
しかも数日前に2度目の養殖(レベル上げ)依頼を発注していた。
またレベルが大幅に上がっていることは間違いない。
久々に確認しておくか。
名前:佐伯 豊
レベル:74
HP:668 / 668
MP:1560 / 1560
力:20
防御:139
魔力:251
魔法防御:146
素早さ:70
ユニークスキル≪ロイヤリティ契約≫
成長補正・追加効果
ロイヤリティ契約(生命・物質)
契約解除(遠隔)
還元率調整
還元要素調整
最大同時契約数:32
※現契約数:2
最大還元率:18%
状態:普通
所持金:134,450ゼビー
次のレベルまでに必要な経験値:8,123,841
追加スキルは増えてないが、最大還元率は18%まで増加した。
仮にあの近衛兵が月収100万ゼビーだとすれば、俺には毎月18万ゼビー入ってくることになる。
あの様子なら、俺の≪ロイヤリティ契約≫に勘づく可能性はかなり低い。
あっはっはっはっはっ!
一生搾取してやるから、これからも王宮のクズ仲間と一緒にお仕事を頑張ってくれ!
今後俺はエスネアと仲良く、遊んで暮らすつもりだけどな!




