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異世界ロイヤリティ ~バカどもから搾取したお金で、俺は人生楽しませてもらいます~  作者: ファイアス
第2章:収入インフラを整えていく

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第16話:強いリーダーは『正義』を一蹴する

 幻獣の落とした鍵は、207号室の鍵穴にぴったりと嵌まった。

 俺は差し込んだ鍵を反時計回りに捻る。

 すると、カチッという音と共にロックが解除された。


「あれ、誰もいないじゃん」


 湊は疑問を口にする。


「まだ姿を見せてないだけだ」


 日之影の思念ダンジョンだって、最初からダンジョンマスターが姿を見せることはなかったんだ。

 別に驚くことではない。


「九条くん、君は下手に自分の考えを振りかざさないほうがいい」

「分かりました……」

「君は手足を自分で動かせるし、言葉のやりとりだってできる。恵まれてるんだよ」

「そうなんですか?」


 室内に響く声は、過去に体験した九条の記憶だろう。

 元々入居者の一人でもあった九条は、この施設で周囲に合わせることを学んだようだ。


「なにこれ?」


 湊は室内に響き渡る声に困惑していた。


「あの、僕をここで働かせてください。お世話になった皆さんの役に立ちたいんです」

「どうして急に?」

「僕はみんなと分かり合えるようになりたいんです」

「君のように賢い子ばかりじゃないんだ。言葉で理解してもらうのは難しいよ」

「でも……」


 九条は暴力で押さえつけられる人々が可哀想と思ったのだろう。

 その想いが平然と他者に主張を押し付ける偽善者へと変えてしまったようだ。


「佐伯くん、今からだって遅くない」


 過去の九条の声とは違う。

 どうやら直接俺に話しかけてきたようだ。


「自分勝手な主張はやめて、みんなと手を取り合うんだ」

「死ね!」


 九条は何を言っても、同じ主張を繰り返す。

 それは昨日学んだことだ。

 だから、俺は開口一番に「死ね」と言い放った。


「暴言を吐くだけじゃ何も変わらないよ」


 ダンジョン化しても、上から目線で説教するのか。

 どこまでも腹立つ男だ。


「私は君のことを知らない。でも、もう聞いてるだけで大っ嫌いになってる」

「それは君がまだ子供だからだ」

「子供扱いしないで!」


 エスネアは九条の地雷を踏むどころか、逆に踏み抜かれていた。

 相性は最悪としか思えない。


「エスネア、落ち着いてくれ」


 俺はエスネアを後ろからぎゅっと抱きしめた。


「佐伯くん……」

「対話は俺たちに任せてくれ」

「でも……」


 エスネアは俺が浅層で九条のことを話しただけで、トラウマがフラッシュバックしたんだ。

 そんな彼女に九条の思念体と対話させるべきではない。


「俺たちがド素人なのは分かっている。でも九条を怒らせるなら、俺たちのほうが適任だ」

「アタシたちはこいつを知ってるしね」


 湊も九条がここにいると理解したようだ。


「そうだね。愛華さん、お願い」


 ……何でさらっと、湊を名指ししてるんだよ!

 俺よりも湊のほうが適任なのは分かるよ。

 けど、この流れで俺を戦力外扱いするのは酷くないか?


「ほいほーい」


 軽い返事をした湊は、姿の見えない九条と対話しようと前に出た。


「あんたさぁ、何でダンジョン化したの?」

「ダンジョン化? 湊さんは何のことを言ってるんだい?」


 どうやら九条は自分がダンジョン化したことに気づいていないようだ。


「昨日のトラブルが原因かもな」

「トラブル?」

「ああ……」


 俺は昨日の昼、九条とトラブルになったことを湊に説明した。


「へぇ、そうなんだ」

「佐伯くん。あの時蹴られたのは痛かったよ」


 九条も俺に顔面を蹴られたことは覚えているんだな。


「じゃあ九条ってさ、音無に見限られたのがショックだったの?」

「見限られたからじゃない。活動に参加できなくなったからだよ。僕はみんなで元の世界に帰ろうと、頑張っていただけなのに!」


 見限られたから、活動に参加することを禁止されたんだ。

 同じことだろ。


「ふーん、何であんた自身がリーダーになろうとは思わなかったの?」

「みんな音無さんを中心にまとまっているんだ。それなのに僕のエゴでグループを分断するわけにはいかないよ」

「自分自身よりも調和が大事なんだ?」

「そうは言ってないよ。僕は自分自身のためにも調和を大事にしてるんだ」


 自分を押し殺して社会に迎合することを、九条は生き抜く手段と考えている。

 だからどちらが大事という話ではないのだろう。


「湊さんは九条の言ってることを理解できてる?」

「全然」


 やっぱり分かるわけないよな。


「あいつの言ってることは──」


 俺は九条の主張を翻訳する形で湊に伝えた。


「つっまんねぇ生き方してんな」


 全くもって同意だ。

 とはいえ、その程度が違うだけで、人は何かしら社会に合わせて生きている。

 だから九条の生き方だって、間違っているとは思わない。

 間違っているのは、その価値観を平然と他者に押し付ける姿勢だ。


「でさぁ、あんたは音無が調和を守ってると思う?」

「思ってないよ……」


 悔しそうな口ぶりで返した九条は、音無を認めたくないように思えた。


「お前、本当は音無が嫌いだろ?」


 俺は率直に質問した。


「ああ、大嫌いさ」

「はははははっ、お前の本心がやっと分かったよ」


 どれだけ反感を買おうと、実力や権威、そして弁舌で周囲を黙らせる人間は一定数存在する。

 音無もそんな強いリーダーの一人だ。

 一方の九条は多数派が正義であり、少数派は自我を殺して迎合すべきだと妄信している。

 力こそ正義に等しい価値観の音無と噛み合うはずもない。


 自分の信仰する正義と対極にいる成功者の卵──九条はそんな音無が許せないのだろう。

 しかも九条は昨日、その音無に無能な役立たずとして見限られている。

 そんなやるせなさが彼をダンジョン化させたのだろう。


「あんたが音無を嫌いなのって、弱者の自覚があるからじゃないの?」

「そうかもしれない」


 九条は湊の指摘を素直に認めた。


「でもね、弱いからこそみんなで手を取り合うんだ。それが僕たちにできる生き方だよ」


 その『弱い』に俺たちを巻き込むな。


「どこが手を取り合ってるの? 押し付けてるだけじゃん! そもそも九条ってさ、実力もカリスマ性もなくなった音無みたいなもんだよね!」


 畳み掛けるように批判した湊は、九条に反論の機会すら与えようとしない。

 言葉の圧で言い負かすつもりだ。

 自らの主張を認めさせようとする俺には、なかなか真似できそうにない。


「違う! 僕はそうじゃない!」

「音無と違うのは、言い回しを綺麗に取り繕ってるだけだよ」

「そんなことはない!」

「アンタみたいな弱い独裁者だったら、みんな音無みたいな強い独裁者の味方するよね~」


 しかも湊は音無の優位性に論点をすり替えて、まともに取り合おうともしない。

 これが会話の通じない相手に対する模範解答か。

 会話しないことの大切さを学ばされるよ。


「違う、僕はそうじゃない!」


 湊の口撃に耐え切れなくなった九条が、ついにダンジョンマスターとして姿を現した。

 日之影の時とは違い、九条のまとうオーラは白く輝いている。

 救い手としての自認がオーラの色となって現れたのだろう。


「湊 愛華、僕をあの人と一緒にするなんて……」

「一緒にしてないよ。ただの劣化版って言っただけ!」

「認めない! ぜーったいに認めないっ!」


 態度を一変させた九条は、周囲に光の球を浮かべた。

 湊を攻撃しようとしているのは明らかだ。


「僕は一方的に人を切り捨てない。僕は音無みたいに冷酷な人間じゃない!」

「くっ……」


 俺は湊の前に立ち、九条の放った光の球を身体で受け切った。

 耐えられないほどの痛みではないが、その威力は今まで遭遇した幻獣とは比べ物にならない。

 もし湊を庇っていなかったら、彼女の命は危なかっただろう。


「水島くんの死を笑った佐伯くんが、どうしてこの女を庇うんだ! 君は他人のことなんてどうでもいいんだろう?」

「0か100かで考えるな。俺だって必要に応じて、協力するんだよ」

「分からない。僕は何もかもが分からないよ!」

「そんなことも分からないお前は音無の劣化版ですらない。ただの欠陥品だ」


 音無は冷酷な実力主義者だが、相手の主張を捻じ曲げることはない。

 もちろん0か100かで考えることもない。

 もはや比べること自体が、音無に失礼としか思えない。


「君さえも音無さんの味方をするのか!」

「俺がいつ音無さんの味方をしたんだ?」


 今度は敵だ味方だと言い始めたか。

 やはりこいつの脳みそは0か100かでしか考えられない欠陥品だ。


「だって君は!」


 九条は今にも泣き出しそうな声で言葉を発すると、彼の周囲には再び光の球体が現れた。

 そのサイズは先程より大きく、数もずっと多い。

 さすがにこれは俺も耐えられないかもしれない。

 だが、その球体が放たれることはなかった。


「私もいるんだよっ!」

「ぐぅっ……!」


 エスネアの槍が九条の右肩を貫く。

 それと同時に、宙に浮いていた光の球体は消滅した。

 魔力による制御を失ったためだろう。


「佐伯くんのクラスメイトって、みんな思念体になると私が見えなくなるの?」

「たまたまだろ」


 そういえば日之影も、エスネアのことを無視してたな……


「じゃっ、アタシはこっちの腕をやるよ」

「ぐぐっ……」


 今度は湊の槍が九条の左肩を貫いた。

 この状況では、もう何もできまい。


 しかし、思いも寄らない事態が発生した。

 ジュクジュクと気持ち悪い音を立てながら、九条の肩が再生したのだ。


「再生するんだ」


 過去にもエスネアは肉体が再生するダンジョンマスターを見たのだろうか?

 あまりにもリアクションが薄い。

 彼女は無言で再生した腕を再び貫き、さらには腹部にも一撃加えた。

 無限には再生できないと踏んでいるようだ。


「愛華さんもやっちゃって」

「分かった」


 エスネアは湊にも応戦を呼びかけ、九条の身体を何度も貫いた。

 だが、何十回と貫かれても九条の再生力は衰えない。

 一方で二人が槍で突き刺す度に肉塊が穂先に付着し、殺傷力が落ちていた。

 しかも二人の疲労はどんどん蓄積されていく。

 このままでは形勢逆転されてもおかしくはない。


 この状況なら、手の空いている俺が弱点を探し出すべきだ。

 両腕、両足、両肩、心臓、腹部、耳、目、頭。

 いずれもすでに一度は貫いている。

 ならば──


「エスネア、九条の舌を狙ってくれ!」


 九条はどうしてあれだけしつこく説得を繰り返したのか?

 それは自分の言葉で、俺をコントロールできると信じていたからだ。

 その言葉を発する舌を潰されたら、九条は何もできなくなっていただろう。

 思念体が相手であっても、舌を潰されたら何か変わるかもしれない。

 そう思って、俺はエスネアに指示した。


「えっ……」


 しかし、エスネアは俺の指示に戸惑うだけだった。

 思念ダンジョンの攻略経験が豊富な彼女は、どうにも自分の勘を優先しているように見える。

 固定観念に縛られ、柔軟な対応ができなくなっていると言い換えてもいい。


「じゃあアタシがやる!」


 湊はエスネアの代わりに俺の指示を遂行すべく、九条の口内に思いっきり槍を投げ入れた。


「ごあっ、あぐぐぐぐぐぐっ……」


 口に槍を投げ込まれた九条は、肉体の再生速度が急激に衰えた。

 どうやら俺の読みは正しかったらしい。

 九条は後方へ下がり逃げようとするが、ここは入り口が一つしかない密室だ。

 もはや逃げ場はない。


「君は正義じゃない。傲慢な貴族と同じだよっ!」


 今度はエスネアの槍が九条の舌を貫いた。

 完全に動きの止まった九条は、そのまま塵へと還っていった。

 そして九条の立っていた場所には、ダンジョンの核であるコアが残された。


「やっと終わったよ……」

「はぁ、ほんと疲れた」


 思念ダンジョンに慣れない湊が疲れるのは仕方ない。

 ただ、エスネアの疲労には少し不安を覚える。

 精神的な消耗に思えたからだ。


「大丈夫か?」

「うん、ごめんね」

「何で謝るんだ?」

「だって……」


 エスネアは俺に身体を寄せながら、涙ぐんでいた。

 思念ダンジョン攻略の熟練者でありながら、二度も対応を誤ったことに罪悪感を抱いているのだろう。


「今回はたまたま俺の判断が正しかっただけだ」


 エスネアが間違っていたのは、自分の勘を信じたことじゃない。

 固定観念に囚われていただけだ。

 だから自分の勘を疑う必要はない。


「コアは確保した。帰ってゆっくり休もう」


 二人は俺の言葉に頷く。

 それから数分後、九条の思念ダンジョンは消失した。

 思念ダンジョンから放出された俺たちは、教会付近で尻餅をついていた。

 幸い、周囲には誰もいない。

 変な目で見られることはなさそうだ。


「いーったたたた、なにこれ……」


 湊が痛みで苦しそうな声を上げる。

 思念ダンジョンに滞在していた負荷が、今になって襲い掛かってきたためだ。


「あの空間に滞在していた負荷だ。そのうち慣れる」


 ……俺もまだ慣れてないけどな。


「まーじで歩けそうにないんだけど……」

「だったら、ここで少し休んでから帰ろう」


 もう急ぐ必要はないんだ。

 ゆっくりと帰ればいい。


 俺たちは湊の回復を待ってから、エスネアの家まで戻った。

 二人はシャワーを浴びると、それぞれベッドで横になった。


「湊さーん」


 湊は勝手に俺のベッドを占領している。

 元々勝手に転がり込んできた湊には、きちんとした寝床が用意されていない。

 その結果がこれだ。


「おーい」


 返事はない。

 もう熟睡しているのだろうか?


「佐伯くーん」


 隣の部屋からエスネアの声が聞こえた。


「ベッドが空いてないんだよね?」

「ああ」

「じゃあ私と一緒に寝てくれる?」

「そうしようか」


 俺はエスネアの誘いに乗って、彼女の隣に潜り込んだ。

 エスネアの隣で横になるのは狭いけれども心地良い。

 目を閉じても彼女の体温が身体を伝ってくるのを感じる。

 朝まで一緒に休もう。


 ……

 …………

 ………………


 いや、やっぱダメだ。

 このシチュエーションは最高だと思うよ。

 でも狭いし、眠るのに適した環境とは程遠い。

 明日は二人が目覚めたら、昼までもう一眠りする方向で考えておこう……

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