第15話:隔離された福祉施設の闇
湊とエスネアは手当たり次第に幻獣たちを処理して回っている。
攻撃行動すらしてこない相手だけに、傍から見ればただの虐殺にしか見えない。
「愛華さん、体力大丈夫?」
「ちょっと疲れてきたけど、まだへーき」
それでも身体を動かし、敵を倒しているのだ。
疲れないはずがない。
シャッターの閉まった家。
空き家にしか見えないボロボロの家。
この辺りはもうそんな建物ばっかりだ。
こんな場所に何があるというのか?
行き先を間違えていないかと不安になるよ。
「あっ、また仮面が落ちたよ」
湊は幻獣の落とした仮面を拾うと、俺の胸元のポケットに突っ込んだ。
俺が管理するのは構わないが、せめて確認くらい取れよ!
「エスネア、念のためこれも≪鑑定≫してくれないか?」
「いいよ」
少し前に拾った仮面と同じものだろう。
それでも俺は念のため、エスネアに≪鑑定≫してもらうことにした。
名前:信念の仮面
分類:仮面
防御力:16
使用制限レベル:7
所有者:湊 愛華
耐久度:100
耐性効果:混乱無効 狂化無効
属性耐性:なし
改造効果:なし
付与効果:なし
備考:なし
やはり同じ仮面のようだ。
だが、防御性能が若干低いのはなぜだろう?
「さっき拾ったものよりも防御力が低いのは何でだ?」
「品質の差だと思うよ」
「なるほど」
エスネアによれば、同じ装備でも性能にばらつきがあるのは当たり前らしい。
なんというか、そこら辺はゲームっぽくないんだな。
俺は仮面を内ポケットに仕舞い込み、T字路を右に曲がった。
するとそこには、これまでにない挙動をする幻獣がいた。
仮面の天使たちはこれまでと変わらず、地を這うゾンビに仮面を付けようとしていた。
しかし、ゾンビたちはその仮面を拒んで這い続けたのだ。
ゾンビたちは仮面を拒絶した数メートル先で用水路に転落。
そして次々と流されていった。
救いを拒んだ者は自滅への道を辿る。
そんな九条の歪んだ思想が、幻獣の動作に現れたとしか思えない。
「どこまでも傲慢だな」
「うん、すっごい不快。さっさと倒そう」
エスネアは地を這うゾンビたちの進路を阻み、片っ端から串刺しにしていった。
経験値を用水路に流させまいとするかのような対応だった。
だが、そんなエスネアを一本の矢が襲った。
「危ない!」
俺は慌てて前に出た。
代わりに俺が矢を受けてしまったが、痛みは全く感じない。
どうやら大した攻撃ではなかったようだ。
「佐伯くん、どうしたの?」
「あそこを見てくれ」
俺は電柱の上に立つ仮面の天使を指差した。
あの天使がエスネアを狙ったのだ。
俺が敵の存在を伝えると、エスネアは大きく飛び跳ねて一瞬で仕留めた。
とんでもない跳躍力だ。
「怪我は大丈夫?」
「ああ、威力はかなり低かったらしい」
とはいえ、俺の防御力はエスネアを上回っている。
そのため、俺が無傷で済んでもエスネアが平気でいられるとは限らない。
ならば肉壁担当として、引き続き彼女たちを守るべきだろう。
「何で急に攻撃してきたんだろ?」
エスネアは戸惑う。
「単純に役割が違うんだろ。今まで遭遇した天使は弓を持っていなかったしな」
「あ、そうなんだ」
弓の有無に気づいてなかったのか……
「奥にもまだいるじゃん。だっる……」
「全くだな」
湊も弓を持った天使がまだ複数いることに気づいたようだ。
しかもその天使たちは、みんな電柱の上に立っている。
当然攻撃は届きにくい。
エスネアの跳躍力なら対応できるとはいえ、雑魚相手にそんな労力を割く価値はない。
ここは無視したほうがいいだろう。
「目標地点まで突っ切ろう」
俺は二人に提案した。
「そうしよう」
「んじゃいこっか」
二人は俺の提案に同意し、道中の幻獣たちをひたすら無視して突き進んだ。
電柱の上からは弓矢が降り注ぐ。
しかし、当たる心配はなさそうだ。
電柱上の天使たちは狙いを定めてから、攻撃するまでが遅すぎる。
前に向かって走っている限り、矢が直撃することはありえない。
「佐伯くん、ダンジョンマスターはあの建物の中にいるよ」
「みたいだな」
これだけ景色が歪んでいれば、素人の俺だって分かる。
九条がいるのは、間違いなくこの施設の中だ。
「この施設だけ最近建てられたように見えるな」
「分析は後にして早く入ろうよ。まだ弓矢が飛んでくるし」
「それもそうだな」
俺たちは正面の自動ドアから、施設の内部へと足を踏み入れた。
これでもう高所からの弓矢を心配する必要はない。
施設の内部に入ると、すぐさま地を這うゾンビたちが俺たちのもとへと向かってきた。
これまでのゾンビと違って、明確な敵意を持っている。
しかもそれだけじゃない。
このゾンビたちは仮面を付けていながら、天使へと変化する様子がないのだ。
「愛華さん、準備はいい?」
「おっけー」
エスネアと湊は近寄ってきたゾンビたちをサクッと片づけた。
これまでのゾンビと同様、動きは鈍く大したことはないようだ。
「あっ、新しい幻獣がいるよ」
ゾンビの群れを倒したエスネアは、奥にこれまでとは違う幻獣がいたことに気づいた。
「今度は悪魔か」
頭部から生えた二本の角に、コウモリのような翼。
さらに紫色の肌をしたその姿は、まさに悪魔そのものだった。
エスネアの発見した悪魔は、俺たちの気配を察知すると鞭を手に取り襲い掛かってきた。
とはいえ、その戦闘能力はこれまでの幻獣と大差はない。
悪魔はあっさりと返り討ちに遭い、塵となって消えた。
「まだいっぱいいるみたいだね」
施設内には同じ姿をした悪魔がたくさんいた。
これまでの幻獣と同様、無数にいる雑魚枠のようだ。
「今度はゾンビを虐めてるんだ」
「みたいだな」
湊が見つけたのは、ゾンビを笑いながら踏みつける悪魔だ。
しかもそうした悪魔は複数確認された。
これも何らかのメッセージを発信したつもりなのだろう。
「この悪魔も九条って人の本性なのかな?」
エスネアは俺たちに問いかける。
「それはないだろう」
「アタシもそう思う」
「もし九条の本心だったら、同じことを天使の姿でやってると思うんだ」
「あー、わかる!」
湊は俺の意見に同調する。
「悪魔たちはこの施設の職員だと思う」
「じゃあここのゾンビたちは?」
「この福祉施設に入居した重度の障害者だ」
俺の仮説が正しいかどうかは分からない。
ただ、その確率はかなり高いと思う。
まず一つ目の理由は、この施設が建てられた場所だ。
この施設は最近建てられたと思われるが、周辺はゴーストタウンと化している。
なら何でそんな場所に建てられたのか?
その答えは隔離施設として、世間の目を遠ざけるためだ。
二つ目の理由は施設内部で襲ってきた仮面のゾンビの存在だ。
自我を殺して周囲に従っても、救われるとは思えない。
九条の中でそう映った重度障害者が、仮面のゾンビたちなのだろう。
そして三つ目がここの悪魔たちだ。
悪魔は施設の中にしかいない。
すなわち施設の関係者。
それも暴力でしか入居者に対応できなかった職員と捉えるのが妥当だろう。
俺はそれらの仮説を二人に説明した。
「あーっ、絶対それだよ! だってあいつのやってたボランティアって障害者福祉じゃん」
「ああ、だからその結論に至った」
「私はよく分からないけど、なんとなく正しい気がするよ」
エスネアがイマイチ納得できないのは、弱者を保護する文化がこの世界にはないためだろう。
理解できないのは仕方がない。
「うわぁ、な、なにアレ? あり得ないんだけど……」
二階に続く階段を登った先にいたのは、ゾンビを捕食する悪魔の姿だった。
その様子を見た湊は、恐怖にも近い嫌悪感を示していた。
「性的搾取じゃないのか?」
「あー、なんとなく想像がつくかも」
判断力が欠如した若い女は、性的搾取の対象となりやすい。
もし仮に施設全体が腐敗していたなら、そうした行為が繰り返し行われていても不思議ではない。
エスネアと湊は捕食していた悪魔に攻撃を仕掛けた。
心臓を貫かれた悪魔はすぐに絶命し、消えていった。
「また何か落としたよ」
湊は悪魔の落としたアイテムを拾うと、迷わず俺に手渡した。
どの道≪鑑定≫するんだから、まずはエスネアに見せろよ……
「エスネア、これを≪鑑定≫してくれ」
「うん」
名前:207号室の鍵
分類:キーアイテム
所有者:湊 愛華
耐久度:100
備考:なし
「部屋の合鍵か」
九条が待ち構えているのは、おそらくこの部屋だ。
あとは九条さえ倒せば、やっとこの不快な空間から抜け出せる!




