第13話:見限られた偽善者
960ゼビー。
960ゼビー。
1920ゼビー。
ドミーに≪ロイヤリティ契約≫を結ばせた数日後、俺の手元には3回に分けてお金が入ってきた。
契約を結ばせた時の還元率は12%だ。
つまりドミーは8000ゼビーを2回、16000ゼビーを1回手に入れた計算になる。
一日に複数回お金を手に入れた時点で、普通の雇われ仕事で得た収益とは考えにくい。
しかもキリの良い額であり、2回目と3回目には大きく時間が空いている。
自営業の商人なら、もっと小さな収入をたくさん得ているはずだ。
盗人ならもっと金額にブレがあるし、キリの良い数字になるとは思えない。
要はどちらでもない。
ということは……
「ドミーは娼婦のようだな」
「何でそう思うの?」
「アタシも気になるんだけど」
俺はエスネアと湊の二人に、一日に入金された回数と金額から推測した内容を説明した。
「やっぱ佐伯くんって計算早いよね」
エスネア、今の流れで褒めるなら計算力じゃなくて推理力だろ!
「だとしたら、面白いよね」
湊はなぜか面白がっている。
「どこがだ?」
「だって、水商売やってる女がホストやメン地下にハマって搾取される構図だよ。まんま日本と一緒じゃん!」
「ははははっ、そう解釈すると面白いな」
ロジーには多数の女が取り巻いていた。
湊はそんな彼をホストのような存在と位置付けていたようだ。
イケメンだし、あの甘い言葉遣いだ。
湊の解釈はあながち間違っていないように思う。
「ところでさ、今日はどうするの?」
湊は今日の予定をエスネアに訊ねた。
「私は思念ダンジョンを探してくる」
……思念ダンジョンって、そんなによく発生するのか?
「一人で探すの?」
「うん。探すだけなら、一人のほうが早いからね」
「じゃあ、アタシたちはフリーでいい?」
「いいけど、二人でイチャつくのはダメだからね!」
「はーいはい」
雑な返事をした湊は、気にするのもバカらしいという態度だ。
「安心しろ。そんな度胸はない」
からかう目的で迫ってくることはあるかもしれない。
でも俺から行動することはありえない。
「あんたさぁ……」
湊は呆れた口調で言った。
どうやらエスネアの好感度を下げる発言と受け取られたらしい。
「じゃあっ、今日の予定は決まりだね」
エスネアはそう口にすると、速やかに身支度を整えて外に出掛けた。
「佐伯はまた契約相手を探すんでしょ?」
「ああ、そのつもりだ」
「じゃあ、アタシも一人でぶらついてくる」
「分かった」
湊も別行動を取るのか。
今日は静かな一日になりそうだ。
俺は二人が出掛けてから数分後に家を出た。
行き先は特に決めていない。
適当に歩きながら、契約できそうな相手を探せればいい。
「あっ、佐伯くん。元気そうで安心したよ」
屋台が立ち並ぶエリアで昼食を取っていた時、声をかけてきたのはクラスメイトの九条 清だ。
人助けに積極的な彼は、ボランティア活動にもよく参加している。
そんな彼は優しいと言われる一方で、多くの人に避けられている。
善行に勤しむ自分に酔っているからだ。
俺も極力関わりたくない。
「九条か」
「共に追放された二人は元気にしてる?」
「湊さんはピンピンしてるけど、日之影なら死んだよ」
「日之影くんも亡くなってしまったんだね……」
九条の口ぶりからすると、どうやら王宮組も誰か死んだのだろう。
小川がまた暴言を吐いて処刑されたか?
「僕たちのほうでも二人亡くなってしまったんだ」
「誰が死んだんだ?」
「小川さんと、水島くんが処刑されたんだよ……」
小川が処刑されたのは案の定か。
水島が殺されたことだって驚くに値しない。
「はははははっ、俺の追放を笑ってた水島が処刑されたか。今度は俺が笑ってやるよ」
水島 武は追放が決まった俺と日之影を、王宮のクズたちに便乗して嘲笑った最初のクラスメイトだ。
これからどうなるかもろくに想像せず、王宮に残れただけで勝ち誇っていたバカの筆頭。
そんな水島の死には冷笑する以外の感情が湧かなかった。
「それは亡くなったクラスメイトに対する言葉じゃないよ」
あーあ、案の定始まったよ。
そうやってすぐに人としてどうあるべきか押し付けるからこいつは嫌いなんだ。
「人として言っていいことと悪いことがあるよね」
「説教するなら帰れ。飯がまずくなる」
「仲間の死を笑う人に、ご飯を食べる資格はないよ」
「黙れ、偽善者!」
声を荒げた俺に人々の視線が突き刺さる。
それでも後悔はしなかった。
悪いのはこの偽善者だと断言できるからだ。
「佐伯くんは何でいつもそうなんだ。僕は追放された君だって、助けたいと思ってるのに」
俺が声を荒げても、九条は全く折れることがない。
もう衛兵を呼ぶべきだろうか?
「僕たちは今みんなで元の世界に帰ろうと準備を進めている。だから君も一緒に協力するんだ」
「誰がお前なんかに協力するか」
「してくれ」とお願いせず、「するんだ」と強要するその言葉選びにも内面が表れている。
もはや主張の内容以前で、「こいつの言葉だから協力しない」が成立する。
「佐伯くん、僕はもうこれ以上クラスメイトが犠牲になってほしくないんだよ」
「あっそ」
「何でそんな他人事でいられるんだ。君は絶対におかしいよ!」
お前が一方的に自分の願望を押し付けるから、否定しているだけだろ。
「今はみんなで協力する時なんだ。それなのに佐伯くんの態度はあまりにも身勝手だよ」
自分から一方的に正義を押し付けてきた分際で、協力要請を断られたら身勝手だと烙印を押す。
追放された俺は可哀想な存在で、手助けする自分は救世主だと自己陶酔する。
それが九条 清という傲慢な偽善者だ。
ただ、以前話した時はもう少し引き際を弁えていたはずだ。
小川と水島が死んだことで焦っているのだろうか?
「いい加減佐伯くんは──」
「さっさと帰れゴミカス!」
誰か合法的に殺害する方法を教えてくれ。
こいつにはもう早く死んでほしい。
「いい加減にすべきは九条さん、あなたです」
俺が再び声を荒げると、背後から静かな怒りに満ちた声が聞こえてきた。
この声は間違いなく音無だ。
「せ、生徒会長!?」
「あなたは綺麗事を繰り返すことで、佐伯さんの心が動くと思いますか?」
音無は俺の前に立ち、九条を問い詰める。
……まさか、こいつに助けられるとはな。
「もちろんです。もっと心を込めて伝えれば絶対!」
「ああ、確かに動いたよ。九条、お前の思惑とは真逆にな!」
俺は音無に自分の心境を伝えるべく、皮肉を込めて九条を批判した。
「だそうですよ」
「佐伯くんは元の世界に帰れないと諦めてるから、こう言ってるだけです。だから僕は諦めないで一緒に帰る方法を探そうって言ってるんです」
「死ね!」
どれだけ拒絶の意思を示しても、九条は俺を自分にとって都合の良い人物像に置き換える。
そんな相手には、もう適切な言葉を選ぶ価値などない。
何を言われても「死ね」で十分だ。
「話になりません」
音無はスキルを発動させると、辺りに青白い光が次々と現れた。
その光は全て九条へと向けられた。
「ぎゃああああああ!」
九条は激しい悲鳴を上げた後、その場に倒れた。
意識ははっきりしているが、しばらくは立ち上がれないはずだ。
「わーーー!」
「きゃーーーーー!」
悲鳴を上げたのは九条だけではなかった。
音無はあれだけ派手なスキルを使って、九条を苦しめたのだ。
こうなるのも無理はない。
「あの女やべぇぞ」
「偽善者って言われてたあの男も頭おかしいけどさ……」
「あの人たち、全員おかしいわよ」
おい、そこのババアは俺をおかしい奴に含めるな!
「あなたのような無能な働き者は、足を引っ張るだけです。よって、以後あなたは私たちの活動に関わることを禁じます」
無駄に貢献意欲だけはある男だ。
音無の言葉は心に重く突き刺さるだろう。
「はははははっ」
公然の場で裁かれた九条の姿に、俺は笑わずにいられなかった。
「佐伯さんに質問します」
音無に声を掛けられ、俺の興奮は一気に静まった。
下手な回答をしたら、俺も九条と同じ目に遭うかもしれない。
「ああ、構わないが……」
俺はこの女も嫌いだが、今は助けられた身だ。
質問を断るわけにはいかない。
「途中から話を聞かせてもらいましたが、あなたは元の世界に帰る意思がないのですか?」
「ないわけじゃない。ただ、この世界にいられなくなるのは困る」
エスネアを地球に連れていけるのなら、戻れなくてもいいけどな。
「それは彼女ができたからですか?」
「あ、ああ…… えーっと、何で音無さんがそのことを知ってるんだ?」
「太田さんと緋色さんが大声で話していました」
原因はあいつらか。
もっとも自分から伝えたようなものだ。
あいつらに罪はないし、そもそも周知されたところで困ることはない。
「私からはそれだけです」
質問を終えた音無は、周囲の人々には目もくれず去っていった。
「惨めだな」
俺は音無に見限られた九条を見下ろしながら罵った。
「僕は君のためを思って……がはっ!」
俺は横たわる九条の顔面を思いっきり蹴り上げた。
音無にあれだけのことを言われ、活動への関与を禁止されてもこれだ。
もはや化け物としか思えない。
「本当に俺のためを思うなら、契約の許可を出せ」
音無なら俺の契約を見破るかもしれない。
ただ、彼女は今日のトラブルを目撃している。
だから俺が何をしても九条の自己責任と判断し、咎めることはないだろう。
「ごほっ、ごへっ……」
顔面を蹴飛ばしたせいで、上手く言葉を発せないのだな。
こいつはそのほうがいい。
「やめとけよ。あんたまで危ない奴に見られちまうぞ」
九条を蹴飛ばした俺に対し、近くにいた屋台の店主が声をかけてきた。
真っ当な指摘だ。
ここは大人しく引いておこう。
「それもそうですね。失礼しました」
俺は屋台の店主に一礼してから、その場を去ることにした。
今日は何の収穫もない日だった。
それでも、無駄な時間を過ごしたとは思わない。
九条が音無に見限られた原因を作ったのは俺だ。
その事実だけが、自分の中にある『正義感』を満たしていた。




