↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/36

1-6

「こりゃ、……まじでどうなってやがる」


魔物狩りのエキスパート——討伐隊の隊長が、その異様な光景に声を漏らした。


処刑が決まっていた蒼海雫と、部下であった紅瀬朱の逃走。その足跡を追ってきた彼らの前に立ちふさがったのは、五大魔神が一角、山をも飲み込まんとする巨大な大蛇だった。


部下への指示、他部隊への応援要請、本部への状況説明。


この未曾有の混乱の中、隊長の対応は完璧であった。そう、朱が初めから予想していた通りに——。


「ああ、久しいな。久しいぞ、この感覚。なんとも心地よい。……それで、おぬしらか童の封印を解いたのは」


大蛇の黄金の瞳が、朱と、雫の中に潜む魔物を射抜く。


「そうだぜ、見ての通りな。あんたが思っているより、俺は役に立っただろ?」


雫の姿を借りた魔物が不敵に笑う。


「確かに。童が想定したよりも遥かに多くの働きをしてくれたようだ。こうして再び現世に顕現できたのだからな。……うむ、ひと暴れする前に、お主らに褒美を取らせねばな」


巨大な大蛇が朱と魔物に向けて顔を近づけ、問う。


「して、何を欲する?」


「何でも良いのか」


大蛇の鼻息が直接肌に当たるほどの至近距離で、朱は確認した。


「無論。安心せい、契約として対価などもらったりせん。なにせ、これは礼であるからな」


子供を諭すような大蛇の物言いに、朱は深く、静かに深呼吸をして答えた。


「じゃあ——あんたの首、もらうぜ!」


言葉と同時に、朱は大蛇の目玉に向けて攻撃を放った。


あらゆる生物にとって目は弱点だ。むき出しの臓器と呼ばれるほど脆く弱いにもかかわらず、その役割は大きい。


しかし、朱の渾身の攻撃は寸前で弾かれた。


「かっかっかっか! 無駄だ、無駄! そんな敵意をむき出しで童に攻撃が通じると思ったか!」


朱の奇襲はあえなく失敗に終わった。だがその隙に雫の体を安全な場所へ隠しに行っていた魔物が、朱の傍らへと戻ってきて吐き捨てた。


「相変わらず性格最悪だぜ、あんた。初めっからこっちの計画知った上で、あんな報酬出すなんてよ」


「それはお互いさまじゃろうて。……貴様たちこそ、童の封印を解いたのは初めから、童を殺すためじゃろう?」


茶番はここまでだ。互いが互いを明確な敵と認識した上で、言葉を交わす。


「お主らの目的はあの小娘の心臓。つまり、契約の破棄、そうじゃろ?」


「ああ、そうだ。封印を解いて気分が良いとこ悪いが、ここで死んでもらえるか、五大魔神!」


朱の問いに、五大魔神の大蛇は喉を鳴らして笑う。


「くっくっくっ。本気で、本気で童を倒す気か。面白い。貴様らのような小さきものが一体どうやって五大魔神である童を倒すのか、見せてもらおうか」


五大魔神。魔物たちの上位種に位置付けられ、500年前に初代姫巫女によって封印された災害そのもの。


大蛇の尾による凄まじい薙ぎ払いを、朱と魔物は寸前で躱す。


朱は自身の力『マテリアル』を刀として顕現させる。


マテリアルは半固形の特殊物質であり、その形状は使用者の意思によって自在に変化する。盾にもなれば剣にもなる、朱の切り札だ。


そして魔物とタイミングを合わせ、朱は大蛇へ向かって渾身の一撃を叩き込んだ。


しかし、どちらの剣も大蛇のしなやかで強靭な弾力を持つ鱗に阻まれ、逆に尾での反撃を食らって吹き飛ばされる。


「うむ、面妖な技じゃ。そこの人間、その何にでも変化できる物質を操れるのかの。そして、そこの元使い魔風情は童を刀ごときで切れると思ったのか」


朱と魔物は立ち上がり、土を吐き捨てて答える。


「いやなに、いきなり全力ってのも風情がないかと思ってな。まずは試しにと思ったんだが、やはり厳しいか」


「……ほう」


まだ奥の手を隠しているという返答に、大蛇はほくそ笑む。


「構わぬ、構わぬ。貴様らの計画が、準備が、一つずつ無意味であることを教えてやろう」


二人は合図し、再び大蛇目掛けて突き進む。大蛇はそれを捻りつぶすがごとく、巨大な尾を薙ぎ払った。


尾が完全に朱を捉えた。朱は無謀にも先ほどと同様にマテリアルを剣に変え、それを迎え撃つ。


大蛇はそのまま朱をぺしゃんこに潰すつもりだった。しかし、自身の尾に伝わる微かな違和感に、咄嗟に尾を引いた。


一瞬の出来事であったが、大蛇の尾には確かに深い切れ目が入っていた。


「あめぇよッ!」


「っ!?」


切られると予感して戻した尾を、朱と別行動していた魔物の刀が逃さず切り落とした。


「ぐぅっ!」


ズドン、と重く中身の詰まった大蛇の尾が断たれ、地に落ちた。


「なるほど、確かに口だけではないようだ。少なくとも、挑戦権ぐらいは渡してやってもよかろう」


余裕の言葉通り、大蛇の尾は瞬時に再生していく。それを横目に朱は言った。


「せっかくあんたのために用意してきたんだ。あんたはなぜ自身の尾が切られたのかを、知る権利がある」


朱はわずかばかりに更なる力を顕現させる。同時に魔物も妖刀を掲げ、そこへある液体をかける。


「その力……まさかあの女狐のっ! 五大魔神の一角にありながら、童に立てつくとは愚かな……!」


この力は、五大魔神である「あのお方」から今回のために授かったものだ。


「本気で、本気で今、童を倒そうというのか。……いいだろう、お前たちの覚悟は受け取った。少しばかり本気で相手をしてやろう。お前たちを始末し終えたら、まずはあの女狐にお灸を据えてやる必要があるようだしな」


大蛇はそう言い放つと、己の分身体を何体も作り出した。


「さて、童一体の相手も厳しいお前たちに、この状況でどう戦う?」


複数の大蛇に睨みつけられ、魔物が苦笑する。


「さすがに数が多いな。どうすんだ、大将!」


「無論、すべて切り伏せる!」


「言ってくれるな、小童どもがぁ!」


無数の大蛇が二人に向けて襲いかかる。しかし朱たちは、それを本当にすべて斬ってみせた。


「ほう、まさかここまでとは。分体は数を増やせばその分個体の能力は落ちる。とはいえ童の分体じゃ。一匹倒すだけでも苦労するじゃろうてと思うたが……。先ほどまでは無かったその赤いのが原因か」


無色だった朱のマテリアルは赤く染まり、魔物の妖刀も赤く染まっている。


「童の分体の血ではないな。……今更問うのもおかしな話であるが、お主ら何者じゃ。ただの諦めの悪い小僧かと思えば、無茶を承知で童に挑んできたわけではないようだ」


しかし朱は答えをはぐらかした。


「答える義理はないね」


「そうか、分体では時間稼ぎにしかならぬか。なら、こういうのはどうじゃ?」


大蛇は朱と魔物に向かって大きく口を開けた。その奥で、高密度の何かが凝縮されていく。


しかし朱も魔物も、大蛇の分体を相手にするのに手いっぱいで、あの攻撃を避けることができない。


「あれはまずいぞ! どうすんだ!?」


「くそッ! 僕の背後へ!」


分体をどうにか退け、魔物が朱の背後へ移動する。


直後、大蛇の攻撃が繰り出された。


ドゴオオォォォォ!


放たれた光線は大蛇の分体すら無視して突き進み、朱が繰り出したマテリアルの盾に直撃した。


「ぐはっ!」


耐え切れず吹き飛ばされる。朱は魔物の手を借り、出血の絶えない体で立ち上がった。


「ほう、大したもんじゃ。耐え切ったか。……それで、あと何発耐えられるんじゃ?」


大蛇は何でもないように次弾を構えた。その間にも分体が襲いかかる。


分体と本体の光線により、朱たちは忽ちに窮地へと追い込まれた。


「おいおい、こりゃまずいぜ。想定外だ。予定よりもこっちが先に干からびちまうぞ!」


肩で息をしながらも朱は答える。


「馬鹿言え、こんなの想定内だ。……もう少しなんだ、もう少し……!」


光線をどうにか直撃しないように躱すが、気が付けば二人は分体に囲まれ、大蛇の正面に移動させられていた。


「ふむ、じりじりと削るのは性に合わん。……少しばかり誘導させてもらったぞ」


光線が朱たちへ向かう。咄嗟の判断で朱はマテリアルを全力で消費し、防壁を繰り出す。


「マテリアル・フルバーストッ!!」


しかし拮抗したのはほんの一瞬。朱の防壁は突破され、二人とも地に伏せた。


「ふむ、こんなものか。まだ奥の手を隠しているような様子じゃったが、童の杞憂かのう」


再び光線を準備する大蛇。みるみるエネルギーが溜まっていく。


朱も魔物も立ち上がることができない。分体たちはもはや攻撃すらせずに、静観している。


そうして放たれた光線は、しかし朱たちに届くことはなかった。


「……? ほう、なんと、あの女狐と契約したのは小僧だけでなく、貴様もであったか」


大蛇の鋭い目が蒼海雫を捉えた。


「しかし不思議じゃのう。いくらあの女狐が童たちを毛嫌いしているとはいえ、それだけの力をどうやって得たのじゃ?」


「……」


しかし雫は答えない。


「ほっほっほっ。貴様らは何も答えてはくれないか。まあよい、好きなだけ隠すとよい。すべて無意味なのだから」


雫の登場に驚きながらも、朱はどうにか体勢を整え、声を絞り出した。


「し、雫……? 一体どうして……?」


あのお方と契約したのは朱だ。しかし現状から、どうやら雫も契約しているらしいということが分かった。


「黙っていてごめんなさい……。でも、必要だと思ったから。少なくとも、あの時の私はそう決心した!」


分体の攻撃をすべて凌ぐ雫のシールド。それを破ろうと、大蛇は光線を放った。


連続攻撃によって土煙が激しく立ち込める。


しかし、雫のシールドは突破されなかった。


「ふむ、童の攻撃をこれだけ凌ぐということは、これはあれか。限定契約か」


大蛇は一人納得したかのように頷いた。


「ある特定の事象に対してのみ強い効力を持つ力。見たところ、盾以外の効力はなさそうじゃ」


確かに雫はすべての攻撃を防いではいるが、一度も攻撃を返してはいない。


「参ったのぉ。このままでは無駄に時間を浪費するだけか。十分遊ばせてもらったことだし、顕現して早々面白いものが見れたが、童はそろそろお暇させてもらおう」


大蛇の本体はこの場を去ろうとする。


「……そりゃないぜ、五大魔神。たかだか数人風情に、文字通り尻尾巻いて逃げ出すのかよ」


魔物が辛うじて剣を杖代わりにして立ち上がった。


「そうだ。……やっと、やっとお前を始末できそうなんだ」


朱もまた、全身から出血が絶えない体で立ち上がる。その姿とは裏腹に、強い力がみなぎっていた。


「……まさか。お主、まさかッ!」


朱が大蛇の分体の切れ端を後方に投げた。するとそれはある一点で粉々に弾けた。


「姫巫女の血……! お前、姫巫女の血を受け継いだ者か!」


「残念だが、そんな大層なもんじゃない。姫巫女クローン計画、その中の唯一の成功例なだけだ」


五大魔神は、あからさまに狼狽した。


「偶然、にしては出来すぎている。契約を交わした娘を救いに来た者が、姫巫女の関係者だと……?」


苛立たしげに顔を歪める。


「ふざけている……。まさか、お主――事前にこの境内を己の血で囲ったのか?」


「ああ」


朱は短く頷いた。


「どうしても、あんたを逃がすわけにはいかなかったからね」


五大魔神の視線が朱の全身をなぞる。


「その有様も、初めから想定のうちだったということか」


朱の身体は血に濡れていた。呼吸は乱れ、全身の傷口からは今なお血が流れ続けている。


「できれば血なんて流したくなかったさ。痛いのは嫌いだからね」


自嘲気味に笑いながらも、その瞳に迷いはない。


「でも、覚悟はしていた。五大魔神を倒すなら、姫巫女の力は必要だろう?」


朱の呼吸は明らかに正常ではなかった。立っていることさえ不思議なほどに血を失っている。それでも――。


いや。


むしろ、その身に姫巫女の血を纏っているからこそ、五大魔神は初めて、本能的な恐怖に身を震わせた。


「確かに危険な場だ。今のお主の全力を当てられれば、少しばかり童の魂にも傷がつくじゃろう。そして逃げ場はない」


大蛇は周囲に展開していた分体をすべて消し、本体の力を集約させた。


「よかろう、もう少しばかり童自ら本気で遊んでやろうではないか」


そう言うと、大蛇の首が九つに分かれ、九つの巨大な頭が現れた。


「さて、まずはその嬢ちゃんを攻略する必要がありそうだ。……童の全力ブレスを、どこまで耐えきれるかの」


九つの頭すべてが、眩い光線を放とうとエネルギーを凝縮させる。


「みんな、私から離れないで!」


雫の叫びと共に、ズゴオオオオォォォォ! と衝撃が走る。あたり一面が更地になるほどの破壊。


しかしそれでも、雫の防壁は突破されなかった。


「ふむふむ、なるほど。貴様の様子から何かを消費しているわけでもないか。強度も変わっておらぬ。複雑怪奇。なんとも面妖じゃ」


九つの頭を歪にうねらせ、大蛇は楽しげに喉を鳴らした。


そのうちの巨大な一頭が、にわかに昏い光を帯びて雫を睨め付ける。


「……ところで使い魔風情よ。その女子(おなご)の命の所有権は、未だ童にあるのを忘れておるのか? 童がその気になれば、今この場で心臓を握り潰すことなど容易い。それをせぬのは、童の慈悲ぞ」


絶対的な優位を示すような尊大な揺さぶり。


しかし、朱の横に立つ魔物は動じることなく、ただ大蛇の眼を真っ向から見据えて鼻で嗤った。


「ハッ、底の浅いハッタリだな。……お前は、今ここで雫を殺すことなんてできやしないさ」


「何……?」


「お前が雫を生かしているのは、その魂を現世に顕現し続けるための苗床にしているからだ。加えて、それが組織を牽制する人質にもなる。だが、今の不完全な復活状態でその『器』を自ら壊してみろ。ただでさえ弱まったお前の力はさらに激減し、背後にいる組織の討伐隊や姫巫女に再びなす術なく封印される。……違うか?」


その冷徹な指摘に、大蛇の九つの頭が一斉に不快げに細められた。


図星だった。大蛇は徹底した利己主義であり、保身の塊だ。雫の命という『最高級の贄』を自ら壊すようなリスクは、絶対に冒せない。それを見抜かれたのだ。


「小癪な小童が……! 知った風な口を叩きおって!」


激昂した大蛇の九つの顎に、再び凶悪な光エネルギーが急速に収縮していく。


それを見た朱が迷わず地を蹴った。


「次はこっちの番だ!」


朱はどうにか飛び出したが、九つの頭から放たれる光線に阻まれる。


「私が援護する!」


雫の掛け声に、朱は頷いた。


本当は雫に危険な真似をさせたくはなかったが、そうするしか大蛇に攻撃する術はないことも明白であった。


朱、魔物、雫は一つの塊となって大蛇に肉薄する。


大蛇の光線を雫の防壁で防ぎきり、その隙を突いて朱と魔物の攻撃が大蛇の肉へと入った。


「ちっ、鬱陶しいやつらじゃ!」


大して大きな打撃にはならなかったはずだが、大蛇は憤怒し、あたり一面にでたらめな光線を放つ。


朱と魔物は問題なかった。しかし、絶対の防壁で守られているはずの雫のみが光線を受けていた。


「きゃあっ!」


「雫っ!」


すぐさま朱と魔物は雫に駆け寄る。見れば、彼女は足に怪我を負っていた。


「ほう、嬢ちゃんのシールドも完璧ではないということか。攻略の糸口が見つかったかもしれんのう」


大蛇は再び光線を放った。そのすべてが今までの光線と異なり、曲がりくねり不可思議な軌道をしていた。


そしてそれらは、すべて雫のシールドによって防がれたかに見えた。


だが一筋だけ、わずかな隙間を縫うように放たれた光線が、雫へ向かって迫る。


朱が咄嗟に手を伸ばす。しかし、その手が届くより早く、魔物が動いた。


雫を庇うように身体を割り込ませ、その身で光線を受け止める。


「無事か! 二人とも!」


「わ、私は平気。でも……」


雫は息を呑んだ。光線をまともに浴びた魔物の片腕が、肩口から先ごと消し飛んでいた。


「これくらいで済めばラッキーよ。当たれば跡形もなく消滅すると思っていたんでな」


「かっかっか。軌道をいじると威力も落ちるでな。命拾いしたな、少年。だが、これでそのシールドは突破できたな。意識の外からの攻撃は防げないのか、自分自身を守るためには機能しないのか、こんなところが妥当かのう」


朱は苦悶の表情を浮かべる。雫のシールドの条件が何であれ、彼女が危険であることに変わりはない。


雫を救うための行動なのに、これでは本末転倒であった。


「安心しろ、相棒。……これでシールドはいつでも張れるだろ?」


魔物はそう言って、動けない雫を片腕で背負った。そして先ほどまで持っていた妖刀を朱に渡す。


「この状態では振れねえからな。……それにそろそろ時間だろ?」


朱が「あのお方」と交わした本当の契約。その威力が魔神を倒すという条件に達するために、時間や場所が極度に限定されている。


その時が迫っていた。


「よし、この戦いを終わらせるぞ! 援護を頼む」


朱と、魔物に背負われた雫の三人で大蛇に接敵する。


「そう何度も同じ手が通用するわけなかろうて」


大蛇の光線がランダムに飛ぶ。雫と魔物はシールドで守られるが、同時に使用できないのか、朱側のシールドは脆く、被弾が増える。


ランダムな照射の中に、明らかに狙って朱を攻撃している。姫巫女の血と魔神の契約で力を得ていることを考慮すれば当たり前であった。


「わかっておるぞ、おぬしらの計画など。障壁で童の光線を防ぎつつ肉薄し、魔神のコアを狙っておるのだろう。だが小娘の障壁は移動しながらでは機能しない。同時展開も不可。童が警戒するのは刀を持ったお主のみ。 障壁のほうは無作為放射で動きを止められる」


大蛇の言う通り、朱は光線を受け続け、魔物と雫は身動きが取れない。


「まずは、目障りな羽虫から潰してくれよう!」


九つの顎が開き、朱を目掛けて眩い閃光が収束していく。


「間に合わない! 逃げて!」


雫の叫びが響く。大蛇の意識は完全に朱へ向けられていた。


次の瞬間、九つの光線が放たれた。直撃すれば、地面ごと抉り飛ばしかねない威力だった。


しかし、そこに立っていたのはシールドで守られている魔物と雫であった。


「っ⁉ まさか、九尾の幻術か⁉」


その答えは、しかし大蛇のすぐそばから聞こえてきた。


「さて、なんでだろうな」


九つの頭のうちの一つ。朱はその頭上にいた。


「朽ちろ!! 小童!!」


自身の頭に当たることなど構わず、大蛇は至近距離で八つの口から光線を朱に向けた。


「ふっ」


しかし朱は向けられた光線、その一つの口の中へ切り込んだ。


「なに⁉」


大蛇も思いもよらぬ行動であったのか、光線は朱の侵入を拒むことはできなかった。


朱は姫巫女の力で増大した妖刀を大蛇の体内で振るい、九つの首の根本、すべてがつながる胴体を目指す。


「小癪な!」


しかし大蛇はそれを許さなかった。先ほどまで溜めていた八つの光線を、自らの首に向けて照射した。


「くっうっ!」


八つの光線を受け、朱が侵入を果たした首は消し飛んだ。朱は頑丈な蛇の鱗に守られ、何とか脱出する。


「なるほど、童を殺そうとしているのは事実らしい。まさか、狐の幻術を利用して魔神のコアを狙ってくるとは。……本気で貴様らを殺す必要がでてきたようだ」


本体は再生できないのか、大蛇は八つの首のままであった。


「…あと八本。行けるな?」


魔物の言葉に、朱は頷く。そして再び行動に移した。


しかしこの戦い、大蛇は自身に分があることを知っていた。


先ほどの朱たちの位置の入れ替わり——つまり、狐の幻術の破り方を。魂レベルで感知すれば、幻には引っかからない。


大蛇は魂で朱の位置を確認し、危険な朱だけを追って光線を放つ。


「愚か者が! 魂の気配までは偽れまい!」


大蛇に間違いはなかった。確かに朱に対して攻撃を放った。


しかし、そこにいたのは魔物と雫であった。


「なにッ!」


大蛇は慌てて朱を探した。そして、その姿を捉えた瞬間に息を呑む。


朱がいたのは――最もいてはならない場所だった。


大蛇の胴体、その中心点。


先ほどの連携攻撃を受けて大蛇が自身のコアを緊急退避させた、その場所に。


そこは最も厚い皮膚に守られており、本来貫けるものではなかった。


「人間風情がぁぁぁああ!」


大蛇は自身のコアを傷つけぬよう、細心の注意を払いながら八つの頭で一斉に攻撃を仕掛けた。


だが、そのわずかな逡巡こそが朱に味方する。


好機は一度きり。それを理解してなお、朱は驚くほど冷静だった。


「ここだぁぁぁああ!」


朱の妖刀が、眩い光を放つ。狐と朱が編み出した魔神殺しの一撃。


大蛇の鱗を貫き、その奥にあるコアへ到達するためだけに研ぎ澄まされた、極細にして極大の貫き。


パキィィィィーン!


乾いた破砕音が響き渡る。魔神殺しの策、そのすべてがコアへと突き刺さった。


「き、貴様ら……!」


断末魔に近い声を漏らしながらも、大蛇はまだ息をしていた。


魔神の強靭な生命力ゆえか、消滅を免れ、どうにか辛うじて生きているようだった。


対する朱も、これまでの死闘で血を流しすぎた。立っていられず、その場に膝をつく。


「やったな、相棒……!」


魔物の差し出した手に、朱は己の手を繋ぐ。


「これで契約は解消されたはずだ。これで嬢ちゃんの心臓も……」


魔物はそう言って、同じく消耗し切った雫へ手を伸ばした。


咄嗟に手で胸の位置を隠そうとする雫の仕草を無視し、器用に背中側からその鼓動を確認する。


しかし、魔物の表情が強張った。


「どうして、鼓動が戻っていない……?」


その疑問に答えるかのように、突如として周囲に猛烈な嵐が吹き荒れた。


朱たちは雫のシールドに全員で隠れ、身を守る。


「どうなってる! 僕たちは勝ったんじゃないのか!」


魔物の叫びのような問いに、朱は答えることができない。


だが、吹き荒れる嵐の中心、先ほどまで巨大な大蛇が横たわっていた場所に、小さな「何か」が佇んでいた。


「まさか、これほどとはな。童も奥の手を使う必要があるようじゃ……」


先ほどまでの山のような巨体とは打って変わり、人並みほどの大きさになった「何か」がそこにいた。


「自己再生。コアに致命傷を受けた際、一時的に意識を繋ぎ止める術よ。……もっとも、このままでは童もいずれ死ぬ。だが、童は魔神だ」


その瞳に不気味な光が宿る。


「境内を血で囲ったという貴様らの包囲、それが不完全であることを先ほど知った。ただのはったりよ。童は逃げおおせる」


ゆっくりと首をもたげ、大蛇は嗤った。


「悪いが、この結末はなかったことにさせてもらおう。貴様らの奮戦には敬意を表する。せめてもの褒美として、幾ばくかの生を許してやろう」


――アポカリプス。


魔神のみが行使できる、世界そのものへ干渉する禁断の力。


勝利は目前だった。だが、この土壇場に至ってなお、大蛇は最大級の切り札を隠し持っていた。


嵐は次第に一点へと吸収され、その密度を増していく。


どうやらあの吸収を絶たない限り、大蛇には逃げられる。これまでの死力を尽くした勝利が、無へと帰してしまうのだ。


嵐は勢いを増し、さらに全方位から光線が降り注ぐようになった。雫のシールドでどうにか防ぐが、それでもすべてを防ぎきることはできない。


「…刀を貸してくれるか」


魔物の言葉に、朱はその意図を読み切れず当惑する。


「俺があの吸収を止める。その隙に、お前たちは本体を叩きに行ってくれ!……時間がない、このままだと俺たちの完全敗北だ。何も、誰も守れなくなる!」


喉をからさんばかりに、魔物は声を張り上げる。


「今の奴は全力をこの攻撃に注いでいるはずだ。雫のシールドがあれば、必ず前進できる。そしてもう一度、奴のコアを撃ち抜いてくれ。……そのための時間は、俺が命懸けで稼ぐ」


そして迷いを振り切るように笑ってみせた。


「同時にやるんだ。――さあ、覚悟を決めろ。進むしかねえだろ……!」


この作戦を選べば、雫のシールドに守られて接近する二人は無事だろう。


しかしその逆、単騎で嵐の中を立ち向かわなければならない魔物は、確実に死ぬ。


それを分かっているからこそ、朱はこの一刻を争う場面ですぐに返事ができなかった。


「大丈夫だ、俺が少しでもいいから時間を稼ぐ。だから、…あとは任せたぞ!」


そう言い残し、魔物は嵐が吹き荒れる中を単身で突き進んでいった。


そのあまりに重い覚悟に、朱も答えるしかなかった。


「……俺たちも向かうぞ!」


雫のシールドを展開しながら、朱と雫は決死の前進を続ける。


背後の魔物がどうなっているかは分からない。それでも、急ぎ本体のコアを叩くしかなかった。


しかし、この重大な局面にて五大魔神、大蛇の狡猾さが朱たちを上回った。


朱たちの接近を察知すると、それを躱すように移動を繰り返し翻弄して的を絞らせない。焦りばかりが募る。


「くそ、どうすれば……!」


アポカリプスまでの時間を稼ごうとする大蛇を前に、不意に、あの魔物の言葉が脳裏に蘇った。


『逃げる時は相手の立場になって考えれば案外簡単なものだ。……その逆もしかり、な』


大蛇は徹底して利己的だった。ゆえに、朱たちが近づけば、そこから最も遠い場所へと逃げようとする。


朱はその「逃走の本能」を逆手に取った。


吹き荒れる嵐の中、視界は最悪だった。


雫が「単身」で突撃してきたにもかかわらず、大蛇は迎撃ではなく逃走を選び――そして、誘導されるように朱の目の前へと飛び出した。


「――捕まえた!!」


朱が全力で振り抜いたマテリアルソードが、無防備な大蛇の巨体を真っ二つに切り伏せた。


嵐の中を雫のシールドなしで移動しきった朱の体は、もうボロボロであった。しかしそれでも立ち上がり、必死に魔物の姿を探した。


だが、大蛇の吸収を己の体で蓋し防ぎ止めていた魔物の姿は、どこにもなかった。


朱は奥歯を噛み締める。隣で雫も、震える手で口元を抑えていた。二人とも、すでに限界だった。


『…姉貴を、頼むぞ』


ふいに、そんな声が聞こえた。その声の主が誰であるか、考えるまでもなかった。


朱も雫も、もはや余力などなかった。全力を出し切った二人の意識が途切れたのは、それからすぐのことだった。


ゆえに、この最終局面での勝負の行方は——大蛇の勝ちだった。


魔神の最終奥義「アポカリプス」すらも囮にした逃走劇。成功すればよし、失敗したとしても逃げおおせる。


初めから最悪のケースを想定し、常に己の保身を第一に考える大蛇の策に、抜かりはなかった。


だからこそ、この行動を読み切れる者がいるとすれば、それは絶対的な強者にほかならない。


そう、組織の、人類の最大戦力にして絶対的な権力者、——姫巫女本人である。


「——」


姫巫女が紡いだ言葉の直後、天を裂く雷鳴が轟いた。


その苛烈な一撃を浴び、すでにコアに致命傷を負っていた大蛇に、抗う術など残されているはずもなかった。


――ただの容易く、塵へと還り、霧散する。


世界を揺るがした魔神の断末魔すら、残光の中に消えていった。


「忙しくなるわ、これから」


姫巫女——鶯衣翠はそれだけを言い残し、最愛の弟に挨拶をすることすらなく、風のようにその場を去った。


そうして戦いは終結した。朱の腕の中には、静かに息をする雫がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。