↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/36

1-4

それからしばらくして、組織の上層部はひとつの「解」を導き出した。


——蒼海 雫の処刑。


近辺に潜む魔物のあぶり出しが難航する中、彼女の中に残る「力」を物理的に排除することが最も効率的であると判断されたのだ。


そもそも、彼女を生かしておく理由など、最初から「魔物をおびき寄せる餌」として都合が良かったからに過ぎない。その価値がなくなったのなら、残るのはリスクだけだ。


本体を殺せば、分体である彼女も死ぬ。


彼女を殺せば、本体にダメージを与えられる。


どの道を選ぼうとも、彼女の未来に「生存」という選択肢は用意されていなかった。


多を救うために、小を切り捨てる。


この場所では、それが呼吸をするのと同じくらい当然の正義だった。


僕は、揺れていた。


胸の奥で激しい拒絶が渦巻いているのに、頭のどこかでは「仕方ない」と諦めている自分がいた。


決定を覆す権限も力も、僕にはない。遠巻きに、ただ静観する。それが最も傷つかずに済む方法だと、臆病な心が囁いていた。


処刑まで、あと三日。


死にゆく少女に、何を言えばいいのか分からなかった。余命を知らされていないはずの彼女に、どんな顔で接すればいいのかを。


僕は声をかけることさえ恐れ、ただ機械的に彼女の横を歩くだけの置物と化していた。


沈黙を破ったのは、意外にも彼女のほうだった。


「……あのさ、朱君」


「……何でしょう」


最後の日が近い。せめて彼女の望むことなら、何でも叶えるつもりで僕は足を止めた。


「これ。……あげる」


差し出されたのは、あの日のストラップだった。


以前見たときには別々だった二つの石が、今はぴたりと重なり、一つになっている。


本来なら恋人たちがそれぞれ持ち、「二つで一つ」を形にするはずのそれを、彼女はそっと僕の掌へ押し付けた。


「今まで、ありがとうね」


「……ぇ?」


場違いな感謝に、喉の奥から乾いた声が漏れる。


「お礼だよ。いつも守ってくれてたから」


雫は自分の言葉に照れるように、少しだけ苦笑した。


「ねえ、覚えてる? 初めて会った時のこと」


唐突な回顧だった。


「ごめんね、あんなにそっけない態度とっちゃって」


護衛初日。緊張でガチガチだった僕は、挨拶もそこそこに彼女を見失った。


そう、彼女はいきなり逃げ出したのだ。


右も左も分からない土地で、僕は必死に駆けずり回った。別動班が追跡していることにさえ気づかないほど余裕がなかった。


ようやく見つけても、彼女はすぐにまた逃げた。


彼女には男性への免疫がなかった。ずっと女子高で、亡くなった弟の分まで過保護に育てられてきた彼女にとって、同年代の男——それも「護衛」という殺気立った存在は、恐怖でしかなかったのだ。


へとへとになるまで繰り返した、あのかくれんぼ。


けれど、その過程で少しずつ、お互いの好きなスイーツの話なんかをしながら、僕たちは「普通」になれたはずだった。


「あの時は、なんでこんなことになったんだろうって絶望してたけど。……朱君が、朱君でよかったよ」


雫は視線を空に向け、眩しそうに目を細めた。


「あーあ、私って単純だなぁ、本当に。初めて優しくしてくれた男の子、ってだけなのに。それもお仕事で、優しくされてるだけだって分かってるのに」


彼女がゆっくりと振り返る。


「……好き、だったから」


微かな、けれど確かな告白。僕の身体は、氷を流し込まれたように硬直した。


「そのストラップ、流行ってるんだって。でもね、もう好きじゃなくなったし、私には必要なくなったから。……だから、あげる」


そして、彼女は笑った。僕がずっと、何よりも見たいと願っていた笑顔。


けれど、そこには消しようのない陰りがあり、手の届かない場所へ消えてしまうような、ひどく儚い美しさがあった。


違う。僕が見たかったのは、こんな、全てを諦めたような笑顔じゃない……!


「……っ」


言葉を返さなければならないのに、喉が焼けたように熱くて、音にならない。


彼女はその日、取り戻すかのように、よく喋った。無理矢理に、言葉で隙間を埋めるように。


僕はそれを受け止めることもできず、ただポケットの中でストラップを、壊れるほど強く、強く握りしめることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。