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それからしばらくして、組織の上層部はひとつの「解」を導き出した。
——蒼海 雫の処刑。
近辺に潜む魔物のあぶり出しが難航する中、彼女の中に残る「力」を物理的に排除することが最も効率的であると判断されたのだ。
そもそも、彼女を生かしておく理由など、最初から「魔物をおびき寄せる餌」として都合が良かったからに過ぎない。その価値がなくなったのなら、残るのはリスクだけだ。
本体を殺せば、分体である彼女も死ぬ。
彼女を殺せば、本体にダメージを与えられる。
どの道を選ぼうとも、彼女の未来に「生存」という選択肢は用意されていなかった。
多を救うために、小を切り捨てる。
この場所では、それが呼吸をするのと同じくらい当然の正義だった。
僕は、揺れていた。
胸の奥で激しい拒絶が渦巻いているのに、頭のどこかでは「仕方ない」と諦めている自分がいた。
決定を覆す権限も力も、僕にはない。遠巻きに、ただ静観する。それが最も傷つかずに済む方法だと、臆病な心が囁いていた。
処刑まで、あと三日。
死にゆく少女に、何を言えばいいのか分からなかった。余命を知らされていないはずの彼女に、どんな顔で接すればいいのかを。
僕は声をかけることさえ恐れ、ただ機械的に彼女の横を歩くだけの置物と化していた。
沈黙を破ったのは、意外にも彼女のほうだった。
「……あのさ、朱君」
「……何でしょう」
最後の日が近い。せめて彼女の望むことなら、何でも叶えるつもりで僕は足を止めた。
「これ。……あげる」
差し出されたのは、あの日のストラップだった。
以前見たときには別々だった二つの石が、今はぴたりと重なり、一つになっている。
本来なら恋人たちがそれぞれ持ち、「二つで一つ」を形にするはずのそれを、彼女はそっと僕の掌へ押し付けた。
「今まで、ありがとうね」
「……ぇ?」
場違いな感謝に、喉の奥から乾いた声が漏れる。
「お礼だよ。いつも守ってくれてたから」
雫は自分の言葉に照れるように、少しだけ苦笑した。
「ねえ、覚えてる? 初めて会った時のこと」
唐突な回顧だった。
「ごめんね、あんなにそっけない態度とっちゃって」
護衛初日。緊張でガチガチだった僕は、挨拶もそこそこに彼女を見失った。
そう、彼女はいきなり逃げ出したのだ。
右も左も分からない土地で、僕は必死に駆けずり回った。別動班が追跡していることにさえ気づかないほど余裕がなかった。
ようやく見つけても、彼女はすぐにまた逃げた。
彼女には男性への免疫がなかった。ずっと女子高で、亡くなった弟の分まで過保護に育てられてきた彼女にとって、同年代の男——それも「護衛」という殺気立った存在は、恐怖でしかなかったのだ。
へとへとになるまで繰り返した、あのかくれんぼ。
けれど、その過程で少しずつ、お互いの好きなスイーツの話なんかをしながら、僕たちは「普通」になれたはずだった。
「あの時は、なんでこんなことになったんだろうって絶望してたけど。……朱君が、朱君でよかったよ」
雫は視線を空に向け、眩しそうに目を細めた。
「あーあ、私って単純だなぁ、本当に。初めて優しくしてくれた男の子、ってだけなのに。それもお仕事で、優しくされてるだけだって分かってるのに」
彼女がゆっくりと振り返る。
「……好き、だったから」
微かな、けれど確かな告白。僕の身体は、氷を流し込まれたように硬直した。
「そのストラップ、流行ってるんだって。でもね、もう好きじゃなくなったし、私には必要なくなったから。……だから、あげる」
そして、彼女は笑った。僕がずっと、何よりも見たいと願っていた笑顔。
けれど、そこには消しようのない陰りがあり、手の届かない場所へ消えてしまうような、ひどく儚い美しさがあった。
違う。僕が見たかったのは、こんな、全てを諦めたような笑顔じゃない……!
「……っ」
言葉を返さなければならないのに、喉が焼けたように熱くて、音にならない。
彼女はその日、取り戻すかのように、よく喋った。無理矢理に、言葉で隙間を埋めるように。
僕はそれを受け止めることもできず、ただポケットの中でストラップを、壊れるほど強く、強く握りしめることしかできなかった。




