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「素晴らしい。実に素晴らしいよ」
人の魔神は、満足そうに二人の戦いを見つめていた。
朱ともう一人の朱は、互いの肉体を激しく削り合っていく。
どちらの身体からも、魂を燃やし尽くしエネルギーを使い果たした代償の光が、粒子となって吹き出していた。
(何かないのか……! こいつから、魔神を倒す情報を……!)
朱は拳を交えながら、どうにかもう一人の自分から情報を引き出そうと模索した。
だが、もう一人の朱は何も答えなかった。 その眼はひどく濁っており、ただひたすらに目の前の朱を打ち負かすことだけを目的としていた。
激しい消耗戦。 二人の動きは、どんどんとその力を失いはじめる。
限界は近かった。二人に残された力は、もう残りわずか。
(次の、一撃で……)
どちらともなく、それを予感した。 全力を出し切った二人は、最後の激突に向かって地を蹴る。
だが、激突する寸前だった。 急激に、二人の身体から推進力が失われた。
魂のエネルギーを完全に使い果たしたのだ。加速はなくなり、このままだとただの慣性でぶつかり合う結果となる。
そうなった場合、結末は残酷なまでに明らかだった。
拳と刀。その戦力差は歴然。 ただ、扱っていた武器の物理的な「リーチ」の差で、結果が定められる。
朱の拳は、届かない。 もう一人の朱の刀が、真っ直ぐに朱の心臓を貫くはずだった。
鈍い肉肉しい音が、戦場に響いた。 しかし、刀が貫いたのは朱の胸ではなかった。
先ほどまで地面に横たわっていたはずの、雫だった。
彼女が限界の身体を動かし、朱の前に滑り込んでいたのだ。
「え……」
朱の口から、掠れた声が漏れた。 思考が真っ白に染まる。
朱がここまで地獄を歩んできた意味そのものが、目の前で無に帰した。
雫の心臓を貫いたもう一人の朱を見る。
彼はどうしてか悲しむ様子も見せず、むしろその瞳にはじめて明瞭な意思を宿らせていた。
もう一人の朱は、容赦なく刀を引き抜いた。雫の鮮血が、荒野の土に飛び散る。
朱の手の中には、崩れ落ちる雫の身体だけが残された。
「雫……! 雫、嘘、だろ……っ!」
雫の心臓が大蛇の契約で傷つかず、不死に近かったのは前までの話だ。今はもうただの女子高生でしかない。
ゆえに、ここから奇跡的に蘇ることは、絶対にない。
朱は声にならない嗚咽を漏らし、この冷酷な現実を必死に否定しようとした。
「……あ、う……」
雫はその残り僅かな命の灯火で、朱を見つめていた。
彼女の唇がかすかに動く。何かを、朱に伝えようとしていた。
その口から発せられる言葉にならない声を、朱はどうにか読み取ろうと耳を近づける。
同時に、雫は血に濡れたか細い手を、朱の顔に向けて伸ばした。 朱はその手を取ろうと、自らの手を伸ばす。
しかし、触れる寸前だった。 雫の指先から完全に力が失われた。
その手は力なく地面へと落ち、彼女が最後に発した言葉の意味を、朱が理解することはなかった。
雫は、息を引き取った。
「ああああああああああああああああッ!!!」
朱の絶叫が、壊れた戦場に轟いた。 だが、その慟哭は広すぎる世界にはどこにも反響することもなく、ただ虚しく消えていった。
人の魔神は、楽しげに肩を揺らした。
「悪くない結末だ。愛する者が、愛する者を守って逝けるなら本望だろう? だが同時に、守るはずだった対象に守られて生き残る絶望は、計り知れないだろうがね」
リンカーネーション・オーバードライブを使用した二人の朱の身体が、いつか見た魂の消滅を告げる輝きに満たされていく。
青年は、喜びに満ちた表情で朱を見下ろした。
「ありがとう。最高の結果になった。この世界の朱よ、私からの礼だ。君には別の世界へと行ってもらい、その世界の朱に今の君と同じ絶望を与える存在となってくれ。だから、まだ死ぬことはない。私が生かしてあげよう」
消えゆく朱の耳に、魔神の言葉などもう届いてはいなかった。
朱はただ両手の中で眠る雫の冷たい亡骸を、優しく、静かに抱きしめ続けていた。
そして意識が、時空の歪みへと引きずり込まれていく。




