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彼女の監視任務は、若輩者である僕にその大半が委ねられていた。
異例の抜擢だった。当然、性別の壁や休息の必要性から、僕以外にも大勢の隊員が配備されている。
それだけこの任務が組織にとって——そして世界にとって——重要かつ危険であるという証左だった。
にもかかわらず、翌朝の目覚めは最悪の警報によって叩き起こされた。
『緊急事態発生! 対象“二一五号”ロスト! 各員直ちに捜索を開始せよ。武器の携行・使用を許可する。繰り返す——』
素人に抜けられるような監視網ではなかったはずだ。だが、彼女は消えた。
発信機は沈黙し、一部の隊員は抵抗の間もなく無力化されていた。
「本体」との接触。その最悪の可能性が脳裏をよぎる。それを防ぐために、僕はイレギュラーとして常に彼女の傍にいたはずなのに。
現場の被害状況、魔物の特性、闇を好む彼らの習性——。
組織の精鋭たちが導き出した「予測地点」へ、隊員たちが散っていく。
けれど、僕は独り、通信機を握りつぶさんばかりの力で逆方向へ走っていた。
組織の「正解」などどうでもいい。僕の直感だけが、彼女の行き先を指し示していた。
「はぁっ、はぁっ、……っ!」
——君は、そこにいた。
駅地下一階。色とりどりの装飾に彩られた「食と甘味の空間」。
家族連れや恋人たちが溢れるスイーツフェアのメインストリート中央で、蒼海 雫は立ち尽くし、ぼんやりと天井を見上げていた。
「雫ッ!」
鋭い声。雫は、抜けた魂が身体に戻ったかのように、ゆっくりとこちらを向いた。
「朱、君……」
群衆を力任せにかき分け、僕は彼女の肩を強く掴む。
「なんで来た! 行ってはダメだと言っただろうッ!」
怒号に近い叫びだった。周囲の喧騒が引き潮のように引き、好奇の視線が突き刺さる。
これほど人の往来が多い場所なら、魔物は出ない。本体との接触も、現時点では否定された。
けれど、その安堵以上に、彼女が僕を裏切って危険を冒したことへの憤りが勝った。
「なんで、こんな場所のために……! 君は、自分がどれだけ危な——」
言いかけて、喉元で言葉を飲み込んだ。
「危ない存在か」……。それを口にすることは、僕たちが築いてきた偽りの関係を、今この場で終わらせることを意味していた。
僕が言い淀んだ隙を、彼女は見逃さなかった。雫は僕の腕を振り切り、脱兎のごとく走り出した。
「っ! 待てッ!」
仮にも戦闘訓練を積んだ僕が、一般人の脚力に遅れをとるはずがない。
だが、幸福を謳歌する群衆が壁となり、僕の進路を阻む。対して彼女の前には、不思議と道が開けていく。まるで、何かに導かれているかのように。
最悪の過ちだった。
早々に仲間に連絡を入れるべきだった。通信機を無効化し、独断で彼女を連れ戻そうとした僕の傲慢が、事態を修復不能な場所へと押し流していく。
追いついたのは、彼女と初めて出会った場所——。光の届かない路地裏。
「ここは……!」
そこには生気と呼べるものが一切なかった。
太陽はまだ高いはずなのに、ここは永遠の夜に沈んでいるかのように冷え切っている。温度が、物理的な感覚を超えてガクリと落ちた。
「よぉ、小僧……。久しぶりだな」
暗闇から、湿り気を帯びた声が響く。
僕は最速で腕を上げた。耳元の小型端末で応援を呼ぶ——その指先が届くより早く、一条の閃光が空気を切り裂いた。
パキィィンッ!
「よそうや、お仲間に連絡なんて。せっかく二人っきりになれたんだしよぉ」
一瞬にして、通信機が粉々に砕け散った。
目の前に立つ「それ」は、蒼海 雫の姿をしていた。
だが、その声は彼女のものではなく、瞳の奥に宿る光は——底なしの濁った闇だ。
僕たちは未だに、その名を測りかねている。
「よせよせ。小僧一匹で俺に勝てるわけがないだろう? ……安心しろ。今日は『話』をしに来ただけだ」
魔物は雫の唇を歪め、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
「いやー、それにしても思い出すなぁ。ここで初めて会った日のことをよぉ……」




