↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/36

4-3

「人の魔神……」


朱の乾いた唇から、その言葉がこぼれ落ちた。 目の前の青年には大蛇のような巨躯も、虎のような圧倒的な闘気もない。


だが、その「ただの人間にしか見えない」という事実そのものが、逆に底知れぬ不気味さを醸し出していた。


「そう、人の魔神さ」


青年は小さく息を吐き、困ったように肩をすくめた。


「それにしても、君たちには本当に手を焼かされたよ。私が運用試験中だったペットたちを、ことごとく壊してしまうんだから」


「ペット……?」


朱の目が微かに見開かれる。 世界を滅亡の淵に追いやったあの魔神たちを、青年は今ただの飼い犬のように称した。


「そうだよ。まあ、必要最低限のデータは採取できたし、バックアップもあるからいいのだけれどね。でも、本当に手荒な真似をしてくれる」


青年が空間に向けて、細い指先を軽く振る。


その瞬間、彼の周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。 現れたのは、四つの小さく透明な硝子瓶だった。


「——ッ!」


背筋に、冷たい戦慄が走る。


瓶の中には、それぞれ手のひらほどの大きさに縮小された、蛇、狐、虎、そして今しがた倒したはずの龍の姿があった。


それらはまるで標本のように、静かに青年の傍らで浮遊している。


これまで戦ってきた魔神は、この「人の魔神」の支配下にある使役された魔物に過ぎなかったのだ。


五大魔神の頂点。その絶望的な格の差が、視覚となって突きつけられる。


だがこれほどの危機的状況にあっても、朱の心は驚きに震えることはなかった。


すでに、彼の心は死んでいた。


命を懸けて守ってきたはずの雫が、自分を覚えていない。その事実だけで、朱のすべての気力は跡形もなく消え去っていた。


「……あなたを倒せば、全てが終わるのね」


静寂を引き裂いたのは、雫の声だった。


彼女はふらつく足取りながらも、青年をまっすぐに見据え、毅然と立ち上がった。


記憶を失った自分にできることは何もない。 だからこそ、彼女は決意したのだ。


これまで死んでいった、名前も知らぬ者たちの犠牲を無駄にしないために。 最後の魔神へと、そのおぼつかない身体を向けた。


青年は雫のその宣誓を、楽しげに受け入れた。


「いい覚悟だ。だがね、お嬢さん。君たちはここまで来るのに、あまりにも多くのものを失いすぎた。今の君に残されているのは、その不完全な、いつ壊れるかもわからない盾だけだ」


青年の冷徹な視線が、地面に座り込んだままの朱へと移動する。


「そして紅瀬朱。君には、もう何一つとして残っていない。戦う力も、マテリアルも、すべてを使い果たした。そんなボロボロの二人で、この私に挑むというのかい? 無理だよ」


そんなことは、魔神に言われるまでもなく理解していた。 手札は既に一枚もない。


それでも、雫は自らの奥底にある魂を奮い立たせた。まだ生かされている意味が、ここにあるはずだと信じて。


「朱! 立ち上がって!」


雫は、虚空を見つめる朱に向かって初めてその名を叫んだ。


「これまでの犠牲を、みんなの覚悟を、意思を……! 私たちに想いを託して死んでいった人たちのことを、思い出して!!」


必死の叫びだった。


しかし、その言葉は朱を奮い立たせるどころか、逆に彼の最後の生命線を断つ結果となった。


朱は、力なく自嘲気味に笑った。


「君は……本当に、あの雫じゃないんだね。雫は僕のことを、『朱くん』って呼ぶんだ……」


分かっていた。真実を知った朱が、自分の声に振り向くことはないと。


だが、それでも雫も引かなかった。 彼女は涙を浮かべながら、言葉を激しく返した。


「そうよ! 私は君が知っている、君が好きになってくれた人じゃないのかもしれない! 君をなんて呼んでいたかも、私は知らない! だから今まで、名前を呼ぶのが怖くて、ずっとためらってきた!」


一歩、雫が前に踏み出す。


「それでも、私は君の名を呼ぶよ! だって……だってたぶん、あの時の私と、今の私の気持ちは、絶対に同じはずだから!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。