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「龍。あなたを殺すたったひとつの方法を教えてあげるわ」
正式に姫巫女に任じられた雪の纏う力は、先ほどとは桁違いの安定性と質量を誇っていた。
しかし、至高の座にある龍はなおも冷徹だった。
「無駄だ。どれほどの出力だろうと、我がアポカリプスがある限り——」
己の思考を巡らせ、雪の次なる一手を見切ろうとする。
だが龍の思考の読みが、ある一点の冷厳な事実に帰着した瞬間、魔神の顔が取り返しのつかない「戦慄」に染まった。
先ほど雪が遠隔破壊した、組織の地下深くにある隔離檻。あそこに幽閉されていたのは、組織が長年研究用に捕らえ実験を繰り返してきた「大量の魔物たち」だった。
雪は組織の解析班として、常々その魔物たちの脳へ、生体コードを介した特殊な「刷り込み」を行っていたのだ。
『もし檻を開き、あなたたちが自由になる日が来たら、真っ先に私のところへ来なさい。あなたたちが望む、最高の契約を交わしてあげるから』
「まさか、お前……正気か……っ!?」
龍が声を戦慄させた時には、すでに手遅れだった。
割れた大地の底から、解放された無数の魔物たちが湧き出し、天を覆い尽くす黒い津波となって一直線に飛来する。
そして、雪の華奢な肉体へと狂ったように牙を立て、次々と融合し、その身を貪り食うように一体化していった。
人間の肉体に魔物を、それも大量の魂を宿すという絶対のタブー。
世界を滅ぼす禁忌の理——「魔神化」。
魔物の群れに完全に呑まれ、人の姿を失い悍ましい異形へと変貌していく雪。
その口から、世界そのものが自重に耐えかねて軋むような、おぞましい重低音が響き渡る。
「——『アポカリプス』」
魔神にしか許されないはずの、世界を捻じ曲げる言霊が放たれた。
「ふざけるな! 人間が、魔神の領域に至るなどと、あってたまるかぁぁぁッ!!」
龍は絶叫した。
誇りを、存在意義を脅かされた龍は、同じくアポカリプスを発動し、「己が敗北する未来」を強引に捻じ曲げようとする。
ここから神の領域を超えた、凄絶な因果の削り合いが始まった。
異形となった雪の爪が空間を裂き、龍の肉体を一瞬で消滅させる。龍は血を吐きながら時間を捻じ曲げ、その直撃を無かったことにする。
しかし何度時間を捻じ曲げどれほど因果を書き換えても、龍には目の前にいる「魔神化した雪」の圧倒的な暴力の前に、己の肉体が塵に帰る未来しか見えてこない。
未来を選択する主導権が、完全に雪に握られているのだ。
「止めろ! 運命を書き換えろ! 私は魔神だ、このような小娘に——!!」
龍は半狂乱になりながら、残された全力を注ぎ込んで「時間を捻じ曲げ続ける」という、終わりのない泥沼の防衛戦へと突入した。
書き換えた先には常に、雪の死の一撃が待ち構えている。一秒が永遠に感じられるほどの死闘。
龍の全身からは黄金の血が噴き出し、コアが悲鳴を上げていた。急速に力を浪費し、自らのアポカリプスの負荷によって自壊していく龍。
その凄惨な光景を魔物の肉体の奥底で、雪は冷たくほくそ笑みながら見つめていた。
これこそが、雪が仕掛けた最大のブラフだった。
人間の肉体がいかに姫巫女の力を得ようとも、複数の魔物と同時に契約したとしても、「魔神」になれるはずがないのだ。
雪はただ、正式な姫巫女の力と、大量の魔物との契約で得た力をフルに活用し、龍の脳内へと【完璧な偽りの未来】を直接流し込んだのだ。
「幻覚」という、他ならぬ龍が最も得意とする技をあえて逆手に取り、龍の脳に完全に誤認させたのだ。
龍は、脳内へ流し込まれた「勝てない因果」の幻影から必死に逃れるため、『アポカリプス』を狂ったように連打し続けた。
そして——龍がアポカリプスの限界を迎え、その膨大な力を完全に枯渇させた、その極点。
龍の脳内を支配していた禍々しい絶望の幻影が、役目を終えたようにさらさらと霧散していく。
そして世界が、奇妙なほど反転する。
そこに現れたのは、皓城雪だった者。彼女は、完全に無防備となった龍の目の前に、静かに降臨した。
「化かし合いは、私の勝ちよ。……さようなら、化け物」
「しまっ……、お前、最初から——!?」
龍が「騙された」と気づいた時には、すべてが遅すぎた。
完全に力が底を突きた龍の胸元へ、雪は自身の魂そのものを燃料として点火した、最後の術式を起動する。
「——『リンカーネーション・オーバードライブ』!!!」
雪の魂の全エネルギーが、翠が穿ち朱が抉り開けた「龍のコアの傷口」へと、1ミリの狂いもなく真っ直ぐに直撃した。
凄まじい絶叫と共に龍のコアが内側から爆散し、世界の害悪であった東の魔神は、光の塵となって今度こそ完全に崩壊していった。
同時に術の絶大な反動により、雪自身の肉体も足元からさらさらと白い塵へと変わっていく。
最後に残された正気と、すべてをやり遂げてどこか救われたような穏やかな表情で、雪は背後で呆然と立ち尽くす朱と雫へと振り返った。
「——あとは、任せたわよ。二人とも」
最愛の翠の元へ、ようやく旅立つように皓城雪は完全に消滅し、戦場には静寂と生き残った朱と雫だけが残された。




