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空間を焼き焦がしながら一直線に突き進むその濁流を前に、龍は鋭い鼻鳴らすと共に、その網膜の奥に冷徹な演算を走らせる。
「小賢しい真似を……!」
龍は即座に因果の糸を操り、自身の最終奥義である『アポカリプス』を発動した。
雪の放つ最大出力の光線が龍のコアを捉えようとする、まさにその刹那、時間が強引に捻じ曲げられる。
直撃の過去は「急所から僅かに外れた過去」へと再構築され、光線は龍の肩をかすめて背後の大地を爆裂させるにとどまった。
しかし、雪はそんな因果の書き換えなど初めから織り込み済みであるかのように、すぐさま次の一手を繰り出していた。
彼女の戦法は、朱のような緻密な計算と論理に裏打ちされたものではない。
己の命を前借りし、魂を削りながら、ただ目の前の怪物を肉塊に変えるためだけに最適化された、感情の暴走そのものだった。
「いいわ! それでいいわ、龍! もっと抗いなさい!」
全身から血を流し、肉体を引き裂かれながらも、雪は狂ったように笑い続けた。
「簡単に復讐が終わってしまっては、私の……私のこの空っぽの器が埋まらないのよぉッ!! 私が満足するまで、地獄の底の絶望にのたうち回り、死なせてくれと泣き叫び、縋り付くまで……ッ! 絶対に、 その醜い命を、私から逸らすなァァァッッッ !!」
「……狂人が。人間の分際で、魔神の我を屈服させるなどと」
龍は冷酷に吐き捨てると、雪の感情任せの我流の攻撃を、冷徹な演算でコントロールし始めた。
いかに強大な力を得ようとも、雪の戦い方は自滅を前提とした暴走。
時間が経つにつれ、戦況は確実に少しずつ、少しずつ龍の優勢へと傾いていく。
雪の白い肌が、容赦のない傷で刻まれていく。
昏睡から辛うじて目を覚ました雫と朱の視線の先で、雪の肉体はすでに限界を迎えようとしていた。
「雪さん……もうやめてくれ、このままじゃ君の魂が……」
朱の声は届かない。雪はただ、翠を失った絶望のなかで魂を燃やし尽くそうとしていた。
そのあまりにも深く、あまりにも哀しい狂執の叫びが、世界の境界線を揺るがしたのか。
龍が冷徹なトドメの一撃を放とうとした、まさにその刹那――大気が震えた。
龍の「アポカリプス」による因果のコントロールすら拒絶する、圧倒的な聖気が戦場を支配する。
雪の魂が完全に燃え尽きる直前、まるで彼女を優しく抱き留めるように。
ズゥゥゥンと、世界の天を衝くほどのあまりにも純粋で、あまりにも巨大な「光の柱」が雪の頭上から降り注いだ。
それは、偽りのハッキングによる強奪ではない。
歴代の姫巫女の英霊たち、そして何より他ならぬ「翠の遺志」が、雪を正式な正統後継者として認めた、真の継承の光だった。
そう、初めから雪は次代の姫巫女として選ばれていたのだ。
暖かな精神空間のなかで、翠の優しい幻影が雪の血塗られた手を包み込む。
『——もういいのよ、雪。私のためにそこまで想ってくれて、ありがとう。でも、もう正気に戻りなさい』
「……あ、あ。翠……様……」
雪の瞳から、濁った狂気の炎が消え失せた。
そこにいたのはかつての冷徹で、誰よりも聡明な「参謀」としての顔だった。
(……ああ、そうか。復讐なんて、何の意味もない。私の本当の目的は、この感情を晴らすことじゃない。翠様の遺志を継ぎ、この世界を脅かす怪物をここで確実に殺すことだけだ)
正気に戻った雪の脳細胞は、人間の領域を遥かに超えた速度で、戦況の再演算を始めた。
自分の魂全てを燃やす『リンカーネーション・オーバードライブ』を以てしても、龍に「アポカリプス」がある限り、因果を書き換えられて急所を外される。
ならば——龍のさらに先を行くしか、勝利はない。
覚悟など、とうに終わっていた。雪は先ほど投げ捨てた自身の端末を拾い上げる。
直後、遥か遠方の組織の中央研究施設から、大地を揺るがす大爆発の音が響き渡った。




