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2-3

血だまりの中で、隊長の意識は深い混濁の海を漂っていた。


かつて人類が「不落」と称え、数世代にわたって石工の粋を尽くした西の宮殿。それが今や、ただの石ころよりも無価値な瓦礫として転がっている。


彼の視界は赤く染まっていた。耳鳴りが世界のすべての音を奪っている。


だが、その意識の深淵では、かつての自分と対話していた。「最強」と呼ばれる前の自分だ。


人類最強。その称号を得るために、彼はどれほどのものを切り捨ててきただろうか。


かつて彼には恋人がいた。共に歩むはずの、穏やかな笑顔を持つ女性だった。


だが、彼女は呆気なく命を落とした。彼が討伐任務に就いている最中のことだ。


魔物の端くれが引き起こした、組織の記録にも残らないような小規模な災害。その「ついで」のような災厄で、彼女は死んだ。


その時、彼は自分の無力さを呪った。そして同時に悟ったのだ。「最強」とは、誰かを守るための力ではない。


誰をも寄せ付けず、誰にも依存しないことだ。孤独の果てにある絶壁そのものなのだと。


彼は心を殺し、ただ力を追い求める修羅となった。


『隊長。あなたはなぜ、そこまでして自らを壊すのですか?』


いつか、訓練施設の庭園で、姫巫女・翠が尋ねたことがあった。


『……俺にはこれしかないからだ、姫巫女様。あんたが背負っている五百年の宿命は、重すぎる。その歴史をたった一瞬でも、一秒でも肩代わりできるのなら、俺は喜んでこの身を捧げよう。俺の命は、あんたを傷つけようとする因果に対する、たった一枚の盾になるためだけに磨き上げてきたんだ』


隊長は知っていた。自分が「魔物との契約」によって得たこの身体は、もはや人ではないことを。


それは、自らの細胞を高速で自食させる呪いだ。十年分の余命を一分間の攻撃力に変換する。究極の「命の浪費」だった。


組織の機密書にも記されていない、禁忌の肉体改造。その代償として、彼の内臓はとうにボロボロだった。


毎日、宿舎で血を吐きながら日記を綴る。そこには、人として死ねない己の恐怖と、それでも翠の盾であり続ける決意だけが泥臭く残されていた。


皓城雪だけが、その事実を知っていた。彼の肉体が内部から腐敗し、限界をとうに超えていることを見抜いていた。だからこそ彼女は、今回の出撃を猛反対したのだ。


それでも彼は、この西の門で虎を食い止めることを選んだ。翠にこれ以上、彼女の命そのものを使わせないために。


「……ふん。あんな小娘に、かっこ悪いところは見せられねえんだよ」


彼の指先がわずかに振動した。だが確かに、明確な意志を持って動いた。

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