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8

 朝の光が教室の窓から差し込む中、ノエルとレイシーは授業開始前の静寂に包まれた空き教室で向かい合っていた。他の生徒たちがまだ登校していない時間を狙って、密かに作戦会議を開くためだった。白騎士として彼女を守る決意をしたノエルにとって、これは自然な第一歩だった。


「……え、『白うさぎの花園』も知らないの?」


 作戦会議の途中。彼女は耳を疑った。 彼女の青い瞳が大きく見開かれる。まさかこの国でその制度を知らない人がいるとは思わなかったみたいだ。


「…すまない。そういうのに疎くて」


 ノエルは申し訳なさそうに項垂れた。肩を落とす彼の様子を見て、レイシーは慌てて手をひらひらと振る。


「あ、いえ!責めてるわけじゃないの。えっと…どこから説明しようかしら」


 彼女は眉根を寄せて考え込んだ。そんな彼女を見て、ノエルが慌てて口を開く。


「あ、いや。全部を知らないわけじゃない。一応、ロンジェヴェティ家特有の序列制度だということは……詳細は理解していないが」


 歯切れ悪く言いながら、彼は視線を机の上に落とした。自分の無知さを恥じているようだった。そんな彼を見て、レイシーはクスリと微笑む。


「そう、基本は知ってるのね。『白うさぎの花園』っていうのは、お祖父様が作った制度で…要するに、お気に入りの子孫をランキング付けしたものなの」


 分かりやすく説明する彼女の声に、ノエルは顔を上げて耳を傾けた。だが、すぐに疑問が浮かんだらしく首を傾げる。


「…ただのお気に入りランキングなら、なぜそんなに注目されるんだ?」


 『白うさぎの花園』は商業都市だけでなく、赤の国全土で話題になるほど有名だ。世間体に疎いノエルでさえ、よく耳にする。


 すると、レイシーは少し肩をすくめ、慎重に言葉を選んだ。


「私のお祖父様のことは知ってる?」


 唐突な質問に、ノエルは一瞬戸惑ったものの頷いて見せる。


「ああ…商業都市『ソルヘア』のロードということぐらいは」


 ロード——赤の国にある四つの都市を統べる、限られた権力者たちのこと。その中の一人、永遠の夏が続く商業都市『ソルヘア』を統べる『ビル・ロンジェヴェティ』は、この国の経済を握っていると言っても過言ではない人物だった。


(よくノラがその人の愚痴を言っていたな……)


 実家のある工業都市『フロストファージ』のロードが、ビルについて不平を漏らしていた記憶がノエルの脳裏に蘇る。あの時は面倒臭そうにしていたが、今思えば重要な情報だったのかもしれない。ノエルは軽く息を吐き、集中を戻した。


 そんな彼の心境を察したのか、レイシーは少し声を落として言葉を続けた。


「…そう。お祖父様は、この国が建国されてからずっと女王様に仕えてきた方なの。特に商業面で、ね。」


 ノエルは眉を寄せた。建国当初からということは、相当な影響力があるということだろう。だが、それだけでは『白うさぎの花園』がここまで注目される理由が分からない。


「つまり…?」


「要するに、建国当初からこの国のお金や経済を管理してきたってこと。だから、お祖父様が作った制度の序列上位になればなるほど、後継者として財産を受け継げる可能性が高くなるわけ」


「——あぁ!」


 ようやく合点がいったという顔で、ノエルは小さく手を打った。なるほど、そういうことか。その様子を見て、レイシーは満足そうに微笑む。


「元々は一族内の権力争いを沈静化させるために作った制度なの。でも次第に『誰が財産を受け継ぐのか』って国民も気になり始めて…今では全国で報道されるほど注目されてしまった」


「なるほど…それで有名なのか」


 納得したように頷くノエル。確かに注目されればされるほど、一族内での露骨な潰し合いは起こしにくくなる。ビルの狙いは的確だったのだろう。

だが、ある疑問が浮上して、彼は思わず口にした。


「…けど、それと今回の事件にどんな関係が?」


 暗殺未遂事件と『白うさぎの花園』の繋がりが見えない。純粋な疑問をぶつけられたレイシーは、笑顔を消してしばらく沈黙した。やがて重い口調で言葉を紡ぐ。


「…ノエルくん。この序列制度は、お祖父様のお気に入りの花で序列が決められているの。上位8人の序列が、後継者として相応しいとされているわ。」


 ノエルは息を呑み、続けて聞いた。


「…花の名前で?」


「そうよ。下から順に…ヒナギク、デイジー、パンジー、スミレ、チューリップ、百合、赤薔薇…」


 花の名前を順に挙げていく彼女の声を聞きながら、ノエルはあることに気づいて静かに息を呑んだ。


「まさか、序列一位は……」


「…ええ。『白薔薇』。私のことね」


 その事実にノエルは言葉を失った。彼女が『白薔薇』と呼ばれていることは知っていたが、まさかロードの後継者候補として最上位に位置する人物だったとは。


「…でも、それはおかしい」


 しばらくして、ノエルが呟いた。


「その制度が注目を浴びているなら、誰も表立って犯罪には手を出さないはずだ」


「そうね…でも、それは『私が白薔薇に選ばれなかったら』の話よ」


 レイシーの声に、どこか諦めのような響きが混じった。


「お祖父様はね、一族に白薔薇の地位を狙わせるために、わざと今まで空席にしていたの。そうすれば潰し合うより、お祖父様に従順に従うことだけに集中できるから」


 ノエルは訝しげに眉を寄せる。

その様子に彼女は苦笑を浮かべた。


「…でも、なぜか私が選ばれた。今まで白薔薇の地位を得るために、一族がどれだけ努力してきたと思う?」


 その言葉に、ノエルの心臓が凍りつく思いがした。どれほどの努力を一族が重ねてきたかは分からない。だが、もしそれが犯罪にまで発展するほどの憎悪と殺意を生み出すほどだったとしたら——彼は思わず口元を片手で覆った。


「…まさか、それで君の命が狙われてるのか?」


 やっと絞り出した言葉に、レイシーは静かに頷く。


「可能性の一つではあるわ。実家で毒が持ち込まれたのも、これなら説明がつく」


最初はレイシーの思い込みかもしれないと思っていたノエルだったが、表情に宿る影を見て、その考えを振り払った。なぜ彼女の祖父が護衛を外したのかも合点がいく。世間体を気にして、身内を犯罪者にするわけにはいかなかったのかもしれない。


 そう思うと、その一族に対する強い憤りが胸の奥に湧き上がった。


「…だから、まず身内から調査しようと思うの」


 レイシーはそう言って、カバンから複数の用紙を取り出した。それをノエルに渡すと、彼は驚愕する。


「こんなにいるのか?」


 用紙には『白うさぎの花園』に名を連ねる人物たちの情報がびっしりと記されていた。その数の多さに、ノエルは改めて事態の深刻さを実感した。


「これから大変な調査になりそうだな…」


 彼が呟いた時、廊下の向こうから生徒たちの話し声が聞こえ始めた。授業開始まで、もう時間がない。


「とりあえず、今日の昼休みにでも最初の容疑者に会ってみましょうか」


 レイシーは用紙の一番上に記された名前を指差した。そこには『百合のクラリッサ』と書かれている。


「序列三位の彼女が、一番怪しいと思うの」


 その名前を見つめながら、ノエルは胸の奥に嫌な予感を覚えていた。まるで、影がさらに近づいてくるような、不気味な予感を。


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