7
——『白騎士』
ロンジェヴェティ家——特に“不老不死”の力を持つ者を守るために作られた、由緒ある制度。 騎士と主は正式に主従の契約を結び、一度その絆が結ばれれば、騎士は常に主のそばに仕え、命を賭して守らねばならない。
かつて、不老不死の能力者は狙われやすく、彼らを護る白騎士は絶対的な存在だった。しかし時代が変わり、不老不死の者が稀となり、技術の進歩で物理的な護衛の必要が薄れた今、制度は形式的に残るだけとなっている。
それでも、ロンジェヴェティ家を護る者たちは今も『白騎士』と呼ばれている。
* * *
「……っていうのが、『白騎士制度』なの」
図書室の閉館を告げる鐘の音が廊下に響いた後、夕暮れの日差しが校舎を赤く染めている。司書に促されて図書室を追い出された二人は、寮へと向かう廊下でレイシーがその制度について丁寧に説明を続けていた。
窓から差し込む茜色の光が、彼女の白い髪を黄金に染め上げている。その美しい横顔を見つめながら、ノエルはなんとなくわかったような……わからないような、絶妙な表情を浮かべた。
「白騎士っていう制度はわかったが、普通の護衛じゃダメなのか?」
率直な疑問だった。これまでの話を聞く限り、わざわざその制度に則って護衛する必要はないように思える。
レイシーは眉根をわずかに寄せて、困ったような苦笑を浮かべた。
「確かに白騎士にならなくても、護衛役は務まるけれど……私が安心するの」
「安心?」
ノエルが首を傾げると、彼女はゆっくりと頷いた。その青い瞳に、どこか寂しげな光が宿る。まるで、過去に何度も孤独を感じてきたかのように。
「これまでにも護衛の人はいたの。でも、やっぱりお祖父様に雇われた人たちだから、どこか業務的で…。だからノエルくんみたいに信頼できる人が正式な護衛だと、安心するの」
信頼できる——その言葉が、ノエルの胸の奥でじんわりと広がった。今まで誰かからそんな言葉をかけられたことなど、ほとんどなかった。褐色の頬がほんのりと熱くなるのを感じながら、彼は慌てて視線を逸らした。
「だが、それだと逆に犯人が寄り付かなくなるんじゃないか?」
現実的な心配が頭をもたげる。犯人確保も視野に入れている以上、正式に白の騎士だと発表されれば、捕まえるチャンスを逃してしまうかもしれない。
だがレイシーは慌てたように手をひらひらと振った。
「安心して。正式に発表するつもりはないの。個人的にノエルくんと一時的に契約関係を結びたいだけ……不安だから」
彼女は最後の言葉を小さく呟くと、目を伏せた。長い睫毛が夕日に照らされて影を作っている。その様子を見て、ノエルの胸が締め付けられた。おそらく今まで、心から信頼できる人がいなかったのだろう。同情というよりも、純粋に彼女を守りたいという感情が湧き上がってくる。
本当は、これ以上深く関わるべきではないとわかっていた。
それでも——
「…わかった。君と白騎士の契約を結ぼう」
彼女を放っておくことなどできなかった。
レイシーの顔がぱあっと明るくなった。まるで花が咲くような笑顔で、彼女は嬉しそうに頷く。
「ありがとう……じゃあ、犯人が捕まるまで白騎士としてよろしくね、ノエルくん」
そう言うと、彼女は上品に手を差し伸べた。白く細い指が夕日に照らされて、まるで陶器のように美しい。
ノエルはその手を見て、不思議そうに首を傾げる。
「? ああ、よろしく……」
彼は恐る恐る自分の手を出して、彼女の手を握った。握手をするつもりだったのだが——
レイシーはきょとんとした表情を浮かべた後、突然くすくすと笑い声を上げた。
「ふふっ、ごめんなさい。これ、契約の儀式のつもりだったんだけれど……」
「儀式?」
ノエルがさらに困惑して首を傾げると、彼女は片手で口元を隠しながら、さらに楽しげに肩を震わせた。
「ふふ……えっとね、昔からの習わしで、主従の関係を結ぶ際に白騎士は主人の手に口づけを落とさないといけないの」
「………………え?」
時が止まった。
ノエルは彼女の手を握ったまま、完全に固まってしまった。褐色の頬が見る見るうちに赤く染まっていく。口づけ? なぜ? どうして? そういう習わしがあることなど知らなかった上に、今までそんなことをしたことがなかったノエルは、わかりやすく動揺して目を白黒させた。熱くなった頰を隠すように、思わず空いた手で顔を覆う。
そんな彼の反応を見て、レイシーはさらに笑みを深めた。肩を小刻みに震わせながら、とても楽しそうだ。
「あはは! 手の甲への口づけは忠誠の印なの……けれど、いいわ。一時的な契約だもの」
彼女はそう言って片手で目尻の涙を拭うと、ゆっくりと彼の手を離した。ノエルは内心ホッと安堵しながらも、どこか申し訳なさそうに眉を下げる。
「すまない、全然知らなくて……」
「気にしないで。むしろ最初に説明しなくて、ごめんなさい」
彼女は優しげな笑みを浮かべてそう言った。その笑顔があまりに自然で温かくて、ノエルは落ち着かなくなって視線を泳がせる。
……時々、彼女が何を考えているのかわからなくなる。
怯えていたかと思えば、からかってくる。泣きそうな顔の次は、悪戯っぽい笑み。
(……なんだ、この感じは)
ノエルは視線を逸らした。胸の奥が、妙に温かい。
「改めて、白騎士としてよろしくね、ノエルくん」
夕日に照らされた彼女が見上げて微笑む。茜色の光が彼女の青い瞳を琥珀色に染めて、その美しさにノエルは一瞬息を呑んだ。
だが不思議と、その笑顔を見ていると心が落ち着いてくる。無意識のうちに、彼の唇にも小さな笑みが浮かんでいた。
「こちらこそ、よろしく」
短くそう答えて頷く。
二人は並んで廊下を歩き始めた。夕日が長い影を落とし、足音が静かに響いている。穏やかな時間——だが、遠くの校舎の窓から二人を見つめる影があることに、彼らは気づいていなかった。
その影は暗闇に紛れるように身を潜めると、二人の後を密かに視線で追う。かすかな足音が、誰もいないはずの廊下に忍び寄っていた。
静寂に包まれた校舎に、不穏な気配が広がり始めていた。




