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「……なんで」
レイシーは精密に仕掛けられた発射装置を見つめ、白い頬をさらに青ざめさせた。
吐く息が震えている。冷たい空気が肺を刺すたび、胸の奥がきゅっと縮んだ。
「私……いつもこの時間に、あの場所で勉強しているの。だから、もしかしてあの毒針って」
「——まさか……君を狙って?」
ノエルは息を呑んだ。
偶然などではない。これは明らかに、彼女を狙った罠だ。
レイシーは自分の肩を抱くようにして震えた。
膝が崩れかけた瞬間、ノエルが咄嗟に支える。
その腕の中で、彼女は小さく体を丸めた。
「大丈夫か」
愚問だ。命を狙われて大丈夫なはずがない。
それでもレイシーは、無理に笑顔を作って彼を見上げる。
「大丈夫よ…ありがとう」
その健気な笑顔に、ノエルの胸が締め付けられた。
こんな思いをさせるつもりではなかったのに——。
「……しばらく、こうしていてもいい?」
「……ああ、もちろんだ」
ノエルは短く答え、そっと彼女の背をさすった。
薄暗い図書館の片隅、二人だけの時間が静かに流れていく。
窓の外では夕日が傾き、長い影が背表紙を撫でていった。
* * *
「ありがとう、ノエルくん。もう落ち着いたわ」
しばらくしてレイシーは顔を上げた。
だが、その笑みには疲労と不安の影が色濃く残っている。
「それは良かった……だが、許せないな。誰がこんなことを」
ノエルは低くつぶやいた。
いたずらと呼ぶには度が過ぎている。毒まで仕込まれていたのだ。これは殺人未遂だ。
(先生や警備隊に相談するべきだな……でも、なぜ彼女なんだ?)
ノエルが装置を睨んでいると、レイシーが小さな声で口を開いた。
「……実は、今回が初めてじゃないの。命を狙われるのは」
「……は?」
ノエルは目を見開いた。
初めてじゃない? 数秒遅れて、意味が胸に落ちる。
「数ヶ月前にも、飲み物や食べ物に毒を入れられたの。その時は実家だったから助かったんだけど」
「っ……!」
ノエルの心臓が跳ねる。
背筋を冷たいものが走った。
「だからお祖父様に護衛をつけてもらって、犯人を探していたの。でもね、護衛をつけたら、ぴたりと犯人が現れなくなって……」
レイシーは遠い目をして、かすかに笑った。
「それで、お祖父様が言ったの」
「『毒なんて検出されませんでしたが……ははは。まさか私の白薔薇が、こんなことで私の気を引こうと?』って」
「……それで、護衛を外しちゃったの」
「……命を狙われてるのに、なんで……」
ノエルの声に怒りが滲む。
胸の奥が焼けるように熱い。
レイシーは苦笑して肩をすくめた。
「お祖父様は合理的な方だから、無駄が嫌いなの。たぶん、私の実力を試してるのね」
「無駄って……」
ノエルは言葉を失った。
家族が狙われているのに、それを試験のように扱うなんて。
「……レイシーはそれでいいのか?」
ノエルは怒りを押し殺し、彼女を見つめた。
レイシーは無理に笑みを作るが、その手は震えている。
(こんな思い、もう一人でさせたくない)
「……レイシー。よかったら、俺に君を守らせてもらえないだろうか」
「……え?」
レイシーは目を瞬かせた。震えていた手がぴたりと止まる。
「君は護衛がいなくて困ってるんだろう? これは明らかに殺人未遂だ。ドージャー家としても見過ごせない」
ノエルは毒針の仕掛けを見やる。
何より、こんな卑劣な手段を許せなかった。
「俺は戦闘訓練を受けている。何かあれば必ず助ける……その、嫌じゃなければ」
最後の言葉は少し躊躇いながらそう呟いた。
混血児である自分を、彼女が受け入れてくれるかどうか不安だったのだ。
だが、レイシーは彼の手を強く握った。
その青い瞳は今にも涙がこぼれそうだった。
「……本当にいいの? 危険かもしれないのに」
彼女が懇願する姿に息をのむ。
けど、決意したように緋色の瞳をまっすぐ見据えてゆっくり頷いた。
「もちろんだ。俺に君を守らせてほしい。一緒に犯人を探そう」
力強い言葉に、レイシーは目を見開いたあと、笑みをこぼす。
その瞳から一筋の涙が頬を伝った。
「ありがとう、ノエルくん……本当にありがとう」
彼女は彼の手を額に当てた。祈るように。
ノエルは頬を赤くしながらも、その姿に目を奪われる。
やがて震えがおさまると、レイシーはすっきりとした顔でこちらを見上げた。
「もう大丈夫か?」
「うん、ありがとう……ねぇ、ノエルくん」
レイシーは少し視線を泳がせ、彼の服の端をつまんだ。
「? どうした?」
「……ノエルくん。一時的に、私の『白騎士』になってくれない?」
静かな声が誰もいない図書室に落ちる。
その響きが、ノエルの胸に妙なざわめきを残した。
「………白騎士ってなんだ?」




