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6

「……なんで」


 レイシーは精密に仕掛けられた発射装置を見つめ、白い頬をさらに青ざめさせた。

吐く息が震えている。冷たい空気が肺を刺すたび、胸の奥がきゅっと縮んだ。


「私……いつもこの時間に、あの場所で勉強しているの。だから、もしかしてあの毒針って」


「——まさか……君を狙って?」


 ノエルは息を呑んだ。

 偶然などではない。これは明らかに、彼女を狙った罠だ。


 レイシーは自分の肩を抱くようにして震えた。

 膝が崩れかけた瞬間、ノエルが咄嗟に支える。

 その腕の中で、彼女は小さく体を丸めた。


「大丈夫か」


 愚問だ。命を狙われて大丈夫なはずがない。

 それでもレイシーは、無理に笑顔を作って彼を見上げる。


「大丈夫よ…ありがとう」


 その健気な笑顔に、ノエルの胸が締め付けられた。

 こんな思いをさせるつもりではなかったのに——。


「……しばらく、こうしていてもいい?」


「……ああ、もちろんだ」


 ノエルは短く答え、そっと彼女の背をさすった。

 薄暗い図書館の片隅、二人だけの時間が静かに流れていく。

 窓の外では夕日が傾き、長い影が背表紙を撫でていった。


*  *  *


「ありがとう、ノエルくん。もう落ち着いたわ」


 しばらくしてレイシーは顔を上げた。

 だが、その笑みには疲労と不安の影が色濃く残っている。


「それは良かった……だが、許せないな。誰がこんなことを」


 ノエルは低くつぶやいた。

 いたずらと呼ぶには度が過ぎている。毒まで仕込まれていたのだ。これは殺人未遂だ。


(先生や警備隊に相談するべきだな……でも、なぜ彼女なんだ?)


 ノエルが装置を睨んでいると、レイシーが小さな声で口を開いた。


「……実は、今回が初めてじゃないの。命を狙われるのは」


「……は?」


 ノエルは目を見開いた。

 初めてじゃない? 数秒遅れて、意味が胸に落ちる。


「数ヶ月前にも、飲み物や食べ物に毒を入れられたの。その時は実家だったから助かったんだけど」


「っ……!」


 ノエルの心臓が跳ねる。

 背筋を冷たいものが走った。


「だからお祖父様に護衛をつけてもらって、犯人を探していたの。でもね、護衛をつけたら、ぴたりと犯人が現れなくなって……」


 レイシーは遠い目をして、かすかに笑った。


「それで、お祖父様が言ったの」


「『毒なんて検出されませんでしたが……ははは。まさか私の白薔薇が、こんなことで私の気を引こうと?』って」


「……それで、護衛を外しちゃったの」


「……命を狙われてるのに、なんで……」


 ノエルの声に怒りが滲む。

 胸の奥が焼けるように熱い。


 レイシーは苦笑して肩をすくめた。


「お祖父様は合理的な方だから、無駄が嫌いなの。たぶん、私の実力を試してるのね」


「無駄って……」


 ノエルは言葉を失った。

 家族が狙われているのに、それを試験のように扱うなんて。


「……レイシーはそれでいいのか?」


 ノエルは怒りを押し殺し、彼女を見つめた。

 レイシーは無理に笑みを作るが、その手は震えている。


(こんな思い、もう一人でさせたくない)


「……レイシー。よかったら、俺に君を守らせてもらえないだろうか」


「……え?」


 レイシーは目を瞬かせた。震えていた手がぴたりと止まる。


「君は護衛がいなくて困ってるんだろう? これは明らかに殺人未遂だ。ドージャー家としても見過ごせない」


 ノエルは毒針の仕掛けを見やる。

 何より、こんな卑劣な手段を許せなかった。


「俺は戦闘訓練を受けている。何かあれば必ず助ける……その、嫌じゃなければ」


 最後の言葉は少し躊躇いながらそう呟いた。

 混血児である自分を、彼女が受け入れてくれるかどうか不安だったのだ。


 だが、レイシーは彼の手を強く握った。

 その青い瞳は今にも涙がこぼれそうだった。


「……本当にいいの? 危険かもしれないのに」


 彼女が懇願する姿に息をのむ。

 けど、決意したように緋色の瞳をまっすぐ見据えてゆっくり頷いた。


「もちろんだ。俺に君を守らせてほしい。一緒に犯人を探そう」


 力強い言葉に、レイシーは目を見開いたあと、笑みをこぼす。

 その瞳から一筋の涙が頬を伝った。


「ありがとう、ノエルくん……本当にありがとう」


 彼女は彼の手を額に当てた。祈るように。

 ノエルは頬を赤くしながらも、その姿に目を奪われる。


 やがて震えがおさまると、レイシーはすっきりとした顔でこちらを見上げた。


「もう大丈夫か?」


「うん、ありがとう……ねぇ、ノエルくん」


 レイシーは少し視線を泳がせ、彼の服の端をつまんだ。


「? どうした?」


「……ノエルくん。一時的に、私の『白騎士』になってくれない?」


 静かな声が誰もいない図書室に落ちる。

 その響きが、ノエルの胸に妙なざわめきを残した。


「………白騎士ってなんだ?」

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