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「…その人に会って何をしたいの?」
図書館にレイシーの静かな声が響いた。夕日が二人の間に長い影を落としている。彼女は地図から視線を上げることなく、どこか遠くを見つめるような口調でそう問いかけた。
ノエルはその問いに少し驚いたが、素直に答えることにした。
「謝罪がしたい」
「謝罪…」
レイシーは呟くように繰り返した。その瞬間、彼女の青い瞳に複雑な光が宿る。
沈黙が二人の間に流れた。
「諦めた方がいいんじゃない?」
やがて彼女は地図に視線を固定したまま、静かな声で言葉を続けた。
「……え?」
ノエルは困惑したように眉を寄せる。レイシーの突然の否定的な言葉に、心の奥で違和感を覚えた。
「だって、その子をいくら探しても見つからないんでしょ?そんなに時間が経っても彼女から姿を現さないってことは、彼女もノエルくんのこと忘れてるのよ」
その言葉は氷の刃のようにノエルの胸に突き刺さった。
確かにそうかもしれない。でも——
「…それでも、俺は彼女を探したい」
滅多に感情を表に出さないノエルが、気分を害したように顔をしかめて声を低くする。断固とした意志を込めて彼女にそう告げた。
レイシーは驚いたように目を見開いてノエルを見つめる。何か思うところがあるように目を細めながら、言葉を続けた。
「…その子はノエルくんに会いたくないかもよ」
「多分そうかもしれない。けど会って謝罪したい」
「謝罪を受け入れるかもわからないのに?」
「…さっきからなんで否定的なことばかり言ってくるんだ?」
ノエルは彼女が食い下がってくる様子に訝しげに眉を寄せた。さすがのノエルも彼女の言葉に苛立ちを募らせる。普段の彼女らしくない態度に困惑を覚えた。
レイシーはその言葉に一瞬、言葉を詰まらせる。その青い瞳を伏せた彼女は微かに瞳を揺らせた。
「…別に、その子が羨ましいと思っただけ」
「…羨ましい?」
その意味深な言葉にノエルは首を傾げた。
彼女の表情に、今まで見たことのない感情が浮かんでいるように思えた。
ノエルは続きを聞こうと口を開いたその時——
キィィィィン!
金属が空気を切り裂く音が図書館の静寂を破った。本棚の影から一筋の光が閃き、まっすぐにレイシーの頬を狙って飛来する。
「あぶないっ!」
ノエルの身体が反射的に動いた。気づいた時には、手のひらに針の重みと鋭い痛みを感じていた。
「っ…!」
針は思った以上に鋭く、皮膚を僅かに貫いて血を滲ませる。同時に妙な感覚が手に広がった。ピリピリとしたしびれ——明らかに毒だった。
「ノエルくん!」
レイシーは呆然とその光景を見つめていたが、我に返ると慌てて立ち上がった。顔を青ざめさせて彼の手を引き寄せる。
「これ毒よ!今すぐ抜かないと…」
彼女は針の色と臭いを分析し、慌てて荷物から医療道具を取り出した。消毒液、ガーゼ、解毒剤——慣れた手際で必要なものを並べていく。
だが、処置を始めようとして思わず動きを止めた。
「…え、なんで平気そうなの?猛毒なのに」
「? そうなのか。そういえば体が少しピリピリする気がする」
「ピリピリ…」
レイシーはそのまま、じっとこちらを見つめた。
その視線に、わずかな引きつった空気を感じる。
「…待って。これ下手したら苦しんで死ぬ毒だから平気って言われると逆に怖いんだけど」
「そんなに危険なのか?…ちょっとしびれるだけなんだが」
「何その医学書に載せたいレベルの体質」
彼女の冷静なツッコミにノエルは不思議そうに首を傾げる。そう言われても本当にしびれるだけでなんともないからだ。 そんな彼の様子を見てレイシーは唖然とする。
「…はぁ、もういいわ」
彼女はため息をつきながら諦めたようにそういうと、彼の治療を続けた。 そんな彼女を見て不思議そうに首を傾げるも、大人しく彼女の治療を受けることにする。
(……柔らかい)
彼女の柔らかな手が彼に触れると少し頬が熱くなる。 女性に免疫のないノエルはなんだか妙な気持ちになったが、頭を振ってその考えを振り払うと彼女を気にかけて声をかけた。
「…そういえば、怪我はしていないか?」
レイシーはノエルの気遣いに驚いたように目を見開くと、だがどこか申し訳なさそうに目を伏せると眉根を寄せて視線を逸らした。
「…えぇ、ノエルくんのおかげで怪我はないわ。ありがとう」
彼女はそれだけ言って、治療する手を進める。気まずい雰囲気が二人の間に纏わりつく。
ノエルは話題が途切れたことに内心焦った。
(何か……何か話さないと)
ノエルは視線を彷徨わせた。沈黙が重い。
すると彼女の医療道具が目に入ってある疑問を思い出し、彼は恐る恐る自然とそれを口にした。
「…そういえば、どうして毒の種類がわかったんだ?」
レイシーは一瞬、動きを止める。だが、すぐに平静さを取り戻したのか肩をすくめながら彼の問いに慎重に答えた。
「家系が医療関係だから。毒についても一応」
彼女は手当を続けながら続けた。
「それに…私は能力を持たない無能力者だから、学園の実技では毒を使った戦術で対抗するしかないの。だから常に医療道具を持ち歩いているのよ」
「なるほど…」
ノエルは納得したように頷く。そこで会話が終わってしまって彼は気まずそうに視線を泳がせた。何か気の利いた言葉を思い出せたら良かったが、普段人と話さないからなんて言葉を掛ければいいかわからない。無表情ながら内心焦り始めたノエルだったが、気まずい沈黙を彼女が破った。
「…さっきはごめんなさい。言いすぎたわ」
「……え?」
彼女は治療しながらポツリと呟いた。彼が助けてくれたこともあって、先ほどの自分の発言を反省している様子に慌てて返事を返した。
「…あ、いや、大丈夫だ。気にしてない」
ノエルはそう言いつつも、先ほどの会話を思い出して胸を痛めた。実際に彼女の言う通りかもしれないから。
だがなるべくそれを悟られないように顔を上げて彼女を見つめた。
「…あの毒針。明らかにこちらを狙っていたな」
彼は毒針が放たれた方向に目を移す。そこには誰もいないし、気配を感じることもできない。一体誰が…。
レイシーが包帯を巻いて治療を終える。どこか気まずい表情を浮かべながら顔を上げて彼を見つめた。
「…ノエルくん、申し訳ないんだけど。毒針が放たれた方向まで一緒に見にいってくれないかな?一人だと不安で…」
彼女は申し訳なさそうにそう言った。
ノエルは一瞬驚いた様子を見せるも、頷いて承諾する。ドージャー家としてこの非常事態を見過ごすわけにもいかなかったが、ノエル自身なぜ毒針が飛来したのか確認したかったからレイシーの申し出はむしろありがたかった。
二人は本棚の間を通って毒針が飛来してきた方向に足を運ぶ。
「レイシー、俺のそばを離れないでくれ」
「う、うん…」
彼はそう言って彼女を自分の近くに歩かせる。一瞬、彼女の頬が赤く染まっているのが目に入り、不思議に思ったが、気にせず周囲を警戒しながら歩き続けた。
閉館時間が迫って人影が全くない図書室の書棚の奥までやってきた二人は古い医学書の間に巧妙に仕掛けられた装置を見つける。
「…何、これ?」
レイシーは顔を青ざめさせてそれを見つめるとポツリとそう呟く。
時限式の発射装置——まるで彼女がここに座ることを知っていたかのような、精密な仕掛けが施されていた。




