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28

 ノエルとマルクスは、和解の証として手を握り合う。


 その手を離した瞬間、マルクスが嬉しそうに微笑むと急に頬を赤い頬を掻きはじめる。


 どこか恥じらうように視線を逸らすとポツリと言葉を紡いだ。


「あー……ノエル。……お前が良ければなんだけど」


「? なんだ?」


 マルクスは歯切れ悪くそう言うと、沈黙する。


 不思議そうに首を傾げるノエルを前に、彼は赤い顔を伏せて瞼を固く瞑る。


 そして震える声を絞り出した。


「その、お前が良ければ。俺と友達に———ひっ!」


 意を決したように赤い顔を上げてそう言いかけた途端、マルクスの視線がノエルの後ろに移る。


 次の瞬間、赤かった顔が真っ青に変わった。


「……え、なに?」


 突然の豹変に、ノエルはさらに戸惑って首を傾げる。


 すると——背後から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「おはよう、ノエルくん。……と、マルクスくん」


 鈴を鳴らすような声が、ノエルの鼓膜に響く。咄嗟に振り返ると——そこには、今まで頭を悩ませていたレイシーが立っていた。


 穏やかな笑みを浮かべて、マルクスを見つめている。


 ……気のせいだろうか。その青い瞳が、全然笑っていない気がする。


「ふふ、何を話していたの?」


 レイシーが可愛らしく——けれど、どこか冷たさを滲ませた声でそう聞いた瞬間。


 マルクスはビクッと身体を震わせ、恐怖で顔面蒼白になった。


「い、いや、な、なんでもないです! さようなら!」


「マルクス⁉︎」


 慌ててその場から逃げるように去っていくマルクスを、ノエルは引き留めようと手を伸ばす。けれど、よほど彼女が怖いのか——マルクスは制止の声も聞かずに、自分の席へと駆け戻ってしまった。


「……ふふ、あんなに逃げなくてもいいのにね」


 レイシーは笑みをこぼしながら、肩をすくめる。


 ノエルは彼女の気丈な様子を見て、どこか複雑そうに顔を引き攣らせた。


「……おはよう、レイシー。元気そうだな」


「おはよう。ノエルくんは……かなり疲れているわね」


 彼女は彼の目の下のクマや、隠しきれない疲労の色を見て苦笑する。


 そんな彼に対して、レイシーは実に元気そうだった。おそらく処世術に長けているゆえに、自分よりもこういうことに慣れているのだろう。


 なんだかそれが腑に落ちなくて、ノエルは思わず彼女をじとりと睨みながら、唇を尖らせた。


「……なんで勝手に俺を『白騎士』にしたんだ」


 突然のノエルの言葉に、彼女は一瞬たじろぐ。


 不機嫌そうな彼を見下ろして、僅かに目を見開かせていたが——やがて申し訳なさそうに眉根を寄せ、ひかえめに微笑んだ。


「……ごめんなさい。暗殺事件が今回だけとは限らないでしょう? 私はノエルくんが白騎士として、今後も私を守ってほしいと思ったの……まあ、手段は少しだけ強引だったかもだけど」


 彼女は気まずそうに視線を落として、項垂れる。


 けれど、ノエルの目は厳しく彼女を映していた。


「君があんなことを言うから、あの後が大変だったんだぞ。…まさか記者も、レイシーが仕向けたのか」


 咎めるようにそう聞く。けれど彼女は、静かに首を振って否定した。


「まさか……多分あれは、クラリッサお姉様の嫌がらせね」


「……嫌がらせ?」


 ノエルが不思議そうに首を傾げる。


 そんな彼を見て苦笑すると、彼女は言葉を続けた。


「覚えてないの? 庭園でノエルくんが倒れる前、自分が『白騎士』だってお姉様に宣伝してたじゃない」


 レイシーの言葉に、ノエルは銅像のように固まった。


 言った? 誰が? 俺が?


 信じられないと言わんばかりに、慌てて記憶を遡る。


『俺はレイシーの白騎士です! 関係ないなんて……』


「……………あー!」


 言った。確かに言った。


 ノエルは自分の失態に頭を抱えながら声を上げる。なんてことをしたんだ——わざとではないとはいえ、自分の軽率さに嫌気がさした。


 頭を押さえながら苦悶するノエル。


 そんな彼を見下ろしながら、レイシーはクスクスと笑った。


「ふふ、その様子だと思い出したみたいね」


「すまない。てっきり君が記者を呼んだのかと……」


 苦虫を噛んだような声で謝罪する。

 それでも彼は自分を律するとまた厳しい目で彼女を見据えた。


「…いや、それでもあの発言は良くない。お互いの同意なく契約の継続を進めるのは、勝手が過ぎるぞ」


 ノエルのもっともな厳しい声が彼女を咎めると、レイシーはぴくっと身体を震わせる。


 釣り上がった緋色の瞳がさらに鋭くなると、彼女は申し訳なさそうに視線を逸らして俯いた。


「……本当にごめんなさい。あの手段じゃないと、ノエルくんに『白騎士』の契約を断られそうだったから」


 彼女の小さく、僅かに震える声を聞いて、ノエルは強張った表情を僅かに緩ませる。


 レイシーの『白薔薇』としての境遇や孤独を思うと、心が弱くなるのを感じた。


 ノエルは押し黙るように口をつぐんだが、しばらくして諦めたようにため息を漏らした。


「はぁ……そんなことをしなくても、俺から契約の更新を申し出る予定だったのに」


「………え?」


 レイシーは驚いたように目を見開いて顔を上げると、ノエルを見つめた。


 言葉を失っている彼女を見て、ノエルが僅かに苦笑する。そして、言葉を続けた。


「この先も危険な目に遭うかもしれないだろ? 『白うさぎの花園』……もなんか複雑そうだし、それに……」


 彼は歯切れ悪く言って、そこで言葉を詰まらせる。


 少し照れたように頬を赤く染めると、視線を泳がせた。


「……それに、友達として君を守りたいんだ。困っていたらお互い様だろ」


 レイシーはその言葉を聞いて、息を呑むように青い瞳を大きく震わせた。呆然と彼を見つめていたが——やがて、くしゃりと顔を歪ませて目を潤ませる。


 しばらくの沈黙の後、彼女は嬉しそうに美しい笑みを浮かべて、彼に微笑みかけた。


「ありがとう、ノエルくん。本当にありがとう……改めて、私の白騎士になってくれる?」


 彼女は少し声を震わせながらそう言うと、握手を求めるように手を差し出す。


 ノエルは彼女のその様子を見て、胸が温かくなるのを感じると快く頷いた。


「ああ、もちろんだ………あ」


 ノエルは何かを思い出したように声を上げると、彼女の手をじっと見つめる。


 ——そうだ。この間はちゃんとできなかったけど、今回なら。


 今度彼女と会った時にしようと、事前に勉強していたノエルは立ち上がる。


 そんな彼の様子を見て、彼女はきょとんと目を瞬いた。


「……ノエルくん?」


 不思議そうに彼を見つめる彼女。


 そんな彼女をよそに、彼は彼女の前で片膝をつくと——握手を求めたその白い手をそっと手に取り、引き寄せた。


「えーっと……親愛なる白薔薇のレイシー嬢」


 ノエルは事前に練習した言葉を思い出すように視線を彷徨わせながら、言葉を慎重に紡ぐ。そして彼女の手にゆっくりと顔を落とすと——唇を、手の甲に当てた。


「———っ」


 瞬間、レイシーの白い頬が赤く紅潮する。


 彼の急な行動に目を大きく見開かせ、その青い瞳を揺らしながら——言葉を失ったように、呆然と彼を見下ろした。


 そんな彼女の様子にも気づかず、ノエルは視線を彷徨わせながら、必死に頭をフル回転させて次の言葉を慎重に思い出す。


 なんだか周辺の声が先ほどよりもうるさくなった気がするが、それを気にする余裕がなかった。ノエルは慎重に、言葉を紡ぎ始めた。


「我が剣と心を以て、汝を守護せん。太陽が沈み、また昇るその日まで——この誓い、決して忘れじ」


 ノエルはちゃんと最後まで言えた安堵感に、胸を撫で下ろす。


 満足げな表情で立ち上がったが——彼女が赤い顔で呆然とこちらを見ていたので、彼は少し動揺の色を見せた。


「す、すまない。この間指摘されたから勉強してきたんだが……どこか間違っていたか?」


 ノエルが心配するようにレイシーの顔を覗き込むと、彼女はビクッと身体を震わせて我に帰る。


 否定するように慌てて首を振ると、赤い顔を彼に向けながら目を細めて——困ったように、優しく微笑んだ。


「いいえ、合ってるわ……合ってはいる、のだけど」


 彼女は言葉を詰まらせながらそう言うと、辺りを見回す。


 彼女の視線を不思議に思い、ノエルもその視線を追って——ピシッと固まった。


「……あ」


 周囲のクラスメイトたちの視線が、二人に集中している。


 彼の行動を終始見ていたのか、興奮したように頬を赤く染めて、ヒソヒソと話し合っている。誰かがノエルを茶化すようにヒューッと口笛を吹かすと——ノエルは我に帰ったように顔を真っ赤にして、レイシーに詰め寄った。


「ち、違うんだ! ただ、君の正式な白騎士になるなら、ちゃんとしないとと思って……他意はない! 本当だ!」


 必死に弁明している姿を見て、レイシーはきょとんと目を瞬く。


 しばらく彼を見つめていたが——笑いを堪えるように唇を震わせると、結局我慢できずに吹き出した。


「ふふ、あはは! びっくりしたわよ……」


 彼女は笑いながら、目尻に溜まった涙をその綺麗な指先で拭う。


 ノエルはまだ熱が引かない頬のまま、彼女を呆然と見つめていたが——つられて彼も、彼女と一緒にクスクスと笑い始めた。


「はは……笑うことないだろ」


「だって……ふふ」


 二人はしばらく、一緒に笑い続ける。


 そんな二人の様子を見て、不思議そうに周囲が見つめる。けれどなんだか、二人に纏う柔らかな空気を見て——どこか気持ちが和んだ。


 レイシーは笑いが収まると、ノエルに向かって優しく微笑む。


 その細めた青い瞳は、どこか温かさを滲ませていた。


「……ありがとう。改めて白騎士として、よろしくね、ノエルくん」


 レイシーの言葉に、彼が目を大きく見開かせる。


 だが彼女の笑顔を見ていると、胸が温かくなるのを感じた。ノエルは緋色の瞳を細めて、優しげな笑みを彼女に向ける。


「こちらこそ。君の役に立てるかわからないけど、レイシーを守れるように精一杯助力させてくれ」


 嘘偽りのない言葉を口にして、ノエルは心の中で誓いを立てる。


 彼女が何者なのかわからない。けれど、彼女が彼に向けた誠意に報いたい。


 ノエルは覚悟を決めたように彼女に向かって微笑むと——彼女もまた、彼に向かって微笑み返した。


 窓から差し込む朝日が、二人を柔らかく照らしている。


 これからどんな困難が待ち受けているのか、まだ誰にもわからない。


 けれど——今この瞬間だけは、確かに二人の間に温かな絆が結ばれていた。


◆これ誰だっけ?となったとき用の【登場人物一覧はこちら】https://ncode.syosetu.com/n8468lk/31/

( キャラクターのイラスト付き ※第14話までのネタバレを含みます。未読の方はご注意ください)

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