25
近くまで伸びる大きな窓から、鈍い日差しがわずかに書斎を照らしている。
重厚な木製の椅子に座る男が新聞紙を広げていた。その姿を、窓からの光が静かに浮かび上がらせる。
雪のように白い髪が、鈍い光を受けてなお美しく輝いていた。深紅の瞳が、ある情報に留まる。
まるで感情を一切感じさせないほど冷たい瞳。
男はその美しい顔にわずかに笑みを刻むと、新聞紙を丁寧に折りたたんだ。
「はは、白薔薇に白騎士……なんとも風情があると思いませんか? 私の『スミレ』」
嘲笑まじりの声が、書斎に響く。
すると、部屋の影から一人の少女が現れた。
銀灰色の髪を靡かせてゆっくりと男に近づき、その菫色の瞳が新聞紙を捉える。
「えー、そう? 私は真っ白すぎて、赤いペンキでも投げつけたくなるけど」
少女——ヴァイオレットは皮肉を込めてそう言うと、男が置いた新聞紙を手に取った。
紙面を広げると、そこには大々的に『白薔薇』のレイシーがドージャー家次期当主のノエルと『白騎士』の契約を結んだという報道が躍っている。
「あはは〜、白騎士だって。ウケる」
まるで他人事のように喋るヴァイオレット。けれどその美しい笑みを浮かべたまま、彼女は新聞紙を細かく破り始めた。
「残念だったね、お祖父様。本当は彼女の存在を消すために『白薔薇』にして、わざと権力争いに巻き込んだのに……」
破り捨てられた新聞紙が、床に散らばる。
ヴァイオレットはゆっくりと顔を上げると、不気味に口角を上げて男に視線を移した。
「計画失敗しちゃったね。なんなら強い味方まで作らせちゃって……ますます殺すのが難しくなっちゃったんじゃない?」
嘲笑うようにそう言って、クスクスと笑う。
男は深紅の瞳を細めて彼女を冷たく見据えていたが、すぐに薄く笑みを浮かべて肩をすくめた。
「さあ、なんのことやら……私は彼女の能力を買って『白薔薇』にしたのですよ?」
そこで言葉を切ると、男はわざとらしく胸に手を当てて悲しげに目を伏せる。
「私の『白薔薇』があんな危険な目に遭っていたなんて……胸が痛んで仕方ありません」
「……あくまでシラを切るんだ〜」
ヴァイオレットの笑みが消える。冷たく、目の前の男を見下ろした。
けれどその答えが返ってくることを予想していたように、すぐに口角を上げて肩をすくめる。
「まあ、いいや。あいつがどうなっても興味ないし」
そう言うと、彼女はスカートのポケットから一枚の紙を取り出した。
「……はい。これ、頼まれてた学園の組織のやつの情報。入手するの、大変だったんだよね〜」
わざとらしく疲れたようにそう言う。
その姿に目もくれず、白髪の男が紙を手に取って中身を確認した。
「……なるほど。まだ彼らは彼女の正体を知らないみたいですね」
意味深な言葉を呟くと、そばにあった金色のライターを手に取り、目の前でその紙を燃やす。
燃える紙を灰皿に落とすと、男はしばらくその炎を見つめていた。
深紅の瞳が、炎にゆらめいて輝く。けれどその瞳から、彼の考えていることを知ることはできなかった。
その様子を見て、ヴァイオレットは苛立ったように眉を寄せる。
ゆっくりと男に近づいて机に腰掛けると、男の顎を持ち上げてこちらに視線を向けさせた。
「……ねえ、大変だったって言ったんだけど」
圧をかけるようにそう告げる。その声は静かだったが、わずかに苛立ちが滲んでいた。
だが男は、彼女を見据えるだけで何の反応も示さない。
しばらくすると、彼は口角を上げて深紅の瞳を細めた。
「はは、ご褒美が欲しいのですか、ヴァイオレット? ……ですが、ねだる態度ではありませんね」
男の声が、静かに書斎に響く。
どこか有無を言わせないその雰囲気に、彼女は言葉を詰まらせると静かに机から下りて彼から数歩離れた。
「……いい子だ」
男は静かにそう告げると、満足げに口角を上げる。けれどその目は全く笑っていない。むしろ冷たく、彼女を見据えていた。
「わかっていますよ。彼女の薬代と入院費は、後で振り込んでおきます」
静かにそう言うと、もう彼女に興味をなくしたように書類に目を移す。
手を上げて追い払うように振ると、男は静かに彼女に告げた。
「もう帰って結構ですよ、私の『スミレ』。次もよろしくお願いしますね」
「……ちっ」
ヴァイオレットは彼の態度に苛立ちを募らせて舌打ちをすると、銀灰色の髪を靡かせて踵を返した。
ドアを乱暴に開けて、大きな音を立てて閉める。
それでも男は彼女に見向きもせず、紅茶を啜りながら書類から目を離さなかった。
「……本当に、愚かな娘ですね」
* * *
(あー……むかつく!)
ヴァイオレットは屋敷の廊下を歩きながら、苛立ったようにヒールの音を立てた。
下唇を噛みながら、その美しい顔を歪ませる。
誰がどう見ても、彼女は苛立っていた。
——くそっ……あの女さえいなければ……私は!
ある女性の顔が、一瞬脳裏を掠める。
それに対してさらに憤りを感じると、彼女は拳に力を入れた。
けれど——ある人物が彼女の目の前を歩いてくると、ヴァイオレットは足を止める。
憂さ晴らしの対象が現れたことに、彼女は妖しく口角を上げると、その人物に向かって歩き出した。
「あ、監獄帰りの百合じゃ〜ん。ここで何してんの〜?」
「!……ヴァイオレット」
クラリッサはヴァイオレットの姿を見ると、あからさまに嫌な顔をする。
けれどそれを誤魔化すように小さく咳き込むと、自分を律するように姿勢を正して彼女を見据えた。
「……なぜあなたがここにいるのです?あなたとお祖父様が親しい仲だとは、お見受けしないのですが」
「やだ〜、先入観で話さないでよクラリッサ。私、結構お祖父様と仲がいいよ〜」
ヴァイオレットはそう言って彼女を揶揄うように口角を上げると、クラリッサとの間を詰める。そして顔を近づけると、甘い声を出して耳元で囁いた。
「……それとも、どう仲がいいか詳しく知りたい?」
「なっ!」
クラリッサはヴァイオレットの言葉に顔を真っ赤にして、若草色の瞳を大きく見開かせる。口をぱくぱくして言葉を失う彼女の姿を見て、ヴァイオレットは吹き出した。
「ぷっ……あはは!何その顔、真っ赤じゃん!」
「っ! だ、黙りなさいっ!」
クラリッサは真っ赤な顔で瞳を釣り上げると、彼女を睨みつける。
だがそんな彼女の反応をよそに、ヴァイオレットは笑い続けた。
「あはは、ひー……はあ。クラリッサは?またベルの罪の減刑をお願いするために、お祖父様のところに来たの?」
ヴァイオレットは細い指先で目尻に溜まった涙を拭いながらそう聞く。
先ほどまで憤慨していたクラリッサも、その言葉を聞いてぴくっと反応すると、我に帰ったように姿勢を正す。
冷静さを取り戻すように深呼吸を繰り返すと、彼女はヴァイオレットをまっすぐ見据えた。
「ええ。あの子はただ、スコットに誑かされただけですから」
「……よく、自分を嵌めた子の減刑をお願いできるよね。憎んでないの? あの子のこと」
ヴァイオレットは彼女の行動の意図が理解できないのか、観察するように菫色の瞳を細める。
クラリッサは彼女の視線を感じ取り、少し考えるように俯く。けれど顔を上げると、背筋を伸ばした。
「……確かにあの子は、私を陥れました。けれど、ベルは私の従者です」
クラリッサは言葉を切ると、若草色の瞳を細める。誇りを胸に、まっすぐヴァイオレットを見据えた。
「主人である私の管理不足が招いたこと。ベルの罪は、私も共に背負いますわ」
彼女のまっすぐな言葉に、ヴァイオレットが一瞬目を見開く。
けれど明らかに嫌悪感を抱いたように、表情に影を落として彼女を睨みつけた。
「……何それ、気持ち悪い。今回の件で『百合』の地位がなくならなかったからって、調子に乗るなよ」
ヴァイオレットは自分の悪意を隠そうともせずにそう吐き捨てる。
けれどクラリッサはそれに動じることはなく、少し悲しげに目を伏せた。
「……お祖父様が、私の序列を下げるわけありませんわ」
その言葉に、さらにヴァイオレットは目を釣り上げて彼女を睨みつける。
殺意と憎悪の混じったその瞳が彼女を捉えるも、瞬時に自分を落ち着かせるように息をつく。顔を上げると、妖艶な笑みを浮かべた。けれどその目は、どこまでも冷たかった。
「……まあ、いいや。せいぜいお祖父様のお気に入りとして、あぐらをかいてなよ」
彼女は軽い調子でそう言うと、クラリッサの横を通り過ぎる。
クラリッサはヴァイオレットを視線で追いかけると、静かに振り返って彼女の背中を見つめた。
「じゃあね、クラリッサ」
ヴァイオレットはその視線に気づいたのか気づかなかったのか……歩きながら振り返らずに手を振る。その声はいつもの軽い調子に戻っていたが、どこか冷たい雰囲気を纏っていた。
「——また、『白うさぎの晩餐会』でね」
◆これ誰だっけ?となったとき用の【登場人物一覧はこちら】https://ncode.syosetu.com/n8468lk/31/
( キャラクターのイラスト付き ※第14話までのネタバレを含みます。未読の方はご注意ください)




