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24

 スコットが連行されていく姿が廊下の向こうに消える。

ノエルの視界に映るのは、窓から差し込む茜色の光だけだった。


 ジャックと共に空き教室へ戻ると、待っていたレイシーが駆け寄ってくる。白い髪が揺れ、その青い瞳には心配の色が宿っていた。


「ノエルくん、大丈夫? 何があったの?」


 細い指が肩を掴む。その力は思いのほか強く、彼女の切羽詰まった様子が伝わってきた。


 ノエルは思わず呆然とする。


 脳裏に、スコットの言葉がよぎった。


『レイシー・ロンジェヴェティには気をつけろ。あいつは危険だ』


「………」


「……ノエルくん?」


 もう一度、名前を呼ばれる。その声に、ノエルははっと我に帰った。


「……あ、いや。なんでもない」


 慌てて視線を逸らす。胸の奥でくすぶる違和感——それを抱いてしまった自分に、罪悪感が湧き上がってくる。


(何を考えているんだ、俺は……)


 頭を振って、その考えを振り払おうとした。


 レイシーは眉根を寄せて彼を見つめる。いつもと違うノエルの様子に、言葉を詰まらせた。


 そんな二人のやりとりを見ていたジャックが、深いため息をついた。


「スコットが逃走を試みたんだが、ノエルがそれを止めてくれた。……きっと疲れたんだろ。無理もない」


 歩み寄ると、ノエルの頭に大きな手を置く。その手つきは優しく、まるで弟をいたわるようだった。


「明日また事情聴取をすることになるが……ひとまず、二人とも早く寮に戻って休め」


 ノエルは顔を上げる。緋色の瞳が僅かに揺れると、先程まで固くなった表情が僅かに緩和した。


「……そうするよ、ありがとう義兄さん」


「ああ」


 感謝の念を込めて、静かに頷く。

 ジャックは満足げに頷く——だが、すぐに表情を引き締めると、訝しげに目を細めて二人を見据えた。


「……お前ら、これ以上隠していることはないだろうな」


 念押しするような視線に、ノエルは何度も首を縦に振った。レイシーは相変わらず涼しい顔をしている。しばらくの沈黙の後、諦めたように深いため息をついた。


「……ならいいが。何かあれば相談するんだぞ。返事は?」


「は、はい!」


「……はい」


 緊張した様子で答えるノエルとは対照的に、レイシーは視線を落としたまま静かに返事をする。


 ジャックはしばらく二人を見つめていたが、やがて厳格な態度を解いて目尻を下げた。


「よし……じゃあ、二人で寮に帰れるか?送っていきたいがまだやることがあって」


 ノエルは慌てて頷く。それを見てまた満足そうに頷くと、ジャックは視線をレイシーに移した。


「レイシー嬢。兄として弟を巻き込んだあなたを許すことはできない……が、弟と仲良くしてくれてありがとう。これからもノエルをよろしく頼む」


 レイシーは一瞬、目を見開いて瞳を揺らした。だがすぐに、いつもの穏やかな笑みを浮かべてジャックに向かって礼儀正しく頭を下げた。


「いえ、今回はノエルくんを巻き込んですみませんでした……これから危険なことに巻き込ませないようにします」


 その言葉を聞いて、ノエルははっと息をのむ。


(あ……そうか)


 事件が解決した——ということは、二人の『白騎士』という契約の解消を意味していた。


(解消したら……もう彼女と関わる理由がなくなる)


 その事実を突きつけられた瞬間、胸が痛んだ。今回の事件は危険と隣り合わせだったが、それでも彼女と仲を深めるきっかけになった。周りから好かれる彼女と自分が関わり続ければ、彼女が浮いてしまう——その未来が、目に見えていた。


(だから……このままがいいんだ)


 ノエルは内心の葛藤を押し殺して、その考えを心の奥に押し込んだ。


 …どれくらいの時間が経っただろう。気づいたら、ジャックが教室を出て別れていた。


 二人は寮に帰るために廊下を並んで歩く。夕陽が窓から差し込み、長い影を床に落としていた。生徒の姿もまばらで、静寂が校舎を支配している。


 レイシーが何度か声をかけてきても、ノエルは答えることができなかった。


「ノエルくん……ノエルくん」


「……」


「……あー、もう」


 レイシーはそう言うと、彼の前に立ちはだかった。


 少し怒った様子で腕を組み、頬を膨らませて睨んでくる。ノエルはその表情を見て我に帰ると、慌てて辺りを見回した。


 気づいたら、学園の玄関前だった。


「……どうしたの? 私、何回も声をかけたんだけど」


「あ、すまない……つい」


 曖昧にそう答えて、視線を逸らす。


(もっと彼女と普段も関わりたい)


 ——そんなこと、言えるはずもなかった。


 レイシーは疑わしげに彼を見つめる。そして、ゆっくりと近づいてきた。


 細い指先が、優しく頬を撫でる。


「……疲れた? ごめんね、私が巻き込んだから」


「あ、違う。君は悪くない……ただ」


 頬を撫でられた瞬間、緊張が走った。ノエルは思わず少し距離をとる。視線を落として考え込むが——やがて、彼女の様子を見て素直に伝えることにした。


「……ただ、君との白騎士としての関係もなくなると思うと。少し寂しい気もして」


「……………あ」


 レイシーも今気づいたのだろう。青い瞳が大きく見開かれ、戸惑いの色が滲む。


 しばらく気まずい沈黙が続いた。


 やがてレイシーは俯いていた顔を上げると、意を決したように口を開く。


「あのね、ノエルくん……私……」


「——待て、何か音がしないか?」


「………え?」


 ノエルの耳に、僅かな人の声が聞こえてきた。


 耳を澄ませば、学園の玄関扉の向こう側から複数の人の声が響いている。ざわめきが、次第に大きくなっていく。


 訝しげに眉を寄せながら、ノエルは恐る恐る扉に手をかけた。


 ——次の瞬間。


 パシャッ、パシャッ!


 眩い光が視界を白く染めた。


「うわっ!」


 ノエルは反射的に目を瞑る。片手で視界を遮りながら、恐る恐る目を開けると——


 信じられない光景が、そこにあった。


「おい、誰か出てきたぞ!」

「ドージャー家の次期当主だ!」

「こら! 学園の敷地に勝手に入るな!」


 学園の玄関前が、記者とカメラマンで埋め尽くされていた。


 その声と共に、複数のカメラを持った大人たちが次々にフラッシュを焚く。カメラマンたちを取り押さえようと職員と警護員が行く道を遮っていたが、それでも圧倒的にカメラマンの人数が多くて完全に阻止できていなかった。


「な、なんだこれ!?」


 ノエルはこの異様な光景に脱帽する。


 彼に続いてやってきたレイシーも、この光景に目を大きく見開いて片手で口元を押さえた。


 彼女の姿がカメラマンたちの視界に捉えられた瞬間——職員と警護員が押し切られ、彼らが二人に押し寄せてくる。


 身の危険を感じたノエルは咄嗟にレイシーを背に隠すと、カメラマンたちを威嚇するように睨みつけた。


「すまない。寮に戻りたいから通してくれ!」


 声を張り上げて頼む。


 けれど、カメラマンたちはノエルが彼女を庇う姿を見て、むしろ好奇の色を見せるように目を細めて口角を上げた。シャッター音がさらに激しくなる。


「こんばんは、スカーレット新聞の者です! いくつか質問がございますが、お時間よろしいでしょうか?」


 カメラマンとは違う、スーツを身につけた女性記者がノエルに録音機を向けてそう告げる。


 ノエルは戸惑った様子で緋色の瞳を揺らした。だが記者は彼の反応など意に介さず、言葉を続ける。


「単刀直入にお伺いします! 後ろにいらっしゃる『白薔薇』……レイシー・ロンジェヴェティ様の白騎士になられたというのは本当でしょうか⁉︎」


「……………は⁉︎」


 ノエルはその質問を飲み込むのに時間がかかった。呆然として、わかりやすく動揺した。


 その反応を見逃さないように、女性記者の目がさらに細くなった。考える暇を与えないように、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「ドージャー家次期当主がロンジェヴェティ家の『白騎士』になられるなど、前代未聞の事例です! どうか真実をお聞かせください!」


「え、は、え……は?」


 周りの大人たちが二人を囲み、プレッシャーをかけるように見つめる。


 遠くで職員たちが全員を追い返そうとするが、その努力も虚しく誰も帰る様子がない。フラッシュの光が容赦なく二人を照らし続けた。


(ダメだ……ちゃんと否定しないと)


 彼女のために、白騎士であることを否定しなければならない。


 じゃないと、今後の彼女の立場が危うくなる。


 周りに突然囲まれてパニックの中、冷静にそう思うと——ノエルは意を決して口を開いた。


「いや、俺と彼女はただの……」


 友達? クラスメイト?


 どの関係性を言えば正しいのかわからず、一瞬言葉を詰まらせる。


 ——だが、次の瞬間。


 誰かが腕を抱くように掴んできた。


「……レイシー?」


 咄嗟に腕を見下ろすと、そこに彼女がいた。


 レイシーは一瞬だけ——本当に一瞬だけ、氷のような眼差しで周囲を見渡した。


 だが次の瞬間には、いつもの天使のような笑みを浮かべている。深く息を吸い、姿勢を正すと、親しげにノエルの腕を抱き直した。


「皆様、お集まりいただきありがとうございます」


 鈴を転がすような、美しい声。


「私とノエルくんの『白騎士』の件ですが……」


 言葉が、止まる。


 ノエルは彼女が自分の代わりに否定してくれると思った。だから、ホッと胸を撫で下ろしていた。


 ——だが。


「はい。彼は私と契約を結んだ『白騎士』です」


「………は」


 脳が、理解を拒絶する。


 ノエルはゆっくりと、本当にゆっくりと彼女を見下ろした。


 目が、合う。


 青い瞳が鏡のように彼を映し——レイシーは、可愛らしく笑って見せた。


「彼以外に私の白騎士は考えられませんもの」


 ——その言葉を合図に、堰を切ったように多くの記者が二人に詰め寄った。興奮を隠さない声で質問攻めをし、カメラマンが先ほど以上にフラッシュを焚いてシャッターを切る。


 記者たちの声とシャッター音が、やけに遠く聞こえた。


 この状況をゆっくりと飲み込むと、ノエルは目を大きく見開いたまま青い顔をして冷や汗を大量にかく。


 そんな彼とは対照的に、レイシーは記者の質問に笑顔で冷静に対処する。


 その姿を呆然と眺めながら、ノエルは銅像のように固まって言葉を一言も発することができなかった。


 ——翌日。


 新聞の記事に、大々的に二人の関係性が載せられることになる。


 『白騎士』の契約を結んだことがバレたノエルは、ジャックを含めた家族に咎められたのは言うまでもない話だった。

◆これ誰だっけ?となったとき用の【登場人物一覧はこちら】https://ncode.syosetu.com/n8468lk/31/

( キャラクターのイラスト付き ※第14話までのネタバレを含みます。未読の方はご注意ください)

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