↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/31

15

「くそっ…なんで、俺が……」


 男子寮の一室。午後の陽光が窓の外で輝いているはずなのに、マルクスは厚手のカーテンを引いて部屋を薄暗闇に閉ざしていた。ベッドの上で膝を抱え、うずくまる。毛布を頭まで被って、まるで世界から身を隠すように。


 父親の権力で停学と謹慎処分で済んだ——それだけでも温情だと周囲は言う。だが、マルクスにとってはむしろ地獄だった。犯人という烙印を押された今、彼への風当たりは容赦なく強い。


 数日前まで笑い合っていた取り巻きたちは、今や彼を蔑みの眼差しで見る。クラスメイトたちも畏怖の色を隠さない。寮の廊下ですれ違えば、ひそひそと囁き合う声が背中を刺す。


(俺は……何もしてないのに)


 心の中で何度も繰り返す。誰も信じてくれない。身に覚えのない証拠ばかり積み重ねられ、呆然としている間に全てが決まっていた。


 父親ですら、マルクスの言葉に耳を貸さなかった。「事が済むまで大人しくしていろ。反省の姿勢を示せ」——それだけだった。


 孤独が、じわりと胸を締め付ける。マルクスは毛布にさらに顔を埋めた。目に涙が滲む。悲しみと悔しさが入り混じって、喉の奥が熱くなった。


 くそっ…くそっ…。


 ——その時、扉を叩く音が響いた。


 マルクスはびくりと体を震わせ、毛布から顔を覗かせる。誰だ、こんな時間に。まだ授業中のはずだ。また誰かが嘲笑いに来たのか——


 だが、扉の向こうから聞こえてきた声に、マルクスの紫色の瞳が大きく見開かれた。


「マルクス、いるか? ノエルなんだが……話が聞きたくて」


*  *  *


「マルクス……マルクス?」


 男子寮の薄暗い廊下。窓から差し込む午後の光が、埃っぽい空気の中で斜めに床を照らしている。ノエルは少し緊張した面持ちで、マルクスの部屋の扉を叩いた。先日の事件で負った傷を理由に授業を休み、こうして彼を訪ねてきた。


 何度も呼びかけるが、返事はない。


(いないのか……?)


 停学で謹慎中なら、部屋にいるはずだが…。心配が募り、ノエルは少し躊躇いながらドアノブに手をかけた。


 ……ガチャリ。


 鍵はかかっていなかった。

 少しの緊張が走る。彼に何かあったのだろうか?


 静かに扉を開ける——


 次の瞬間、何かが顔面目がけて飛んできた。


「⁉︎」


 反射的に手を上げ、ノエルは枕を受け止める。柔らかい感触が掌に収まった。


「なんで勝手に入ってくるんだよ! そこは普通帰るだろ⁉︎」


 マルクスの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。薄暗い室内、ベッドの上で毛布を被った彼が、憤慨した表情でこちらを睨んでいた。


 ノエルは目を瞬かせ、枕を抱えたまま小さくたじろぐ。


「確かに……すまない。何かあったのかと思ったんだ」


 素直に謝るノエルの反応に、マルクスは一瞬呆気に取られたような顔をした。呆れたように息をつく。すると、再び毛布を被ってノエルに背を向けた。


「………なんの用だよ。お前も俺を嘲笑いに来たのか?」


 その声は、どこか震えていた。


 数日前からずっと塞ぎ込んでいたのだろう。

 友人たちから嘲笑された傷が、いまだ癒えていない——そんなふうにノエルには見えた。


 そんなマルクスの様子に胸が痛む。

 ノエルは少し躊躇いながらもゆっくり首を振った。


「違う。あの事件について、君に話を聞きに来たんだ」


 緋色の瞳が真っ直ぐにマルクスを見据える。


「マルクスも、真犯人が気になるだろう?……だから、協力してほしい」


「…………は?」


 マルクスの動きが止まる。しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと毛布から顔を出し、信じられないという表情でノエルを見つめた。


「……お前は、俺を疑わないのかよ。物的証拠が残ってるんだぞ?」


 震える声。それでもノエルは、もう一度首を横に振る。


「確かに物的証拠は残っている。けど……色々違和感があるんだ」


 ノエルは言葉を選びながら続けた。


「それに、君があんな風に人を傷つけるとも思えないし…俺は違和感の正体を探りたい。頼む、色々話を聞かせてくれないか?」


 マルクスは呆然とノエルを見つめた。やがて、震える声で問いかける。


「……なんで、そんなことが言えるんだよ」


 喉の奥が詰まる。言葉が続かない。


「俺は散々お前を混血児って言って……コケにしてきたんだぞ? ざまあみろって思わねぇのかよ」


 ノエルが沈黙すると、マルクスは一瞬強張った表情を見せた。

 まるで、自分が軽蔑されると覚悟しているように見えた。


「……確かに、君は俺を嫌って散々嫌なことを言ってきた」


 ノエルが顔を上げた。その緋色の瞳に、嘘はなかった。


「けど、俺は別に君を嫌ってない。今だって、そんなの関係ないと思ってる」


「……は」


 マルクスの目が、大きく見開かれた。呼吸を忘れたように固まる。


「俺は……正直、君の言葉に傷ついたこともあった。でも今思えば、君が普段細かいことを指摘してくれたおかげで学園都市に転入してきても慣れることができた…むしろ感謝している」


 ノエルは少し困ったように視線を逸らす。その不器用な仕草に、マルクスの胸の奥で何かが崩れ落ちた。


「だから今は……むしろ、君の力を借りたい。一緒に真実を探してくれないか?」


 静かな、でも真っ直ぐな言葉。それがマルクスの心の奥深くに染み込んでいく。気がつけば、視界が滲んでいた。


「……ま、マルクス? なんで泣きそうなんだ?」


「! う、うるせえ! 泣いてねぇよ‼︎」


 マルクスは慌てて顔を背け、服の袖で乱暴に目元を拭う。どう見ても泣きそうだが——ノエルはそれ以上追及しなかった。


「……お前、本当にバカじゃねぇの」


 マルクスが震える声で罵倒するも、ノエルは何も答えずに沈黙する。


 部屋の中には二人の呼吸音だけが響いた。


 しばらくの静寂が続いた後。やがてマルクスは、落ち着きを取り戻したのか、赤く腫れた瞼をノエルに向けた。


「……で? なんの話が聞きてぇんだよ」


 その小さな声に、ノエルの表情がわずかに明るくなった。無表情ながら、頬がほんのり赤く染まる。


「ありがとう……実は、生徒会長に証拠品の手紙を見せてもらったんだが、ある違和感があって」


「……手紙?」


 マルクスははっと息を呑む。そして慌ててベッドから飛び起き、ノエルに駆け寄った。少しよろけながらも彼の両肩を掴み、前のめりに顔を近づける。


「俺はあの手紙なんて知らない! 確かに手紙は受け取ったが、あんな内容じゃなかった!」


「……なんだって?」


 ノエルの目が驚きに見開かれる。


「どういう意味だ?詳しく教えてくれ」


 問い詰めるような声に、マルクスは一瞬たじろぐ。だが深呼吸をして、自分を落ち着かせると慎重に言葉を紡いだ。


「……クラリッサから手紙はもらった。けど、内容は全然違ったんだ」


「違った?」


「ああ。暴力的な内容なんかじゃなくて……その、インターンの推薦状の話で」


 マルクスは視線を泳がせる。どこか気恥ずかしそうに。


「実は、ずっと前から彼女の家族と親交があって……彼女の両親に、ビル・ロンジェヴェティの元で働けるよう推薦状をお願いしてたんだ。手紙には、それが取れたって書いてあった」


「……中身がすり替えられたってことか?」


 ノエルは顎に手を添え、視線を床に落として考え込む。マルクスは、そんなノエルの姿に何かが込み上げてきて、思わず目が潤んだ——けれど首を振って、言葉を続ける。


「けど、おかしいんだよ。手紙を受け取ってから……なんていうか、頭がふわふわするっていうか……」


「ふわふわ?」


「ああ。手紙から妙な匂いがして……それから記憶が曖昧になって」


「!」


 ノエルの体が強張る。


「もしかして、その匂いは甘くなかったか? 香水じゃない……自然由来的な……」


 必死に説明しようとするノエルに、マルクスは息を呑んだ。


「……なんでお前が、あの香りを知ってるんだよ」


 震える声で、マルクスはノエルの言葉を肯定した。ノエルはさらに詰め寄る。


「実は先日、君とぶつかった時にその香りがしたんだ……だから、それを確認したくてここに来た」


 ノエルの素直な告白に、マルクスは呆然とする。そして我に帰ると、納得したように頷いた。


「……そうか。やっぱりあの匂いは関係あったんだな」


 マルクスは眉を寄せて考え込む。


「けど、最初はクラリッサが香水を変えたのかと思ったんだよ。でも……あの人、ああいう甘ったるい匂いは嫌いなんだ。いつもハーブ系の香りしかつけないから」


 マルクスが言葉を濁す。真犯人として捕まった彼女が、本当に悪事を働いたとはどうしても思えない——そんな心情が声に滲んでいた。


「……確かに筆跡は彼女のものだった。けど、俺はどうしても彼女がこんなことをすると思えない」


 マルクスはノエルを見つめて、真剣な表情で問いかける。


「なあ、お前はどう思う? 彼女が犯人だと思うか?」


 ノエルは少し言葉を詰まらせ、慎重に答えた。


「……俺も君と同じように、とても彼女がやったとは思えない」


 そう答えてから、ノエルは再び考え込むように視線を落とした。


「けど、マルクスは彼女から直接もらったんだろう? なぜ彼女がわざわざ手紙なんか……」


「……いや」


 マルクスはしばらく考えるそぶりを見せてから、静かに言葉を紡いだ。


「そういや、手紙はクラリッサから直接じゃなかった。ベルを通してもらったんだ」


「……なんだって?」


 ノエルの顔から血の気が引いた。心臓が激しく脈打つ。冷や汗が背筋を伝う。


「その時は何も気にしてなかったけど……」


 マルクスは遠い目をした。


「ベルはすごく緊張してたんだ。手が震えてて、俺の目を見られなくて」


「震えて……?」


「ああ。『クラリッサお姉様からの大切な手紙だから、丁寧に扱ってください』って何度も言ってた。今思えば、あれは……」


 マルクスは言葉を濁した。


「……まさか、あいつが?」


 マルクスが困惑したように呟く——が、ノエルはもうその声を聞いていなかった。


「……ノエル? どうかしたか?」


 マルクスが心配そうに声をかける。だが、ノエルの脳裏には、ここに来る前の記憶が鮮明に蘇っていた。




『——レイシー、今からマルクスに会ってくる』


 申し訳なさそうに眉を寄せるノエルに、レイシーは優しく微笑んだ。


『大丈夫よ、ノエルくん。実はさっき、ベルにお茶会に誘われたの。彼女も今回の件で心を痛めているだろうし……彼女に寄り添いながら、色々情報を聞いてみるわ』


 ——その笑顔が、ノエルの脳裏で揺らいだ。


「おい、ノエル⁉︎」


 マルクスの引き止める声が後ろから聞こえる。けれどノエルはそれどころではなく、部屋を飛び出して寮の廊下を駆け出した。


 レイシー——レイシー!


 心の中で何度も叫ぶ。待ち合わせ場所である寮の前に急ぐ。息が切れる。肩の傷が疼く。それでも走る。


 ——だが、約束の場所に彼女の姿はなかった。


 ノエルは肩で息をしながら、辺りを見回す。夕日が校舎を赤く染め始めている。学生たちの話し声が遠くから聞こえるが、白い髪の少女の姿はどこにもない。


 時間が過ぎても、レイシーは現れない。

 ノエルが目を離した隙に、彼女は姿を消してしまった。

◆これ誰だっけ?となったとき用の【登場人物一覧はこちら】https://ncode.syosetu.com/n8468lk/31/

( キャラクターのイラスト付き ※第14話までのネタバレを含みます。未読の方はご注意ください)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。