エルガード
森の中に見知らぬ男が立っていた。雨の中に一人、傘をさした男は笑顔で加奈に近付いて来る。
「ごめんね、大丈夫だった?」
男は地面につき刺さっていたナイフを抜いた。そこは先程まで加奈が立っていた場所で、加奈が感じた変な気配はそのナイフで、そのナイフをこの男は拾ったのだ。
つまり、加奈に向かってナイフを投げたのはこの男という事だ。そんな気は端からしていたが。
男はナイフを腰に戻し加奈の方を見る。
「女の子だとは思わなくてさ。男だと思ってたからついついね」
男はごめんねーと言い、笑いながらこちらに近付いて来る。加奈は男と距離をとるため後ろに下がり、どちらさまですかと聞いた。男は、近付くにつれて加奈が離れていくのが分かったのか、立ち止まって傘を地面に置き、背中の荷物を濡れないようにか傘の下に置いて、腰のナイフを外して地面にカシャリと置いた。その後、両手を上げて降参のポーズをとり加奈を見る。
「警戒しなくても大丈夫だよ。俺はエルガード。アブリルの町から来たんだ。灰色狼に会いにね」
灰色狼?
加奈は訝しむ。
「今日は雨だからね。多分へばってんじゃないかと思ってさ」
もしかしなくても灰色狼とは犬先生の事だろうか、と思っていたら、エルガードと名乗った男は、「君が天狼の子でしょ?その耳と尻尾。雨で濡れちゃって残念だけど、きっと元はふさふさなんだよね?可愛いね。耳と尻尾、触ってもいい?」と笑顔で問うてきた。
加奈は犬耳と尻尾が出てしまっている自らの体を見て、また先生に叱られるなーと、呑気にもこの時思ってしまう。
加奈は耳と尻尾を引っ込め、エルガードからまた少しだけ距離をとり、警戒をしながらも先生のお知り合いですか?と聞いてみた。
「先生?君灰色狼のこと先生って呼んでるんだ」
いいなぁ、女の子に先生なんて呼ばれて。灰色狼のくせに、ずるいなぁ。俺も呼ばれてみたいなぁ、いいなぁ。と、そんな事をつらつらと言っているエルガードと名乗る男を見ていた加奈はこう思った。
『変な人』
とりあえず、犬先生の知り合いらしい変な人、エルガードに加奈は警戒を少しだけとき、先生は穴蔵で寝てますと伝えてやる。
「やっぱへばってたんだ。見にきて良かったよ。全く、しょーがない奴だなぁ灰色狼は」
そう言ってエルガードは先程傘と一緒に置いた荷物を拾い、加奈に差し出してくる。中に食べ物が入ってるから、食べていーよとそう言って。
加奈はとりあえずそれを受け取り、目の前の男、エルガードをじっと見て先生のお友達ですか?と再度聞いてみた。
「その、先生っての。灰色狼にそう呼べって言われたの?」
エルガードは加奈の質問を綺麗に無視して、逆に質問をしかえした。加奈は気にせずその問いに答えてやる。
「違いますよ、私が勝手に呼んでるんです。最初は嫌そうにしてましたけど」
それを聞いたエルガードはニヤニヤと笑った。何がそんなに面白いのだろうか。不思議に思いエルガードの顔をじっと見ていた加奈の頭を、何を思ったのかエルガードの手がいきなりわしゃわしゃと触ってくる。
「……何ですか?」
食べ物を持って来てくれ、多分犬先生の友人なのだろうこの人を無下にする事も出来ず、暫くは頭を触られるのを我慢していた加奈だったが、髪の毛が只でさえ雨に濡れてしまっていて不快なのに、さらにエルガードの手によりぐしゃぐしゃにされていくのにイラっときて、エルガードの手を叩き落とす。
エルガードが笑う。
「いや、耳ないなーと思ってさ」
どこにやったの?と言う質問には答えず、これ以上付き合ってられるかと、加奈は荷物を背負ってお礼を言う。
「食べ物、ありがとうございました。じゃ、これで」
離れていく加奈にエルガードは慌てて追いかけて来て傘を差し出し、あげるよと言った。
「びしょ濡れだから、もう必要ないかもしれないけどね」
そんなことは無かった。加奈はありがたく傘を受け取りお礼を言う。出来れば食べ物の入った荷物を濡らしたくなかったからだ。簡易傘は壊れてしまったし。
エルガードは最後に、灰色狼によろしくねーと言い、また加奈の頭を触ろうとして避けられ、苦笑しながら残念とだけ言って去って行った。
「……結局先生の友達なのかな」
そう口にしてから、人が友達?と今更ながらに思ってしまう加奈であった。
穴蔵に戻ると先生は出た時と変わらない格好で寝そべっていた。加奈が森で会ったエルガードの話をしたら少しだけ目を開け、「食べろ」とだけ言った。やはり知り合いらしい。
友達なのかは不明だが。




