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ピンチの中の、黒い影

残酷シーンが入ります。

大丈夫な方だけどぞ。

『狼は死んでないぞ』





黒髪でつり目ぎみの灰色の瞳を持ち、加奈より20cmぐらい背が高く何だかよくわからないがただならぬ迫力があり、犬先生の知り合いだと言うこの男は、加奈に邪魔だから帰れと言い放った。睨み付けられるとさらに男の迫力がまして思わず怯んでしまった加奈だったが、帰ろうとしない加奈に男はため息をついた。



そして、犬先生が死んでいないと何の事でもないような感じで言い放った。犬先生が生きているなんて、そんな事ある筈がないのに。絶対にあり得ない事なのに。



「先生が生きているなんて嘘、いわないで下さい」


加奈は不機嫌そうに言う。妙な期待は抱かせないで欲しい。犬先生の事なら尚更だ。加奈にとってこの世界に来て初めて話をし、加奈の理解者だったのは犬先生だ。先生が目の前にいて、いろいろ教えてくれた。前世の事、天狼の力の事、加奈がお腹が空かない様にご飯もちゃんと買ってきてくれていた。厳しかったけど、冷たかったけど、時々優しかった。この世界に連れて来たのは先生だが、それは加奈が天狼の力の暴走により誰かを傷付けてしまわないためだ。そのために先生は加奈をここに連れて来てくれて、一緒に特訓までしてくれた。出来の悪い加奈に呆れてはいても、放り出す事はなかった。ずっとそばにいてくれた。


そんな先生が殺されたと聞いた時はショックで頭が回らなかった。もしかしたら天狼の力が暴走しかけていたのかもしれない。それほど加奈にとって先生はかけがえのない、大事な存在なのだ。


「私はロータスさんって人に聞いたんです。ここにいる連中が先生を殺したって。研究だかなんだかのくだらないもののために先生を殺したって」


思い出すとまた人間へのどうしようもない怒りが胸に溢れてくる。いつの間にか手を強く握り締めていたようで、手のひらには爪の痕がくっきりとついていた。



「天狼には特殊な力がある」


男はそんな加奈をじっと見ながら静かな声でそう言った。


「天狼には一個体に一つずつ、他の者とは違う能力をそれぞれ持っているんだ。火を操るやつ、水を操るやつ、風を操るやつ、またはそれら全てを操るやつ。未来が見えるやつや空を飛べるやつなんかもいた」


男は相変わらず奥の部屋を気にしながらも、加奈と向かい合い話を続ける。


「灰色の狼は惑わす能力を持っている。幻影を見せたり、相手に自分の有利な様に思わす事ができたりするんだ。そのロータスとか言うやつも、その能力にかかっていたんだろう」


先生が持っている幻影の能力。そんなもの先生からは一度も聞いた事がない。


「先生からはそんな話し聞いた事ありません。エルガード達も知らないみたいだったし」


もし知っていたとしたらあの時、ロータスが話しをしていたあの時に教えてくれていた筈だ。仮にあの時にロータスがいて言うことが出来なかったのだとしても、そのあと加奈が泣き叫んでいる時にでも言ってくれていただろう。


「当たり前だ。幻影の能力なんてバレて対策を練られでもしたら即使えない能力になってしまうからな。そもそも自分の力を誰かに話す事は天狼の間でもなかった事だ。自分の力は自分だけが知っていればいい」


とにかく灰色の狼は生きているから安心して、さっさとここから離れろ。と男は言ったが加奈は動かない。


「じゃあ先生は今どこに?」


全然言うことを聞かない加奈に男はため息をつき、あの部屋の中だと、奥の黒ローブ達が集まっている部屋を指差した。加奈もちらりと見てみたが、やっぱり黒ローブの人間しか見えなかった。


「・・・・・・」


なんだかやっぱり嘘臭い匂いがした。全て嘘なのではないだろうかと加奈は考えてしまう。犬先生の知り合いだと言うのも、先生が生きていると言うのも、加奈の味方だと言ったのも、先程語った幻影の能力や天狼にはそれぞれ個々で別の能力があると言う話しも。全てが疑わしい。


ここにいる黒ローブの人間の仲間ではないのは確かだろう。こうやって今そいつらから隠れて様子を伺っているのは確かなのだから。だが、加奈の味方なのかと言われればそこは怪しい所だ。この男が喋っていた事は全て証拠がない、確証がない。もし本当に犬先生が今生きているのだとしたら、何故加奈の所へ帰ってきてくれなかったのか。あの穴蔵へ、朝からずっと何故一度も顔を見せに来なかったのか。




そしてこの男は何故だか加奈をここからすぐに離したがっている。



やはり、信用できない。信用してはいけないのかもしれない。


だが、先程聞いた『死んでいない』発言を加奈は信じてはいないものの、淡い期待を抱いてしまったのは事実だ。犬先生が死んだと言うのは、ロータスから聞いただけで加奈が現場にいて見た訳じゃない。だから生きていると言われてしまうと期待をする。どんなに嘘だろうと自分に言い聞かせても、一度抱いてしまった期待は消える事はない。先生が生きていたら、これほど嬉しい事はないのだから。





加奈が男に向かって口を開こうとしたその時、奥の部屋で大きい爆発音がした。何かがあったようで、部屋からは白い煙が大量に漏れだし、中にいた黒ローブの人間達が慌ただしく動き回る気配がした。


「お前はここにいろ」


男はそれだけ言い残し、奥の部屋へと走り去っていく。当たり前だが加奈が男の言う事など聞くはずもなかった。男を追いかける様にして加奈も走り出し、黒ローブの連中がいる部屋へと入っていった。





部屋の中は白い煙で覆われほとんど何も見えない状態だった。何か変な匂い、建物内のカビ臭い匂いとはまた違う、鼻につく匂いがして加奈は眉をひそめる。先に走って行った男は完全に見失ってしまったが、この混乱に乗じてとりあえず黒ローブの連中を片付けて行く事にした。


黒ローブの人間達は口々に「大変だっ」だの「研究がっ」だの叫んでうろうろと部屋の中をさ迷い歩いている様だった。幸い部屋の中に充満している煙のおかげで加奈がいることはまだ気付かれていない。だが気付かれてしまうのも時間の問題だ。この煙がいつまで有効か解らないのだから。


加奈は前方にいた黒く動く物を見据え、接近して手で掴み右足で思いっ切り蹴り飛ばす。何かが壁にぶつかるバーンッと言う凄い音がして辺りはさらに騒ぎ出す。加奈はそれを気にもせずに、慎重に周りを見渡す。白い煙の中、黒いローブは目立つ。見付ける事はそんなに難しくはなかった。さっき蹴ったのも多分黒ローブの人間だろうと思う。確信はなかったが、気にしなかった。


「何の音だ」「なにかあったのかっ」「煙で何も見えないぞ!」と叫んでいる黒ローブの人間を、加奈は片っ端からぶちのめして行く。黒い物が目の端をよぎれば、とりあえず蹴りや拳などを入れ吹っ飛ばす。吹っ飛ばした先にも人がいたようで、巻き添えを食らった様な気配もたまに感じられた。加奈はあまり動き回る事はせず、少しずつ進み獲物が近付いて来るのを待つ。部屋の構造も解らないのに煙の中大きく動き回るのは危険だと感じたからだ。




煙が大分薄くなり、周りの状態が見渡せる様になってくると部屋の中は、加奈がのしたのであろう黒ローブの人間が何人も倒れているのが見えた。まだ数人、呆然と立ちつくしている者もいたので加奈は素早く動き、そいつらにも死なない程度に強烈な拳や足げりをお見舞いして昏倒させる。



「これで全員かな・・・」



加奈は周りを見渡し、もう一度立っている者がいないかどうか確認した後、ふと疑問に思う。



あの男はどこに行ったのか。


周りに倒れているのは黒ローブを来た人間ばかりだ。先に部屋に入っていったあの男は見当たらない。じゃあどこに行ったのか。

部屋の奥には加奈が入って来たのとは別の入口らしき扉があった。もしかしたらあの扉からどこかへ行ったのかもしれない。


加奈が考えこんでいる少し後ろの方で黒ローブを着た人間の手が、ぴくりと動く。加奈はそれに気付く事が出来なかった。だから反応が少し、遅れた。



風が勢いをつけて吹くような、そんな音が加奈の耳に入ってきた。








バンッと言う音がしたかと思うと、加奈の左腕から赤い血が大量に流れ落ちた。それが床にどんどん広がり、加奈は左腕が切り裂かれた事を知る。熱くて痛くて顔を歪ませながら歯を食い縛り、右手で左腕を強く押さえる。あまりの激痛に、膝をついてしまった。嫌な汗が吹き出る。

気づいた時にはもう遅かった。黒ローブの人間の手から放たれた風の様な刃が加奈の左腕に直撃し、切り裂いたのだ。気付くのがもう少し遅ければ腕だけではなく、体全体が切り裂かれていただろう。左腕を見る。腕全体が血で赤くそまり、押さえつけている右手も真っ赤だった。


「・・・・っ」


しくじったとしか言いようがなかった。十分に気を付けていたはずなのに、犬先生でも勝てなかったのだからと、注意を払っていた筈だったのに。



加奈に攻撃してきた黒ローブの人間がよろめき、ふらつきながらも立ち上がる。加奈は腕の痛みに膝をつき顔を歪ませながらも、なんとか顔を上げた。目の前にいる黒ローブの人間が手のひらをこちらに向けているのが見えた。



加奈は横に飛び、転がる様にしてその手のひらの方向から避ける。風が空を切るような、シュンッと言う音がして、加奈がいた場所の直線上の壁がビシッと言う音とともに大きな亀裂が入った。


「・・・・うっ・・!」


腕の痛みが鈍く広がる。左腕を押さえる右手の力を強くする。加奈が転がった床には血の痕が広がっていた。左腕から流れている血がついたのだろう。


なんだかよく解らないがあの人間の手からは風か、衝撃波の様なものが出てくるらしい。ファンタジーにありがちな魔法とか言うものなのだろうか。加奈は血で真っ赤に染まっている左腕を見る。まともにあれを喰らうとまずい。


黒ローブの人間はまた加奈に手を向けてきていた。それを見た加奈は左腕を押さえながら走りだす。とにかくあの人間から離れなければと思い、近くまで来ていた、加奈が最初に入ってきた扉の方へと向かうが、左腕が使えない分早く走れず黒ローブの攻撃を足元に受けてしまい、バランスを崩して前に倒れる。


「・・・っ・・・!」


倒れる際、左腕を庇ったせいで右肩腕を強打する。痛みに呻く加奈の目の前まで黒ローブの人間が来て加奈を見下ろしていた。その時になって初めて、黒ローブのフードの中の顔が見えた。淡い深緑の髪に何も考えていなさそうな蒼色の瞳の男。まだ若いのだろう、幼さを残すその顔からは感情と呼べるようなものが感じられなかった。人形のように無表情だった。ただ淡々と加奈を見下ろす。






加奈は動けなかった。


怖くて動けなかったというよりは、その男に不気味ななにかを感じて体が動かなかったのだ。



蒼色の瞳の男が手のひらを加奈に向ける。


魔法が来る、と思った。


風のような刃の様なものでまた左腕のようにぼろぼろに切り裂かれるんだと感じた瞬間、加奈は男の人形の様な不気味さと魔法によって与えられるだろう痛みと恐怖とにその男から目を反らしギュッと目を瞑った。


そして犬先生の顔が頭に、浮かんだ。








加奈が目を反らして死を覚悟した時、加奈を見下ろす無表情の男の後ろに影が映る。その影に気付けなかった男は、加奈に攻撃するよりも前にその影に攻撃されてしまう。


そして加奈はその影に助けられ、命をとりとめたのだった。

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