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何のためにここへ来たのか

行くべき場所はなんとなく解った。さっき会った黒ローブの人間、あの人間の記憶が先程少し見えたから。もしかしたら見えたと言うよりも、感じたと言った方が正しいのかもしれない。黒ローブの人間を蹴り飛ばした瞬間に、ふっと頭に流れ込んで来たもの。黒ローブの見ただろう景色、聞いた音や感じた感触。それらが加奈の頭に流れ込んで来たのだ。それがなんなのか、加奈には上手く言い表せなかった。ただ、なんとなく体で、頭で感じたのだ。


これも天狼の力なのだろうか。加奈は走りながらちらりと自分のお尻に生えている尻尾を見る。いつの間にか灰色から黒色に変わっていた。きっと犬耳も黒くなっているのだろうと思う。何故こうなってしまったのか、自分自身よく解らなかった。犬耳尻尾が黒くなった事も、黒ローブから感じた記憶らしい何かも、加奈には何が何だかさっぱりだった。ただ、そんな事よりも今はやらなければならない事がある。加奈にしか出来ない事で、加奈にはそれをするだけの力がある。だから今は走り続けなければならないのだ。あの場所へ。あいつらがいる、あの建物へ。




加奈の目の前には古びた建物が立っていた。所々ヒビが入り蔦が絡まりあっていて、いかにも今は使われていません、といった風貌だ。お化けが出てきても不思議ではない。だが人の気配は感じられた。場所はここであっている筈だ。


加奈は両開きになっている扉をあけ、中に入る。予想通りというかなんというか、カビ臭い匂いがして気持ちが悪かった。加奈は慎重に奥へと進んで行く。防犯カメラの類いは無さそうだが、建物内が静かなため小さな物音でも響いてしまう可能性が高かった。奥にいるだろう人間に気付かれてしまわないよう気を付けながら加奈は狭い廊下を前へと進んだ。


外観からも解っていた事だが、この建物はあまり広くはない。なので目的の場所はすぐに見つかった。明かりが点いていて、人の話し声がする所。犬先生を殺した、宗教団体だか研究者だかがいる場所。その部屋の扉が開かれたままだったので、中の様子が遠目にだが少し見えた。黒ローブを身にまとった人間が何人もいて、何かを囲んでいるかの様に集まっている。


加奈はしゃがんで物陰から様子を伺い、考える。


「さすがにあの人数の中、突っ込んで行くのは無謀すぎるよね」


犬先生でもかなわなかったのだ。加奈など一瞬で返り討ちにされてしまうだろう。一人づつなら、なんとかなりそうなのだが、大勢だと逆にやられてしまう。そう思いながら加奈は少しため息をつき、慎重に物陰に隠れながら奥の様子を伺っていた。話し声は聞こえるのだが、何を話しているのかまでは、部屋までの距離が遠すぎて声が鮮明に聞こえず解らない。もう少し近付いてみるかとも思ったが、やめておいた。見つかったら洒落にならないし、話しなど聞いても意味がないと思ったのだ。だが、このままここでじっとしていても埒があかなかったので、加奈はとりあえず他の場所も見ておこうと思い立ち上がった。そんな時後ろから突然伸びてきた手に、奥ばかりを気にしていて後ろの警戒を抜いていた加奈は、いきなり口を塞がれた。




「こんな所で何をやっている」


一瞬、ほんの一瞬だけだがその声が犬先生の声に聞こえてしまった加奈は瞬間動けずに固まってしまった。だが加奈の口を塞いでいるのはあきらかに人間の手だった。加奈は自分の考えを振り払い、後ろにいる人間に向けて腕を勢いよくつき出す。加奈の口から手が離れ動きやすくなったのをきっかけに、振り向きざまに回しげりも入れてやる。だが、その両方とも避けられてしまったようで加奈の腕と足は空をきっただけだった。


「・・・・・・・」


そこにいたのは黒髪の男だった。背丈が加奈より20cmぐらい高く、切れ長の少しつり上がった灰色の目をしており、見下ろされると物凄い威圧感を感じる。知らず加奈は少し後退り気味になるが、目の前の男は人間だ。犬先生を殺した、この建物内の人間だ。

加奈は両手をぐっと握りしめ、男を睨み付ける。仲間を呼ばれる前にかたをつけるべく、加奈は地面を蹴って飛び上がり男に拳を振る。男はそれを余裕で受け止め、反対側からきたもうひとつの加奈の拳も受け止める。加奈は負けじと男に手を掴まれたままの体勢で、足を蹴り上げようとするが男の方が加奈より一瞬早く後ろに動いてしまったので、手を掴まれたままだった加奈は反動で前に傾き、男の体にダイブしてしまった。慌てて離れた加奈に男は素早い動きで加奈の両手を一つにまとめ、それを片手で掴みもう片方の手で加奈の口をまた塞いだ。今度は軽く口に当てている程度だったので、喋れない程ではなかったがあまりにも素早い動きに加奈は全く動けなかった。


「落ち着け。俺はお前の敵じゃない」


加奈は信じられるか、と言う目で目の前の男を睨み付け、唯一自由な足でまた蹴りあげようとするが、掴まれていた両手を先に男に強く引っ張られてしまい、腰を落とすはめになってしまった。


「騒ぐなよ。奴等に気付かれる」


男はそう言いながら加奈から手を離した。加奈はすぐに男から跳んで離れ距離をとる。男はそんな加奈を少しだけ睨み付けてから視線を外しため息をついた。


「俺はお前の味方だと言っただろ。さっさと元いた場所へ帰れ、邪魔だ」


いきなり見知らぬ男に味方だと言われても信じられる訳がない。しかも邪魔だ、帰れなどと言われても加奈には帰る気などさらさらない。動く気が全くない加奈に男は何故ここにいるのか、と先程と同じ様な質問をまたしてきた。加奈はそれには答えず逆に男に質問した。


「あなたは誰ですか」


その言葉を聞き、男は問いに答えるでもなく加奈を暫くじっと見つめてきた後、狼の知り合いだと口を開いた。男はそのまま加奈から視線を外し、奥にある黒ローブの連中がいる部屋の様子を伺った。幸いこちらの騒動には気付いていないようで何の動きも見られなかった。


「狼って、先生の知り合いなんですか?」


犬先生に人間の知り合いがいるのは別に不思議ではない。エルガードやアイナさんも人間だったからだ。加奈にもとても優しくしてくれたあの二人は、先生の友達らしいので信用できる人間だ。この男も犬先生の知り合いだと言っている。信用してもいいのだろうか。


「貴方はどうしてここに?」


男は振り返り、その質問は先に俺がしたと思うが?と加奈を睨み付けてきた。加奈は鋭い目つきで睨み付けてくる男に弱冠怯んでしまうが、負けじとこちらも睨み付け、言った。


「私はお礼参りに来たんですよ、先生のね」

「・・・・・は?」


男は少し沈黙した後、意味がわからんと言う顔をして一声発した。


「先生はここの連中に殺されました。だから私は先生の敵討ちをしないといけないんです」


敵討ちと言っても殺すつもりはない。ロータスと同じ時のような失敗はしたくなかったし、あの時は頭がよく回らなくて自分でも何をしているのかわからなかった。だが今は違う。ここに来るまでにも考えた。加奈には誰かを殺してしまう事などできるはずがないのだ。きっと寸前で躊躇してしまう。




それに。




『灰色狼は君にそんな事望んでない!』




エルガードの言葉を思い出す。雨の中、必死に加奈を止めようとしてくれた。殴ったり蹴ったり酷い事もしたかもしれないのに、諦めずにいてくれた。泣き叫ぶ加奈をずっと慰めてくれていた。

エルガードの言葉は、加奈の心に深く染み込んで来たのだ。

それに、犬先生は本当に望んでいないと思う。加奈が誰かに危害を加える事を。誰かを死に至らしめる事を。だからと行ってこのまま泣き寝入りはしたくなかった。先生を殺した事は絶対に許す事などできない。必ず復讐はする。先生のかたきは取る。殺しはしない方法で。


「貴方もそのつもりでここにいるんじゃないんですか?」


犬先生の知り合いと言うからには、きっとその事でここにいるのだと思ったのだが、違ったみたいだ。じゃあ何故ここにいるのだろうか・・・?加奈が疑問を口にする前に男は言った。


「狼は死んでないぞ」

「・・・・・は?」


暫くの沈黙の後、今度は加奈が一声発っする番だった。



『狼は死んでない』




・・・どーいう事ですか。

わー。


犬先生、もしや生きているのですか!?な展開になりましたー。おめでとー。元々いなくなっちゃう設定ではなかったので、今こんな展開になっております・・・。先はまだ考え中なので、どうするかは未定。大詰めになってくると書くスピードがおちてしまってすみませんです。とりあえず頑張ります。

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